神山天文台の研究員らがすばる望遠鏡を用いて明らかにした新星爆発によるリチウム生成量の多様性

2021.07.07

発表のポイント

  • リチウムは、最初ビッグバン時に大量に作られ、その後、宇宙の様々な天体で作られていると考えられています。そのため、ビッグバン以降の宇宙における元素の起源や物質進化を探る上で重要な元素です。最近になって古典新星で多量のリチウムが生成され、宇宙に放出されていることがわかってきており、新星はこれらの理解に重要な天体であると考えられています。
  • 京都産業大学と国立天文台の研究者からなるチームは、国立天文台すばる望遠鏡による、新星「いて座2015 No.3 (V5669 Sgr)」の観測から、史上8例目となるリチウム生成の現場をとらえることに成功しました。この新星で生成されたリチウムの量は、これまで調べられた新星での生成量の数パーセントと少なく、新星によるリチウム生成量にはこれまで知られているより大きな多様性があることが明らかになりました。これは、超新星などの他の天体も宇宙のリチウムに合う程度寄与している可能性を示しており、宇宙における物質進化の解明に一石を投じる結果です。
  • 一方で、現在の新星爆発のシミュレーションでは、観測されているリチウムの生成量を説明できていません。今後、これまでリチウム生成が報告されている新星爆発を起こした連星系の物理情報が明らかになることで、リチウム生成量の多様性が何によって生じるのか明らかになっていくと期待されます。

本文

水素・ヘリウムに次いで3番目に軽い元素のリチウムは、スマートフォンなどに用いられるバッテリーの原料となるなど、現代の私たちの生活になくてはならない元素です。このリチウムは天文学者にとっても非常に重要で、宇宙における元素の起源と進化を知る上で欠かせない元素です。

リチウムはビッグバンにより合成されたことはわかっていましたが、現在の宇宙に存在するリチウムの量の大部分(約9割)は、これだけでは説明ができません。そのため、星間空間や恒星の中、新星・超新星爆発などさまざまな条件でも、リチウムが生成されるのではないかと理論的に推測されてきました。その証拠は長らく得られていませんでしたが、2013年に現れた新星「いるか座V339」をすばる望遠鏡の高分散分光器(HDS) で観測した結果、多量のリチウムが新星爆発で作られ、宇宙に放出されていることが初めて観測的に明らかになりました(2015年2月18日 すばる望遠鏡観測成果)。その後も、同装置によって次々と続例が報告されています。

今回、京都産業大学と国立天文台の研究グループは、2015年に出現した新星「いて座V5669」をHDSで観測し、史上8例目となる新星でのリチウム合成現象を捉えました(図2)。
図2.HDS で撮られた新星爆発から約1か月後の「いて座V5669」のスペクトル。縦軸は光の強さ、 横軸は吸収線の静止状態での波長から計算した視線速度を表します。リチウム生成の証拠であるベリリウム(7Be)の吸収線(赤色と青色のハッチの領域)は、秒速約-1000キロメートルと秒速約-2000キロメートルの速度成分を持つことがわかります(下の図)。同時に取得した水素やカルシウムのスペクトルにも同じ視線速度の吸収線が観測されており、ベリリウムも新星爆発によって高速で吹き飛ばされているガス塊に含まれていることが分かります(上の図と中央の図)。7Beは半減期53日でリチウムへ変化するので、新星の爆発放出物中に7Beがあるということは、新星でリチウムが生成されることを意味します(図3)。
(クレジット:京都産業大学)
図3.新星爆発時に 7Be そして 7Li を生成する核反応。まず、爆発時に図の左側青い矢印で示した反応により 3He と 4He から一気に 7Be が合成されます。その後、爆発により吹き飛ばされたガス塊の中でゆっくりと緑の矢印で示した 7Li への変化(電子捕獲)が起きます。
(クレジット:国立天文台)
今回の検出で注目されるのは、推定したリチウム生成量がこれまで調べられた新星での生成量の数パーセントしかないことです。これにより、新星によるリチウム生成量に100倍程度の幅があることが明らかになりました。これまでの観測からは、ビッグバン以降に作られた銀河系のリチウムの大部分を新星爆発で説明できていましたが、リチウム生成量が少ない新星も存在することが今回わかったことにより、超新星などの他の天体も宇宙のリチウムにある程度寄与している可能性があります。

