051110 3年次・多田勇太訳

2005年11月10日付コンパス紙より

シャムスル・カハル氏(スランビ・インドネシア紙編集長)の証言

副大統領のユスフ・カラは、バンダアチェのクタ・ラジャ地区のジャワ村で、アチェの慣習の家のモチ-フのある津波の犠牲者のためのルマ・パングンという建物に深い印象を受けた。


「副大統領はこのアチェの慣習のルマ・パングンにとても深い印象を受けた」と、ムスリム・アイドという市民団体の理事のハァドゥ-ラ・ウィルモットは、昨日バンダ・アチェで副大統領のアチェの家の視察に同行したあと語った。


ムスリム・アイドという市民団体はアチェの家として知られるアチェのモチ-フのある家を津波の犠牲者のために170軒建てた。そのうち80軒は、すでに津波の犠牲者が住んでいる。


ハァドゥ-ラは、副大統領はその家の建設にとても深い印象を受けた、なぜならメインの基本の材料はヤシの木の幹から作られていて、その結果森で伐採しなければいけない木を必要としていないからだ、ということを明らかにした。


そのルマ・パングンを1軒建てるために、電気を含めて4000万ルピアが必要とされていると述べられた。


副大統領も、同じ種類の家の建設が津波の犠牲者のために家の建設を手伝いたい他の市民団体によって行われるように望んでいる。


副大統領のアチェへの来訪に複数の大臣も同行した。彼らは、公共労働大臣のジョコ・キルマント、情報通信大臣のソフヤン・ジャリル、国民教育大臣のバンバン・スディブヨ、そして法務・人権大臣のハミッド・アワルディンである。アチェへの来訪は、議事日程の一つであり、津波の犠牲者のために建てられる家の視察と関連している。


公式のデ-タによると、アチェの津波の犠牲者のために必要とされている10万軒だが、国内外の市民団体によってすでに建てられた家は、この時点までで、5820軒である。多くの家の建設は当初の目標からはほど遠いものなので、批判を受けている。


アチェの研究所長のルクマン・アゲは、この時点までですでに建てられた家の合計は5820軒に達したばかりだということを明らかにした。もし、今建てられている家も算定されると2005年の終わりには、17,812軒建て終えると思われる。


(2005年12月21日、3年次パジャジャラン大学留学中・多田勇太訳)

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