史上初めて彗星活動を示した恒星間天体ボリソフ彗星の起源は太陽系と似ていた

2021.07.02

2019年、史上初の彗星活動を示した恒星間天体「ボリソフ彗星(2I/Borisov)※1」が太陽系に飛来しました。恒星間天体は、その軌道から太陽系の外から来た天体であると考えられており、太陽系外の物質を直接調べることができる非常に貴重な天体です。京都産業大学らの国際研究グループは、2019年11月~12月に、ヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡(Very Large Telescope; VLT)でボリソフ彗星を観測し、太陽系外からやってきた天体から吹き出す物質の特徴を明らかにしました。解析の結果、ボリソフ彗星は、太陽系の彗星と同様に、水分子を主成分とする氷から構成されていること、鉄とニッケルの存在量比やアンモニア分子の原子核スピン異性体比が太陽系の彗星と似ていることが明らかになりました。また、酸素禁制線の強度比が、一酸化炭素が豊富な太陽系の彗星と同程度のため、ボリソフ彗星は-250度以下の冷たい環境で作られたことが示唆されます。ボリソフ彗星は、原始惑星系円盤の外縁部で生まれたのかもしまれません。

図1.太陽系に飛来したボリソフ彗星の想像図。彗星核が太陽に近づくと温度が上がるため、氷が昇華してガスとともに塵が吹き出します。(画像提供:NRAO/AUI/NSF, S/ Dagnello)

近年、私たちの太陽系には太陽系外から小天体が来訪していることが、観測によって明らかになっています。人類史上初めて確認された太陽系外から来訪した天体(恒星間天体)は、2017年に発見されました。その天体は非常に細長い形状をしていることが特徴的でしたが、ガスやダストが噴出する様子はまったく観測されず、間接的に物質放出の可能性が示唆されたのみでした。その2年後、2019年には、はやくも2例目の恒星間天体となるボリソフ彗星が発見されます。この天体は初めて物質放出が確認された恒星間天体であり、それによって天体内部物質の詳細な分析が可能となりました。天文学者は、こんなにも頻繁に太陽系外から恒星間天体が飛来していることに、大変、驚いています。恒星間天体に含まれる物質が明らかになれば、私たちは地球に居ながらにして遙か彼方の星・惑星系形成の姿を垣間見ることが出来るのです。

ボリソフ彗星はけっして明るい天体ではありませんでしたので、世界中の天文学者が大望遠鏡を使って観測しました。本発表の成果は、南米チリ共和国にあるヨーロッパ南天天文台が有する口径8.2m望遠鏡VLTを用いて行われています。しかし、この世界最大級の望遠鏡をもってしても、けっして簡単な観測ではありませんでした。十分な光を集めるために長時間の観測が必要でしたが、観測チームは2019年11月から12月にかけて何度も観測を行うことで十分なデータを得たのです。観測はUVESとよばれる天体分光器(天体光を数万色に分離して分析できる特殊な測定機器)を用いて行なわれました。その結果、12月末のボリソフ彗星は1秒間に約7キログラムの水をガスとして放出していたことが分かったのです。太陽系の彗星を観測する場合は、通常、彗星が十分に明るくなって、1秒間に数トンもの水が気体として放出されているような状況で行いますので、この結果は今回のボリソフ彗星がいかに暗く、観測が困難であったか、ということを物語っています。

重要な観測結果として、ボリソフ彗星に含まれるニッケルと鉄の成分比が世界で初めて得られたことが挙げられます。この成分比を太陽系の彗星と比べたところ、非常によく似ていました。ボリソフ彗星がやってきた星・惑星系の中心には、太陽と似た成分の星が輝いていた可能性が高いと考えられます。また、同彗星に含まれるアンモニア分子の原子核スピン異性対比(同じアンモニアでも量子力学的な性質が異なる2種類の原子核スピン異性体が存在しており、その存在比を指します)の測定にも世界で初めて成功しました。その他、様々なガス成分の検出に成功しており、酸素原子禁制線の観測からは氷中に揮発性の高い一酸化炭素が多く存在している可能性も示唆されましたが、こうした特徴は太陽系の彗星と大きくは異なっておらず、総合的に判断して、太陽系彗星と同様な環境で形成された氷天体であると結論付けられます。

