【神山天文台】光赤外線観測装置用光学系の新技術:超低熱膨張セラミック製反射光学系の性能実証

2023.06.06

研究のポイント

  • 反射光学系は一般に理想的な光学設計の実現に適していますが、透過光学系と比較して面形状やアライメントに要求される精度が高いことから、開発の時間やコストが限られる実際の装置開発の場面では必ずしも最善の選択となるわけではありません。
  • このジレンマを解消するため、京都産業大学神山天文台赤外線高分散ラボ(LiH)では、反射光学系のすべてのコンポーネント(鏡、保持具、定盤)を超低熱膨張セラミックのコージライトで製作し、機械的に組み上げるのみで高精度なアライメントを完了するアイディアを考案しました。
  • 試験光学系を製作し、レーザー干渉計を用いて性能評価を行った結果、可視波長における回折限界性能を達成し、その性能は低温環境下でも維持されていることを確認しました。
  • この新技術を用いることで反射光学系の利点を活かした装置をより容易に実現できるようになり、特に冷却が必須である赤外線観測装置や激しい温度変化を伴う飛翔体用装置の光学系にブレークスルーをもたらすことが期待されます。

研究背景

反射光学系は、以下のような透過光学系にない利点を多数もっており、理想的な光学設計の実現に適しています。

  1. 原理的に色収差を発生しない。
  2. 金属を反射膜にすることで広い波長帯域の光学系が実現できる。
  3. 光路を折り曲げることでコンパクトなレイアウトが可能。
  4. 軸外し(非)球面鏡を用いるレイアウトによって高度な収差補正が可能。
  5. メートルサイズ以上の大型光学面でも高い波面精度が実現できる。
  6. 保持具や定盤に同一の材料を用いたアサーマル(※1)な設計が容易。

しかしながら、天文観測用装置のように様々な温度環境で広帯域・広視野において回折限界性能が求められる高度な開発においても、必ずしも反射光学系が最善の選択となるわけではありません。それは透過光学系と比較して高い波面精度の達成が難しいためです。例えば、同じ波面精度を得る場合、反射光学系では、透過光学系に比べて4倍高い形状精度(面精度)とアライメント精度が各々の光学面に求められます(レンズ材の屈折率を1.5と仮定)。また、共軸系が基本である透過系に対して、軸外し系が基本である反射光学系のアライメントは調整の自由度が多く、その実現には多大な労力を要します。そのため限られた開発時間・コストの中では、帯域や視野を犠牲にしてでも透過光学系が選択されることが少なくありません。

この状況を打破するアイディアが、反射光学系のすべてのコンポーネント(鏡、保持具、定盤)を同一の材料で製作し、機械的に組み上げるのみで光学系を実現することです。近年発展している超高精密多軸加工機などを用いてパーツを製作することで、光を用いて確認しながらアライメントを調整するという従来の(煩わしい)作業を行うことなく、高いアライメント精度の達成が可能となります。同一の材料を用いてコンポーネント間に熱膨張率のミスマッチをなくすことで、温度変化によるアライメントの変化や破損への対策も格段に低減されます。ただし、このアイディアの実現には、鏡材と構造材の両方に使用できて加工性もよい材料が必要となります。鏡基板として広く用いられているガラスは、その脆さから構造材に適しておらず、高精度加工も難しいです。構造材に広く用いられる金属は、高い加工性を持ちますが、ガラスのように滑らかな鏡面を得るのが難しいです。また、金属製光学系は温度変化に対する安定性に問題があることも知られています。アルミ合金で単一材料のアサーマル光学系を開発する例はありますが、上記の問題のため、形状やアライメントに高い精度を必要としない長い波長での利用が主となっています。セラミック材のひとつである炭化ケイ素(SiC)も単一材料のアサーマル光学系製作に用いられます。SiCは、アルミ合金に比べて滑らかな鏡面、高い温度安定性を可能にしますが、製造の手間(鏡面のボイドと呼ばれる空孔を埋める処理が必要、加工に時間がかかる)から開発コストが高くなるため、十分な予算をもつ宇宙ミッションなどに利用が限られています。このように従来の材料を用いる限りは大きな変革は見込めない状況でした。