一方で、物理過程を丁寧に再現している新星爆発のシミュレーションは、実際に新星で観測されたリチウム生成量を十分に説明できていません。今後は、リチウム生成が捉えられた新星の物理情報(連星系の質量比、伴星の元素組成など)を詳しく調べることで、リチウム生成量の多様性が生じる要因が明らかになり、ひいては銀河系の元素組成の進化の理解が進むと期待されます。

今回検出に成功したベリリウムの吸収線は、地球大気による吸収の影響を受けやすく、地上からの観測が極端に難しい、紫外線の波長にあります。そのため、この吸収線の観測では、空気が薄いマウナケアの山頂域にある大望遠鏡と、紫外線波長でも高い感度を持つ観測装置、つまり、すばる望遠鏡とHDSが必要となります。今回の報告は8例目ですが、最初の発見報告を含めそのうちの4例はすばる望遠鏡とHDSによるもので、特に北半球から観測できる新星でのリチウム合成の観測はすばる望遠鏡の独壇場となっています。国立天文台が提供するすばる望遠鏡の共同利用観測は、全国の大学の研究者に、一流の成果を出す枠組みを提供しています。

本研究の主著者である新井彰氏(京都産業大学 神山天文台)は、「今回の成果は、観測的にこれまでで最も少ないリチウム生成を決定できたことが重要な特徴です。新星のリチウムの生成量は、理論と観測の双方から探求されています。リチウム生成量の実際の範囲を観測的に明らかにすることで、新星の爆発そのものや、ビッグバンから繋がる銀河の化学進化に関するフィードバックになることを期待しています」と本研究の意義と今後の研究への展望を語っています。共著者の田実晃人氏(国立天文台 ハワイ観測所岡山分室)は「このベリリウムの観測はすばる望遠鏡HDSでなければできない観測であり、あらためてマウナケアという立地の素晴らしさとすばる望遠鏡のすごさを感じます。我々が日常的によく使うバッテリーにも新星爆発で作られたリチウムが何割か含まれているはずで、その数字をこれからの観測によってより詳細に決めていくことができると思っています」と語っています。また、共著者の河北秀世氏(京都産業大学 神山天文台/理学部)は「われわれは日本を代表する新星研究グループとして、新星爆発における元素合成、とくにベリリウムの観測的研究では、世界をリードしてきました。ハワイの方々の天文学へのご協力とすばる望遠鏡の共同利用観測に感謝すると共に、今後もすばる望遠鏡を使って宇宙の謎を明らかにしていきたいと思います」と語っています。

この研究成果は、米国の天体物理学誌「The Astrophysical Journal」に2021年7月23日付けで掲載されました(Arai, A., Tajitsu, A., Kawakita, H., Shinnaka, Y., “Detection of 7Be II in the Classical Nova V5669 Sgr (Nova Sagittarii 2015 No.3)”)。論文のプレプリントはこちら(arXiv:2106.13448)から閲覧可能です。

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal
論文タイトル

Detection of 7Be II in the Classical Nova V5669 Sgr (Nova Sagittarii 2015 No.3)
「古典新星いて座V5669(いて座2015 No.3)におけるベリリウム7の検出」

著者

新井 彰 (京都産業大学 神山天文台 研究員)
田実 晃人(国立天文台ハ ワイ観測所岡山分室 特任准教授)
河北 秀世(京都産業大学 神山天文台長/理学部 教授)
新中 善晴(京都産業大学 神山天文台 嘱託職員)

DOI番号 10.3847/1538-4357/ac00bf
論文URL(英語) https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/ac00bf

本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(課題番号:S1411028)、JSPS科研費(課題番号: JP15K13466、JP19K03933、JP20K14541)の助成を受けて行われました。

すばる望遠鏡について

すばる望遠鏡は自然科学研究機構国立天文台が運用する大型光学赤外線望遠鏡で、文部科学省・大規模学術フロンティア促進事業の支援を受けています。すばる望遠鏡が設置されているマウナケアは、貴重な自然環境であるとともにハワイの文化・歴史において大切な場所であり、私たちはマウナケアから宇宙を探究する機会を得られていることに深く感謝します。

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