本研究の共著者であり、本研究でアンモニア分子の原子核スピン異性体比の測定に大きく貢献した新中 善晴 神山天文台 職員は「今回、太陽系の外から来た彗星の内部の物質の一部が太陽系の彗星と似た特徴を持つことがわかりました。今後、他の恒星間彗星を観測し、太陽系以外の星がどのような環境で作られるのかを明らかにしたいと思います。」と本研究の意義と今後の研究への展望を語っています。また、同じく共著者である河北 秀世 神山天文台長/理学部 教授は「これまで太陽系の彗星ばかりを観測してきましたが、他の星・惑星系の彗星を初めて観測できたことは、非常にエキサイティングでした。新しい研究の扉が開いた気がします。」と、語っています。これまでも、神山天文台では、河北台長や新中職員らを中心に太陽系小天体の観測的研究を行ってきており(※2)、宇宙へ探査機を送り込むComet Interceptor計画(欧州宇宙局ESA/JAXA)の推進を含め、今後もさらに精力的に研究を推進します。

 
この研究成果は、欧州の天文学および天体物理学を扱う査読付き学術雑誌「Astronomy and Astrophysics Letters」(オンライン版)に2021年6月25日(世界時)に掲載されました(Opitom et al. “The similarity of the interstellar comet 2I/Borisov to solar system comets from high resolution optical spectroscopy”)。また、この論文は、Astronomy and Astrophysics誌のハイライト論文の一つに選ばれました。論文のプレプリントはこちら(arXiv:2106.04431)から閲覧可能です。

論文情報

雑誌名 Astronomy and Astrophysics Letters
論文タイトル The similarity of the interstellar comet 2I/Borisov to solar system comets from high resolution optical spectroscopy
「可視光高分散分光観測による恒星間彗星2I/Borisovと太陽系彗星の類似性」
著者

C. Opitom (University of Edinburgh, UK)
E. Jehin (University of Liege, Belgium)
D. Hutsemekers (University of Liege, Belgium)
Y. Shinnaka (Kyoto Sangyo University, Japan)
J. Manfroid (University of Liege, Belgium)
P. Rousselot (University Bourgogne Franche-Comte, France)
S. Raghuram (University of Colorado Boulder, USA)
H. Kawakita (Kyoto Sangyo University, Japan)
A. Fitzsimmons (Queens University Belfast, UK)
K. Meech (University of Hawaii)
M. Micheli (ESA NEO Coordination Center, Italy)
C. Snodgrass (University of Edinburgh, UK)
B. Yang (European Southern Observatory, Chile)
O. Hainaut (European Southern Observatory, Germany)

DOI番号  10.1051/0004-6361/202141245
論文URL(英語) https://www.aanda.org/articles/aa/full_html/2021/06/aa41245-21/aa41245-21.html
本研究は、JSPS科研費(課題番号:JP20K14541、JP21H00498)の助成を受けて行われました。

用語解説

※1 ボリソフ彗星

オウムアムアに次いで2番目に発見された恒星間天体。2019年8月30日に、アマチュア天文学者のボリソフ(Gennady Borisov)が自作の65 cm望遠鏡による観測で彗星のような天体を発見しました。その後、各地の望遠鏡による観測から、この天体は双曲線軌道を持つ恒星間天体であることが確実視され、2019年9月24日、国際天文学連合(IAU)は、この天体をオウムアムアに続く2番目の恒星間天体として2I/Borisov(ボリソフ彗星)と命名したことを発表しました。ボリソフ彗星は2019年12月7日頃に太陽に最接近し、その後は太陽系外に向かい再び太陽系に接近することはありません。

※2 神山天文台における太陽系小天体(彗星や小惑星)の研究

神山天文台では、重要な研究テーマの一つとして彗星や小惑星といった太陽系小天体のの観測的研究を開設当初から進めてきました。神山天文台における研究活動は、本学学生や神山天文台スタッフが大きな活躍をしています。

研究の一例
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