我々は、この「機械的に組み上げる単一材料反射光学系」のアイディア実現に有望な材料として、超低熱膨張セラミック材のコージライトに着目しました。セラミック材は研磨に適度な硬さをもつことから鏡基板への利用の関心がもたれてきましたが、多孔質である(研磨面にボイドが生じる)ことが実用の妨げとなっていました。それが近年、ボイドレスの製品が開発され、光学ガラスと同レベルの高品質な研磨面を実現できるコージライト製品を利用できるようになってきたのです。コージライトはもともと構造材として使われてきた材料であり、保持具や定盤として利用できる機械特性を持ちます。セラミック材は、焼結前の柔らかい状態で完成品に近い状態に成型加工できるため、ブロックから削りだす金属やガラスよりも複雑な形状を実現しやすいという利点もあります。そしてコージライトは、焼結後の仕上げ加工により通常の金属機械加工と同等の高寸法精度の部品を製作することも可能です。組み上げられたコージライト製反射光学系は、単一材料ゆえのアサーマル性を持つだけでなく、超低熱膨張材ゆえの高い温度安定性も持ちます(※2)。究極的には、セラミックの複雑な3次元形状の成形能力を活かした接合部のないモノリシックな(つまりアライメントの必要すらない)光学系の実現も期待できます。

研究内容と成果

コージライト製反射光学系は、反射光学系の利点を活かした装置を開発する最もコスト効果の高い方法として広く利用されることが期待されます。特に赤外線装置や飛翔体用装置の冷却光学系にブレークスルーをもたらすことが期待されます。本アイディアの赤外線天文観測への応用可能性を実証すべく、3枚の球面からなるコージライト製試験光学系を製作しました(図1)。一般的に光学系の組上げでは、レーザーなどの光を入射してできる像や波面を見ながらアライメントを調整しますが、この試験光学系では機械的なアライメントのみで組上げを完了しています。具体的には、まず配置の基準となるブロックを、接触式3次元測定器を用いて位置を測定しながら光学定盤上に配置します。次に、鏡と保持具が一体となったミラーユニットを、それに施した基準面が先に配置したブロックの基準面に接するように設置します。こうして組みあげた光学系に対して、光学面が想定通りにアライメントされていることも3次元測定器で確認しました。

このように組み上げた試験光学系の波面誤差(※4)を、レーザー干渉計を用いて常温及び低温において測定しました(測定波長λ=633nm、図2)。冷却前(300K)、冷却状態(80K)、昇温途中(200K)、そして昇温後(300K)において測定した波面マップを図3に示しています。いずれの温度においても、回折限界の光学性能(PV<λ/4、rms<λ/14)を達成しており、しかも常温(300K)から低温(80K)への冷却過程で波面マップのパターンがほとんど変化していません。ただし、一般的な天文観測用の光学系においては全く無視できるレベルではありますが、昇温時に限って波面誤差のわずかな変動が見られました。そこで、さらに3回の熱サイクルにかけて波面誤差を測定したところ、これ以上の変化は起こらないことを確認しました(実際に装置として使う場合は試験やメンテナンスのため何度もの熱サイクルに耐える必要があります)。このように、試験光学系において、期待通り「機械的な組上げのみで高精度アライメント」と「高い温度安定性」が実現できていることを実証しました。

組み上げた試験光学系の波面誤差(※3)を、レーザー干渉計を用いて常温及び低温において測定しました(図2)。図3は、冷却前(300K)、冷却状態(80K)、昇温途中(200K)、そして昇温後(300K)に測定した試験光学系の波面マップを示します。いずれの温度においても、回折限界の光学性能(PV<λ/4、rms<λ/14)を達成しており、しかも常温(300K)から低温(80K)への冷却過程で波面マップのパターンがほとんど変化していないことが分かりました。ただし、一般的な天文観測用の光学系においては全く無視できるレベルではあるが、昇温時に限って波面誤差のわずかな変動が見られました。そこで、さらに3回の熱サイクルにかけて波面誤差を測定したところ、これ以上の変化は起こらないことを確認しました(最初の昇温時に見られたわずかな波面誤差の変動は締結部のヘリサートの挙動で説明できることも、独立した別の実験結果も含めて論文では述べています)。このように、試験光学系において期待された「機械的な組上げのみで高精度アライメント」と「高い温度安定性」が実現できていることを実証しました。

