オーロラの光で探るジャコビニ・ツィナー彗星誕生の現場
2020.04.14
概要
本文
彗星(太陽系の氷小天体)は太陽系誕生の材料となった成分や当時の温度などを探る手がかりとして重要です。彗星は、ガスとダスト(塵粒)を含む円盤状の雲(原始太陽系円盤)の中で誕生したと考えられています。この原始太陽系円盤は、太陽系が誕生した 46 億年前に生まれたての太陽の周囲に存在しました。彗星は、原始太陽系円盤の中でも、彗星氷の主成分である水(H2O)が凍るような低温度になっている場所(宇宙空間のような真空ではおよそマイナス 120 ℃以下)で誕生したはずです。そのため、多くの彗星は似た氷の組成比をもっています(注1)。
しかし、ジャコビニ・ツィナー彗星(図1)と呼ばれる彗星は、変わり者として知られていました。ジャコビニ・ツィナー彗星は、「10月りゅう座流星群」の流星のもとになっている小石程度のダストを放出している天体でもあります。この彗星は、複雑な有機物を他の彗星に比べて豊富に含んでいることが、過去のすばる望遠鏡による観測で明らかになっています(神山天文台2019年11月18日ニュース)。なぜジャコビニ・ツィナー彗星は他の彗星と違って複雑な有機物を豊富に持っているのでしょうか?複雑な有機物は、比較的温暖な環境でたくさん作られると考えられます。では、ジャコビニ・ツィナー彗星は、暖かい環境で誕生したのでしょうか?
今回、京都産業大学神山天文台と国立天文台ハワイ観測所の研究者からなる研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器 HDS を用いて、ジャコビニ・ツィナー彗星の誕生の謎を探るための観測を行いました。研究者チームは、彗星核に含まれる分子において H2O に次いで豊富に含まれる二酸化炭素(CO2) が H2O よりもずっと低温度で昇華して失われてしまう(CO2の宇宙空間での昇華温度は約マイナス 200 ℃)ことに注目し、CO2:H2O の成分比を観測から明らかにすれば、ジャコビニ・ツィナー彗星の氷が出来た環境が暖かかったかどうかを明らかにできるのではないか?と考えました。
しかし、CO2 は地球の大気にも大量に含まれているため、観測が邪魔されてしまいます。彗星が発する CO2 の光が、地球の大気に吸収されてしまうのです。そこで、研究チームはH2OやCO2が太陽紫外線で壊れてできる特殊な酸素原子に着目しました(図2、図3)。この酸素原子は通常よりも高いエネルギー状態に励起されており、光を出すことで安定な低いエネルギー状態へと遷移します。このときに出す緑や赤の光を「酸素禁制線」と言います。この光に最も近いのが、地球のオーロラ発光で見られる緑や赤の光です。彗星のコマ(放出されたガスやダストが彗星核を取り巻く領域)では、H2O から壊れてできた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、逆に CO2 から壊れてできた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度に放出するという特徴があります。そのため、酸素禁制線の緑と赤の光の強さを比べれば、CO2:H2O の比率を調べることができます。
では、ジャコビニ・ツィナー彗星ができた場所はいったいどこだったのでしょうか?研究チームは、太陽系が誕生した際に木星や土星といった大きな惑星ができる際に付随していた「周惑星系円盤」という小さなガス・ダスト円盤ではないかと考えています(図4)。太陽系全体をつくったガス・ダスト円盤の中で大きな惑星が誕生する際、さながら太陽系全体のミニチュアのように、小さなガス・ダスト円盤が惑星の周りに存在し、衛星が誕生する現場となっていた可能性があります。この周惑星系円盤は、太陽から同じ距離の原始惑星系円盤中のガスやダストよりも暖められていたため、そこで誕生した彗星は、ジャコビニ・ツィナー彗星のように CO2 が少なく、複雑な有機物が豊富な彗星になったと推測されます。
本研究成果は、Shinnaka et al. 2020, “High-resolution optical spectroscopic observations of comet 21P/Giacobini-Zinner in its 2018 apparition”として、2020年4月13日(世界時)に米国天文学会の天文学雑誌『The Astronomical Journal(アストロノミカル・ジャーナル)』のオンライン版に掲載されました。
追加説明
論文情報
論文題目 | High-resolution optical spectroscopic observations of comet 21P/Giacobini-Zinner in its 2018 apparition (2018年回帰のジャコビニ・ツィナー彗星の可視光高分散分光観測) |
著者 | 新中 善晴(京都産業大学) 河北 秀世(京都産業大学) 田実 晃人(国立天文台ハワイ観測所) |
雑誌 | The Astronomical Journal(アストロノミカル・ジャーナル) |
発行年月日 | 2020年4月13日(オンライン) |
DOI番号 | 10.3847/1538-3881/ab7d34 |