050118 卒業生・安井博昭訳

2005年1月18日付スランビ・インドネシア紙より

津波が押し寄せてくる中で、アイシャ(23歳)は祈りの言葉を唱え続けた。しかし、襲いかかる波にさらわれ、彼女は海中へ引きずり込まれた。


「自分はもう死んでいるのだと思いました。」涙を拭きながら、アイシャは昨日その悲惨な経験を話した。彼女は長い間海の真ん中に漂っているところをラウェンピディの漁船の乗組員に助けられ、今も生きているのだ。


あの日の朝、アイシャは家族と共にアルナガ村の家にいた。地震が起こり、アイシャと母のハリマは家を飛び出しモスクを目指した。兄のナザルと妹のヌラシアも一緒だった。彼らはリンケの方へ逃げたが、父は家に残っていた。モスクに着くと、彼らは轟音を聞いた。「機械の音のようでした。その瞬間、異常に高い波が打ち寄せてくるのが見えました。私たちは走って逃げようとしましたが、不可能でした。というのは、水がアルナガ川とクアラ河口の二方向からやってきたからです。私たちは波に巻き込まれ、叩きつけられました。」


最初の波に襲われた時、アイシャはただ神を呼ぶばかりだった。その時、彼女は世界が終わるのだと思っていた。「これが世界の終わりなのね。」体は波に巻き込まれ、引きずられながらも、意識はまだ失っていなかった。もうアルナガ川の真ん中まで来たかと思った時、アイシャは彼女の前を横切る一枚の板につかまることができた。しかし、波は再び怒涛を巻いて押し寄せ、板は流されてしまった。そして、彼女は波に引きずられ海の中に沈められた。流木やごみが体にぶつかり、体力は失われていったが、彼女はまだ意識を失わずに「アッラーの他に神はなし」と唱え続けた。三回目の波により、彼女は海の底まで沈められた。海底の土を噛んだことを覚えているという。「私は声がかれるまで「アッラーの他に神はなし」と唱え続け、また、「我らは神の御前に在り、やがては神の御許に帰するなり」とも唱えました。自分はもう死んでいるのだと思ったからです。しかし、もう一度私はアッラーに助けを求めました。アッラーは私に全てを神に委ねさせました。それでも、私は助けを求めたのです。」アイシャは語った。


一体どれくらい経ったのだろう、彼女の体は再び怒涛に巻き込まれた。しかし、この時の波は体を上に引っぱり上げたので、彼女は空を見ることができた。奇跡が起こった。一枚の板が目の前を通り過ぎ、彼女は必死でそれをつかんだ。「その板を強く握り締めました。」昼の12時を過ぎた頃、アイシャは漁船の乗組員らしき人に手を引かれているのを感じた。彼らはラウェンピディからやってきて、海岸から3マイルの所で板の上に浮いている彼女を発見したのだそうだ。彼女を船の上に引き上げた後で、彼らは彼女に水をかけて体に付いた泥をきれいに洗い流してくれた。「私の服は破れてしまっていたので、船員の人がサルンと長ズボンをくれました。その後、私は船の上に寝かされました。彼らはどこへ行ったらいいものか迷っていましたが、結局プンゲ地区まで運んでくれました。」その船には30人ほどが救助されていたが、もう亡くなっている人もいた。「私たちはプナヨン橋に降ろされましたが、その時、また水位が上がったと叫び声があがりました。私も片足をくじいていましたが起き上がって逃げました。もう夕方の6時頃だったと思います。私はシンパンリマの木の下に座り込んでいました。体中にあざができていて、くじいた足ではもう歩くこともできませんでした。」


20時頃になって、兄が彼女を見つけ病院へ連れて行ってくれた。この時、母が行方不明だと聞かされ、涙が止まらなかった。病院では三日間寝かされていたが、医者たちは他に重傷者がいたので、一日目は治療を受けられなかった。三日間何も食べられず、四日目になってやっといとこに連れられ、避難民キャンプへ行くことができた。


現在、アイシャはダルサラム地区の避難民キャンプに、それぞれ生き延びて再会することができた家族と共にいる。しかし、母の遺体は確認されず、もう埋葬されているのだろうと思っている。そして、アルナガの住民はほとんどが助かっていないという。


(2005年6月14日、卒業生・安井博昭訳)

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