ベールに隠された彗星核の観測に成功:パンスターズ彗星(P/2016 BA14 (PANSTARRS))の熱履歴を解明

2021.04.06

非接触体温計でも使われる中間赤外線で彗星核を観測するイメージ図。中間赤外線で彗星核を観測することで、現在の彗星核の表面温度や、表面の物質から実際に彗星が経験してきた熱履歴を調べることができます。(クレジット:京都産業大学)

研究のポイント

  • 比較的進化した段階と考えられているパンスターズ彗星(P/2016 BA14 (PANSTARRS))が地球に再接近した機会を逃さず、すばる望遠鏡による中間赤外線観測を行いました。その結果、地上からの観測としては、初めて彗星核(彗星の本体)の表層成分を調べることに成功しました。
  • 本研究により、彗星核の直径は約800メートルであることや、彗星核表面の温度が摂氏80度程度であったことに加えて、彗星核表面は複雑な有機物や含水ケイ酸塩鉱物に覆われていることを明らかにしました。
  • 含水ケイ酸塩鉱物は、小惑星や隕石などでは観測されていましたが、彗星で見つかったのは今回が初めてです。含水ケイ酸塩鉱物の特徴を詳しく調べたところ、パンスターズ彗星の現在の軌道で予想されるよりも高い温度に加熱されていることが明らかになりました。今回の成果は、「太陽系の化石」と呼ばれる彗星の進化や小惑星との関係を探る上で重要な成果です。

本文

太陽系小天体は、太陽系が誕生した46億年前の情報を今現在でも保持していると考えられています。過去の情報を保持すると言う意味で「始原天体」や「太陽系の化石」とも呼ばれます。そのため、これまで様々な研究の対象となってきました。最近では、日本のJAXAが行った「はやぶさ2」による小惑星リュウグウからのサンプル採取/帰還が記憶に新しいところです。リュウグウなどの小惑星は主に岩石質な小天体ですが、一方で、彗星は氷を主成分とする小天体です。

彗星は、氷と塵(ダスト)から成る「彗星核」が、太陽に近づくことで氷が昇華(氷から直接ガスになること)し、ガスやダストを周囲に撒き散らします。これらのガスやダストの広がりが「コマ」と呼ばれる部分です(図1)。普段、私たちが太陽に近づいて明るくなった彗星を観測すると、コマに隠されて「彗星核」を直接見ることができません。しかし、研究者たちが本当に観測して明らかにしたいものは、この彗星核にこそ秘められているのです。そのため、研究者たちはこれまで、彗星に探査機を送り込み、近くから彗星核を観測・研究する数少ない機会を待つしかありませんでした(1986年にはハレー彗星で世界初の彗星探査が行われ、日本も「すいせい」と「さきがけ」の2つの探査機で探査を行いました。近年では、欧州宇宙機関ESAが2014年-2016年に実施した彗星探査Rosetta計画が有名です)。

今回、京都産業大学 神山天文台と国立天文台の研究者から成る研究チームは、2016年3月に地球に接近したパンスターズ彗星(正式名称は、P/2016 BA14 (PANSTARRS)※1)を、ハワイにある国立天文台のすばる望遠鏡を用いて観測しました。今回、コマの影響をほとんど受けずに、彗星核から放射されたシグナルを直接捉えることができ、同彗星の彗星核表面にみられる成分の分析に成功しました。このような観測に成功したのは、パンスターズ彗星を地球との再接近時に近くから観測できた(拡大して見ることができた)ことと、同彗星が比較的活動度の低い(あまりガスやダストを放出していない)彗星であったことが、大きな理由です。

研究チームが得た、中間赤外線と呼ばれる光(波長8-13ミクロンおよび18ミクロン付近)の分析から、(1)彗星核の大きさは約800メートルであること、(2)彗星核表面の温度が摂氏80度程度(絶対温度350ケルビン程度)であったことが判明しました(図2)。また、(3)彗星核表面には、含水シリケイト鉱物(同様に岩石の中に水を含む鉱物にはオパールなどがある)や複雑な有機物が存在していることが明らかになりました。特に、中間赤外線で彗星核表面に含水シリケイト鉱物の存在が示唆される結果が得られたのは、世界で初めてのことです。また、こうした彗星核表層の観測を、探査機によらず地上の望遠鏡で達成できたのも初めてのことです。

