丸山 貴央 さん
略歴
大阪市旭区出身
大阪府豊中市、履正社高校卒業
京都産業大学外国語学部ドイツ語学科卒業
ドイツ、アウグスブルク大学、修士課程在籍(専攻:政治学、教育学、歴史学)
イギリス、ニューカッスル大学博士課程終了(研究テーマ:The EU-Japan interaction in the World Trade Organisation)
チェコ共和国、物流企業ログラン本社、セールス・マネージャー
(2007年10月現在)
大阪府豊中市、履正社高校卒業
京都産業大学外国語学部ドイツ語学科卒業
ドイツ、アウグスブルク大学、修士課程在籍(専攻:政治学、教育学、歴史学)
イギリス、ニューカッスル大学博士課程終了(研究テーマ:The EU-Japan interaction in the World Trade Organisation)
チェコ共和国、物流企業ログラン本社、セールス・マネージャー
(2007年10月現在)
ドイツ語学科を2000年に卒業しました丸山と申します。
外国語学部創立40周年おめでとうございます。
産業大学在学中は、ドイツ語を教えていただいた高山秀三先生、松口春美先生、佐藤恵三先生、ゼミで指導していただいた生田眞人先生、政治学を教えていただいた加藤秀次郎先生に非常にお世話になりました。先生方、その節は誠にありがとうございました。
私は産業大学を卒業後、ずっとヨーロッパで暮らしています。大学2回生と3回生の時に、当時、松口先生が毎年夏休みに主催されていたドイツ語研修旅行に参加させていただき、1ヶ月の短期留学を2度経験しました。それがきっかけでヨーロッパの魅力にとりつかれた私は、3回生終了時に大学を休学し、一年間の予定でドイツ・バイエルン州にあるアウグスブルクという街で留学しました。
ドイツの大学ではドイツ語の教授法と政治学を中心に勉強しましたが、ドイツ語の習得にはとても一年では足りないことに気づき、産業大学の卒業をはさんで、通算3年間ドイツに滞在しました。ドイツ滞在中は楽しいことをいろいろ経験しました。アウグスブルク大学の費用で100人分の日本食をつくって学生に振る舞ったり、路面電車を一車両貸りきって友達とパーティーを開いたり、大学の勉強などそっちのけで、遊ぶことに忙しかったことを思い出します。最初の一年目は、次々に出会う新しいことに気をとられているうちに、時間だけがどんどん過ぎていき、留学というよりも「長い旅行」だったように感じたのを覚えています。
海外での生活がすっかり気に入った私は、大学で専攻していた政治経済の勉強を続けたかったこと、そして英語を上達させたかったこともあり、イギリスの大学で博士課程に進むことにしました。運良く、日本でも新聞各紙にエッセイを寄せておられたラインハルト・ドリフテ教授に指導していただけることになり、イギリス北東部にあるニューカッスルという街で、大学院の博士課程に在籍しました。ドリフテ先生の指導は厳しく、英語を上達させながら研究に必要な専門知識を身につけるのに苦労しました。午前中はニューカッスル市内にある広告会社で働き、残りの時間を勉強に当てていたため、研究に対するモチベーションを維持することも大変でした。
しかし辛いことばかりではなく、イギリス滞在中に思いがけない出会いもありました。大学院に入学した頃に冗談半分で始めたダンスです。息抜きのつもりで始めたものの、練習するうちにすっかりはまってしまい、2年後には自分のクラスで教えるほどになりました。BBC(イギリスのテレビ局)や新聞数紙が取り上げてくれたこともあり、レッスンは好調で、多いときには週に5日も教えていました。大学での研究に時間を確保するため、レッスンの回数を週に1度まで減らしましたが、それでも毎週100人以上の生徒を抱えていました。ダンスのレッスンでは2時間しゃべりっぱなしで、すべての動きを正確に伝えなければならないため、語学力も向上しました。遊び半分で始めたダンスでしたが、レッスンからの収入には財政的にもずいぶん助けられたので、芸は身を助けるというか、後々どんなことが役に立つかわからないものです。