今後の展望

コージライト製反射光学系により光赤外線装置の光学系のあり方が一新されるかもしれません。我々としては、まず地上望遠鏡用冷却赤外線装置での実用化を目指しています。現在主力の口径10m級の地上望遠鏡では、補償光学技術の進展により近赤外波長まで回折限界の解像度が得られるようになってきており、また高感度の大フォーマット赤外線検出器が普及したことでより広視野(分光では広帯域)の観測が可能となってきています。しかしながら、従来の天文観測装置で用いられている光学系は、それら近年の技術の進展を最大限に活用できているとは言えません。コージライト製反射光学系を用いることで、高波面精度、広視野、高感度を兼ね備えた観測装置を、より容易に実現できるようになります。このような光学系は将来の赤外線観測装置の標準技術として幅広く用いられ、次世代の口径30m級超大型望遠鏡用の大型かつ複雑な光学系実現のハードルを下げる、あるいはよりチャレンジングな目標設定を可能にすることが期待されます。京都産業大学神山天文台赤外線高分散ラボ(LiH)では、その先駆けとしてコージライト製反射光学系を用いた近赤外線高分散分光器VINROUGE(※5)の開発を進めており、同等の観測波長帯・波長分解能をもつ装置の中で世界最高の感度達成を目指しています。

参考・備考・用語説明

(※1)アサーマル:温度変化に対する変化がない(あるいは補償される)ことを意味します。例えば、温度変化によって光学系の物理的サイズやレンズであれば屈折率が変化しますが、その変化を見越して使用したい温度で想定した性能を発揮するように設計された光学系をアサーマル光学系と呼びます。

(※2)コージライトの熱膨張率は、低熱膨張光学材として広く用いられているULE®(コーニング社・米国)、ゼロデュア®(ショット社・ドイツ)、クリアセラム™(株式会社オハラ・日本)と同程度に小さい値となっています。

(※3)HIP処理:高温下で圧力媒体を介して等方向に加圧し、粉体・粉末成形体又は予備焼結体を焼結する装置又は操作。熱間静水圧プレス、熱間等方圧焼結ともいいます(ファインセラミックス用語辞典より)。

(※4)波面誤差:電磁波の位相の誤差をいう。望遠鏡で光を集めて結像するとき、波面誤差があると、回折限界像に比べて点像分布関数が劣化し、像の広がりや中心強度の低下を招く。波面誤差を光学収差成分に分解して記述するときは波面収差と呼びます(天文学辞典より)。

(※5)VINROUGE:イマージョン回折格子、コージライト製反射光学系という新しい技術を用いた近赤外線高分散分光器(観測波長域:K、Lバンド)。現在ラスカンパナス天文台(チリ共和国)マゼラン望遠鏡(口径6.5m)で運用中の近赤外線高分散分光器WINERED(観測波長域:z、J、Hバンド)に続く神山天文台の主力装置として開発を進めています(図4)。

論文情報

この研究成果は、2023年4月10日に、Y. Sarugaku, Y. Ikeda, N. Kobayashi et al. “Wavefront accuracy of mechanically assembled all-cordierite reflective optical system for cryogenic applications”として、米国光学会の査読論文誌「Applied optics(アプライド・オプティクス)」に掲載されました。

雑誌名 Applied optics
論文タイトル Wavefront accuracy of mechanically assembled all-cordierite reflective optical system
for cryogenic applications
(低温応用に向けた機械的組上げ総コージライト製反射光学系の波面精度)
著者 猿楽 祐樹(京都産業大学 神山天文台)
池田 優二*(株式会社フォトクロス)
小林 尚人(東京大学 大学院理学系研究科/木曽観測所)
近藤 荘平(東京大学 木曽観測所)
大坪 翔悟(京都産業大学 神山天文台)
安井 千香子*(国立天文台 TMTプロジェクト)
河北 秀世(京都産業大学 理学部/神山天文台)
*は本学客員研究員
DOI doi.org/10.1364/AO.486773
本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(課題番号:S1411028)及び国立天文台TMT戦略基礎開発研究経費(2016年度、2017年度)、京都産業大学神山天文台の支援を受けて行われました。
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