【神山宇宙科学研究所】彗星コマ中のアンモニア分子はどこから来たか?

2023.11.21

神山宇宙科学研究所・神山天文台の河北 秀世教授(理学部)は、C/2014 Q2 (Lovejoy) 彗星において観測されたアンモニア分子(NH3)を生成する謎の未同定分子について、彗星コマ・ガスのシミュレーション結果と観測結果との比較から、太陽紫外線での光解離寿命を約500秒以上とする結果を得ました。近年、彗星核にはアンモニウム塩(*1)が窒素原子のキャリアとして豊富ではないかと指摘されていますが、今回の結果からはシアン化アンモニウム(NH4CN)や塩化アンモニウム(NH4Cl)といった単純なアンモニウム塩の存在は否定的です。どのような分子がアンモニア分子の生成起源になっているのか、今後の分光実験による研究の進展が望まれます。
2015年3月10日に撮影されたC/2014 Q2 (Lovejoy) 彗星(画像提供:Michael Jaeger)

彗星は太陽系において最も始原的な小天体の一つとされ、炭素、酸素、窒素の比較的軽い3種類の元素の組成比が、太陽の組成比と非常に似ています。しかし、これらのうち窒素だけは、若干の欠乏が見られることが過去の観測研究でわかっており、この窒素欠乏の謎は、長く未解決でした。しかし、2014年から2016年にかけて詳しくチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星を探査したロゼッタ探査機(欧州宇宙機関ESA)は、その原因がアンモニウム塩ではないかと考えられる結果を得たのです。つまり、窒素原子は、揮発性の高い氷に含まれるアンモニア分子やシアン化窒素(HCN)だけでなく、アンモニウム塩として固体の形でも彗星核に取り込まれており、普段はガス化しにくいために観測されないのではないか?という指摘です。では他の彗星も同じようなことが起こっているのでしょうか。

神山宇宙科学研究所・神山天文台の河北教授(理学部)らの研究グループでは、2015年にハワイ島マウナケア山の山頂にある口径10mのケック望遠鏡(*2)と近赤外線高分散分光器NIRSEPCを用いてC/2014 Q2 (Lovejoy) 彗星を観測しました。その結果、アンモニア分子は彗星核から直接放出されているのではなく、彗星コマ中で別の分子などから二次的に放出されているという観測結果を得たのです。本研究では、DSMC (Direct Simulation Monte Carlo) と呼ばれる計算技法をつかった彗星コマのガス流れを再現するシミュレーションを実施し、どのような分子からアンモニア分子が生成されているかを調べました。この技法は、密度の高いガスから密度の低いガスまで統一的に扱うことができるボルツマン方程式を、直接解くための数値技法のひとつです。希薄な大気中での地球帰還カプセルの大気抵抗の計算や、エンジンのガス燃焼のシミュレーションにも用いられています。研究グループがC/2014 Q2 (Lovejoy) 彗星を模擬したシミュレーションの結果と実際に観測されたアンモニア分子の分布の様子を比較したところ、アンモニア分子の元となる物質は太陽光による光解離現象(*3)に対して500秒程度の寿命を持つことが分かりました。実際にはアンモニア分子の一部は彗星核から直接放出されていると仮定すると、500秒以上の寿命を持つと考えられます。また、シアン化アンモニウム(NH4CN)や塩化アンモニウム(NH4Cl)といった単純なアンモニウム塩が寄与していた可能性については、同彗星の光解離で生成されるシアン化水素(HCN)や塩化水素 (HCl) の空間分布との比較から否定的です。今回の研究では、アンモニア分子の元となる物質の特定には至っていませんが、光解離に対する寿命に制限をつけたことで、実験室での起源物質調査が進むと期待されます。

本研究の成果は2023年10月23日(世界時)、米国天文学会誌The Astronomical Journal(オンライン版)で出版されました。

用語説明

*1 アンモニウム塩:化学式ではNH4Xと表される分子種の総称。XにはCNやClなどが入ります。

*2 ケック望遠鏡:今回使用したケック望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。

*3 光解離:紫外線などの十分なエネルギーを持つ光子を受け、分子が壊れること。

図:彗星コマ中で光解離によりアンモニア分子が生成されるイメージ(画像クレジット:京都産業大学)。

論文情報

雑誌名 The Astronomical Journal(Online)
論文タイトル Direct Simulation Monte Carlo Modeling of Ammonia in Comet C/2014 Q2 (Lovejoy)
著者 Hideyo Kawakita (Kyoto Sangyo University)
Neil Dello Russo (Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory)
Ronald J. Vervack Jr. (Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory)
Michael A. DiSanti (NASA Goddard Space Flight Center)
Boncho P. Bonev (American University)
Hitomi Kobayashi (Photocross, Co. Ltd.)
Daniel C. Boice (Scientific Studies & Consulting)
Yoshiharu Shinnaka (Kyoto Sangyo University)
DOI 10.3847/1538-3881/acfee7

本研究は科研費「基盤研究A(課題番号:JP21H04498、研究代表者:河北秀世)」、「若手研究(課題番号:JP20K14541、研究代表者:新中善晴)」、NASA Emerging Worlds Program(課題番号:80NSSC20K0341)、京都産業大学神山宇宙科学研究所、神山天文台の支援により実施されました。

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