博士課程を始めた頃は、大学で教員になる道も考えていましたが、在籍中に興味が変わってしまいました。自分は研究職よりも人と接している方が好きだし、性に合っていると感じたこともあります。博士号取得後、チェコの物流会社から仕事のオファーをいただいたのを機に、住み慣れたイギリスを離れることにしました。
こうして大学卒業後はずっと海外で暮らしていますが、産業大学でお世話になった先生方とは、日本に帰るたびにお会いしています。外国語学部在籍中、松口先生や生田先生の研究室にお邪魔したり、先生方と食事をご一緒したことは数え切れないほどあります。そのときに叱っていただいたことや励ましていただいたことに、卒業後どれほど支えられたかわかりません。在学生の皆さんにアドバイスというのもおこがましいのですが、個人的な経験から言わせていただくと、語学や研究の専門家というだけでなく、人生の先輩でもある先生方にお話を伺うことは非常に有意義です。外国語学部は他の学部と違い、ひとクラスの人数が少なく、授業数が多い分、先生方との距離が自然と近くなるのではないでしょうか。産業大学の外国語学部には非常に優秀な先生がたくさんいらっしゃるので、その先生方と親しくなる機会を逃す手はありません。ドイツ語学科の先生方と授業以外でも親しく接していただいたことは、私にとって在学時代のすばらしい思い出です。
外国語学部に在籍していらっしゃる皆さんのなかには、海外での生活に興味をもっておられる方も多いと思います。外国の生活、文化に接することも大切ですが、自分の国を外側から見つめること、そして社会の中でマイノリティーとして暮らす経験は、その後の人生観、価値観に大きく影響してくると思います。思い切って日本を飛び出すと、すばらしい出会いや楽しい経験が待っていますが、同時につらいことや腹の立つこともたくさん経験すると思います。困難を乗り切っていくのも海外生活の醍醐味だと割り切って、それも一緒に楽しめるかどうかが、外国でうまくやっていく秘訣かもしれません。私のように海外生活を堪能し過ぎて、遊びほうけないように、くれぐれも注意してください。
私も20歳の時に留学を決意した頃は不安で、ドイツ語学科の先生方、学部の先輩方にいろいろとアドバイスをいただきました。海外の大学院でさらなる勉強を目指しておられる方、ドイツやイギリスへの語学留学を考えておられている方で詳しい情報が必要な方、私で力になれることがありましたら、いつでも相談に乗りますのでご連絡ください。皆さんのご活躍を心よりお祈りしております。
e-mail:
外国語学部創立40周年おめでとうございます。
産業大学在学中は、ドイツ語を教えていただいた高山秀三先生、松口春美先生、佐藤恵三先生、ゼミで指導していただいた生田眞人先生、政治学を教えていただいた加藤秀次郎先生に非常にお世話になりました。先生方、その節は誠にありがとうございました。
私は産業大学を卒業後、ずっとヨーロッパで暮らしています。大学2回生と3回生の時に、当時、松口先生が毎年夏休みに主催されていたドイツ語研修旅行に参加させていただき、1ヶ月の短期留学を2度経験しました。それがきっかけでヨーロッパの魅力にとりつかれた私は、3回生終了時に大学を休学し、一年間の予定でドイツ・バイエルン州にあるアウグスブルクという街で留学しました。
ドイツの大学ではドイツ語の教授法と政治学を中心に勉強しましたが、ドイツ語の習得にはとても一年では足りないことに気づき、産業大学の卒業をはさんで、通算3年間ドイツに滞在しました。ドイツ滞在中は楽しいことをいろいろ経験しました。アウグスブルク大学の費用で100人分の日本食をつくって学生に振る舞ったり、路面電車を一車両貸りきって友達とパーティーを開いたり、大学の勉強などそっちのけで、遊ぶことに忙しかったことを思い出します。最初の一年目は、次々に出会う新しいことに気をとられているうちに、時間だけがどんどん過ぎていき、留学というよりも「長い旅行」だったように感じたのを覚えています。
