【神山宇宙科学研究所】近赤外線高分散分光器WINEREDの近況:新しい研究成果が続々と論文に

2024.05.13

京都産業大学 神山天文台が東京大学大学院や関係企業と協働で開発を続けている近赤外線高分散分光器WINEREDは、現在、チリ共和国のラス・カンパナス観測所で口径6.5メートル・マゼラン望遠鏡に取付けられ、世界最高レベルの赤外線観測機器として活躍を続けています。通常、毎年2回、主に春と秋に2週間程度の期間を設けて観測を実施しています。令和6年度も2回の観測期間が予定されており、4月15日~30日に今春の観測が実施され、無事に終了しました。今回は悪天候にも悩まされましたが、晴れた夜に十分に良いデータが取得できました。

近赤外線高分散分光器WINEREDは、様々な原子や分子の吸収線・輝線が密集する波長1ミクロン付近で高い波長分解能を発揮する、天体観測用分光器です。世界で一番の高感度を誇っており、口径6.5メートルのマゼラン望遠鏡との組み合わせにより、様々な天文学的テーマにおいて利用されています。今回は、そんな中から、いくつかのテーマをピックアップして最近の成果をご紹介します。

  1. セファイド型変光星を用いた天の川銀河における化学進化の解明
  2. 太陽系外惑星の大気金属量と大気散逸の関係解明
  3. 原始惑星系円盤におけるガス散逸過程の解明

これらの研究成果以外にも、マゼラン望遠鏡を用いた天の川銀河中心付近の球状星団の観測成果(Minniti et al. 2024)や、WINEREDがマゼラン望遠鏡に移設される以前に運用されていた口径3.6メートル・NTT望遠鏡(チリ共和国、ラ・シヤ観測所)での観測成果(Mizumoto et al. 2024)、WINEREDで得られる複雑な観測データを研究者が利用しやすいスペクトルのデータに整えるためのソフトウェアWARPの開発論文(Hamano et al. 2024)など、続々とWINEREDに関連する研究成果が論文として出版されています。マゼラン望遠鏡での観測は高地であるため非常に厳しい環境での観測準備が必要ですが、そうした準備や装置の維持管理は、天文学者だけではできません。毎年の春・秋の観測シーズンごとに、日本から神山天文台の技術系スタッフが1~2ヶ月ほど海外出張をして、これら観測のサポートや装置更新をしています。いろんな立場のスペシャリストが協力することではじめて、ここでご紹介したような学術成果が得られるのです。

ラス・カンパナス観測所の外観。奥の2つのドームにそれぞれ口径6.5メートルの望遠鏡が設置されている。
ドームの外観と開口部から見えるマゼラン望遠鏡の一部。
口径6.5メートル・マゼラン望遠鏡(左手前)のナスミス台に搭載したWINERED(右奥の黄色い丸印)。
ラス・カンパナス観測所の制御室にてWINEREDでの観測の様子。

セファイド型変光星を用いた天の川銀河における化学進化の解明

松永典之氏(東京大学大学院 助教、本学客員研究員)が中心となり、わたしたちの天の川銀河におけるセファイド変光星の金属量探査が進んでいます。セファイド型変光星は明るさが変動する変光星の一種であり、変光周期から本当の明るさが分かるなど、天文学において重要な役割を果たしています。また、こうした変光現象が生じる年齢(星が誕生してからの年数)がある程度、限定できるため、私たちの天の川銀河の過去を知る手がかりにもなります。すでに、その初期成果は米国天文物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されており、天の川銀河の中心付近での元素合成の歴史が明らかになりつつあります。なお、セファイド型変光星は、京都産業大学の創設者である宇宙物理学者・荒木俊馬博士の研究テーマのひとつでもあり、そのセファイド型変光星の観測研究が神山天文台で開発したWINEREDによって進められていることは、こうした天文学研究が本学の伝統であることを物語っています。

論文誌へのリンク(英語)
Matsunaga et al. "Metallicities of Classical Cepheids in the Inner Galactic Disk"

太陽系外惑星の大気金属量と大気散逸の関係解明

今日まで多くの太陽系外惑星が発見され続けています。こうした惑星の中には、中心星の近くをめぐるガス惑星が多く見つかっており、中心星からの紫外線やX線などを受けて惑星大気が過度に暖められ、大気が宇宙へと流れ出す様子も観測されています。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのVissapragada博士らは、WINEREDを使って、太陽系の海王星と同程度の重さを持つLTT 9779bという系外惑星を観測しました。この惑星は、中心星の近くをめぐっているため非常に高温になっていると考えられていますが、WINEREDで観測を行なった結果、理論的に予想されるガス流出が確認できませんでした。これは、LTT 9779bの大気が主成分である水素、ヘリウムといったガス成分以外の重い元素が比較的豊富だからではないかとVissapragada博士らは考えています。こうした観測成果は、高感度なWINEREDと大口径マゼラン望遠鏡の組み合わせが、相乗効果を発揮した例と言えます。

論文誌へのリンク(英語)

原始惑星系円盤におけるガス散逸過程の解明

加藤晴貴氏(本学大学院理学研究科・博士後期課程 大学院生:当時)と安井千香子氏(国立天文台 助教、本学客員研究員)が中心となり、惑星が恒星の周囲に誕生する現場である「原始惑星系円盤」を研究する新しい手法を確立しました。原始惑星系円盤は、誕生しつつある恒星の周囲にできるガスと塵の円盤です。この円盤の中で小さな塵が衝突・合体を繰り返して地球のような惑星が誕生すると考えられていますが、どこかの段階でガスが吹き飛ばされて無くなります。WINEREDを用いて窒素原子が出す特殊な光(禁制線)を観測し、それが円盤から吹く風(円盤風)から発せられていることを突き止めました。その成果は、米国天文物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されています。なお、この研究成果は、WINEREDが本学神山天文台の口径1.3メートル荒木望遠鏡に取付けられていた時期に得られたデータを元にしています。荒木望遠鏡は、マゼラン望遠鏡などの世界最先端の望遠鏡に比べれば小さな望遠鏡ですが、WINEREDのような特徴ある観測機器を自前で開発したことで、このような世界最先端の成果が得られました。

論文誌へのリンク(英語)

PAGE TOP