同彗星は、京都産業大学 神山天文台の研究者が参加して推進している、彗星探査計画「コメット・インターセプター」のバックアップ・ターゲットの候補にもなっています。将来、探査機がパンスターズ彗星に訪れ、その彗星核の姿を直接見る機会があるかもしれません。コメット・インターセプター計画(*2)に日本側の科学責任者として参加しており、また今回の論文の共著者でもある河北秀世 神山天文台長は「研究者が一番、見たいと願っている彗星核そのもののシグナルを捉えることができたのは、今回の研究でもっともエキサイティングな成果だと思います。」とその興奮を力説しています。また、同じくコメット・インターセプター計画に参加し、共著者でもある神山天文台の新中さんは「彗星において含水鉱物が検出されたことは、彗星核の形成と進化を理解する上で重要な結果です。今後、どのような彗星に含水鉱物が含まれやすいのかについて明らかにしていきたい」と今後の研究の進展に期待をにじませています。

この研究成果は、米国の国際惑星科学誌『Icarus(イカルス)』(オンライン版)に2021年3月15日(世界時)に掲載されました (Takafumi Ootsubo, Hideyo Kawakita, Yoshiharu Shinnaka, “Mid-infrared observations of the nucleus of comet P/2016 BA14 (PANSTARRS))。論文のプレプリントはこちらからも閲覧可能です。また本研究は、JSPS科研費 (課題番号:JP17K05381, JP19H00725, JP20H01943, JP20K14541) の助成を受けて行われました。

図1.彗星の模式図。
(クレジット:国立天文台 天文情報センター)
図2.パンスターズ彗星(P/2016 BA14 (PANSTARRS))の本体である核(直径約800メートル)と平安神宮付近(京都市左京区)を比較したイメージ画像。
(クレジット:京都産業大学/Google Earth)

関連リンク

用語説明

※1 パンスターズ彗星とは?

今回観測したパンスターズ彗星(正式名称:P/2016 BA14  (PANSTARRS))は、2016年1月に小惑星として発見され、その後、彗星活動が確認された彗星です。木星族短周期彗星と呼ばれるグループに属しており、木星との重力相互作用によって軌道が大きく影響を受けています。同彗星は、2016年3 月22.6日(UT)には、地球に0.024au(地球・月間の約9倍の距離)まで近づきました(図3)。また、同彗星は地球との再接近付近の可視光線の観測から比較的活動度が低いことが判明しており、過去に何度も太陽に接近し、彗星の中心にある「核」からガスやダストを放出して次第に枯渇しつつある、進化した彗星である可能性が示唆されていました。
図3. パンスターズ彗星(P/2016 BA14 (PANSTARRS))の軌道の模式図。
(クレジット:京都産業大学)

※2 彗星探査計画「コメット・インターセプター」

「コメット・インターセプター」は、欧州宇宙機関とJAXA宇宙科学研究所などが実施する彗星探査計画です。あらかじめ探査機を打ち上げ、観測対象となる天体が現れるまで宇宙空間に待機させるという新たな手法で、太陽系に一度しか接近することのない希少な天体を、3つの探査機で同時にフライバイ探査するという非常に野心的な彗星探査計画です。詳しくは神山天文台ニュース(2019年6月21日)をご覧ください。

論文情報

雑誌名 Icarus
論文タイトル Mid-infrared Observations of the Nucleus of Comet P/2016 BA14 (PANSTARRS)
「P/2016 BA14(パンスターズ)彗星の核の中間赤外線観測」
著者

大坪 貴文(国立天文台)
河北 秀世(京都産業大学 神山天文台/理学部)
新中 善晴(京都産業大学 神山天文台)

DOI番号 10.1016/j.icarus.2021.114425
アブストラクトURL(英語) https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0019103521001093
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