海外での生活がすっかり気に入った私は、大学で専攻していた政治経済の勉強を続けたかったこと、そして英語を上達させたかったこともあり、イギリスの大学で博士課程に進むことにしました。運良く、日本でも新聞各紙にエッセイを寄せておられたラインハルト・ドリフテ教授に指導していただけることになり、イギリス北東部にあるニューカッスルという街で、大学院の博士課程に在籍しました。ドリフテ先生の指導は厳しく、英語を上達させながら研究に必要な専門知識を身につけるのに苦労しました。午前中はニューカッスル市内にある広告会社で働き、残りの時間を勉強に当てていたため、研究に対するモチベーションを維持することも大変でした。
しかし辛いことばかりではなく、イギリス滞在中に思いがけない出会いもありました。大学院に入学した頃に冗談半分で始めたダンスです。息抜きのつもりで始めたものの、練習するうちにすっかりはまってしまい、2年後には自分のクラスで教えるほどになりました。BBC(イギリスのテレビ局)や新聞数紙が取り上げてくれたこともあり、レッスンは好調で、多いときには週に5日も教えていました。大学での研究に時間を確保するため、レッスンの回数を週に1度まで減らしましたが、それでも毎週100人以上の生徒を抱えていました。ダンスのレッスンでは2時間しゃべりっぱなしで、すべての動きを正確に伝えなければならないため、語学力も向上しました。遊び半分で始めたダンスでしたが、レッスンからの収入には財政的にもずいぶん助けられたので、芸は身を助けるというか、後々どんなことが役に立つかわからないものです。
博士課程を始めた頃は、大学で教員になる道も考えていましたが、在籍中に興味が変わってしまいました。自分は研究職よりも人と接している方が好きだし、性に合っていると感じたこともあります。博士号取得後、チェコの物流会社から仕事のオファーをいただいたのを機に、住み慣れたイギリスを離れることにしました。
こうして大学卒業後はずっと海外で暮らしていますが、産業大学でお世話になった先生方とは、日本に帰るたびにお会いしています。外国語学部在籍中、松口先生や生田先生の研究室にお邪魔したり、先生方と食事をご一緒したことは数え切れないほどあります。そのときに叱っていただいたことや励ましていただいたことに、卒業後どれほど支えられたかわかりません。在学生の皆さんにアドバイスというのもおこがましいのですが、個人的な経験から言わせていただくと、語学や研究の専門家というだけでなく、人生の先輩でもある先生方にお話を伺うことは非常に有意義です。外国語学部は他の学部と違い、ひとクラスの人数が少なく、授業数が多い分、先生方との距離が自然と近くなるのではないでしょうか。産業大学の外国語学部には非常に優秀な先生がたくさんいらっしゃるので、その先生方と親しくなる機会を逃す手はありません。ドイツ語学科の先生方と授業以外でも親しく接していただいたことは、私にとって在学時代のすばらしい思い出です。
外国語学部に在籍していらっしゃる皆さんのなかには、海外での生活に興味をもっておられる方も多いと思います。外国の生活、文化に接することも大切ですが、自分の国を外側から見つめること、そして社会の中でマイノリティーとして暮らす経験は、その後の人生観、価値観に大きく影響してくると思います。思い切って日本を飛び出すと、すばらしい出会いや楽しい経験が待っていますが、同時につらいことや腹の立つこともたくさん経験すると思います。困難を乗り切っていくのも海外生活の醍醐味だと割り切って、それも一緒に楽しめるかどうかが、外国でうまくやっていく秘訣かもしれません。私のように海外生活を堪能し過ぎて、遊びほうけないように、くれぐれも注意してください。
私も20歳の時に留学を決意した頃は不安で、ドイツ語学科の先生方、学部の先輩方にいろいろとアドバイスをいただきました。海外の大学院でさらなる勉強を目指しておられる方、ドイツやイギリスへの語学留学を考えておられている方で詳しい情報が必要な方、私で力になれることがありましたら、いつでも相談に乗りますのでご連絡ください。皆さんのご活躍を心よりお祈りしております。
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