天文学で探る鉄の起源—100億年前の宇宙における鉄の存在量の推定に成功

2020.12.02

研究概要

東京大学の鮫島寛明特任助教(2018年度まで本学神山天文台 研究員)をはじめ、京都産業大学、東京大学からなる国際研究グループは、京都産業大学と東京大学、民間企業が共同開発した近赤外線高分散分光器WINERED(以下)をチリ共和国のラ・シラ天文台に設置された新技術望遠鏡(口径3.58m)に搭載し、約100億光年離れたクエーサー6天体の分光観測を行いました。取得したスペクトルから鉄とマグネシウムの存在量比を推定したところ、宇宙化学進化の理論モデルで予想された値と一致することが分かりました。従来、宇宙の化学進化研究は、主に年老いた星を化石として調査する方法で進められてきましたが、本研究ではクエーサーを使うことで、より直接的に過去の宇宙を調査するという、新しい研究手法を確立しました。今後は、より遠方に位置するクエーサーの観測から、宇宙初期(宇宙年齢10億年未満)における金属合成の様子や、それらの金属を産み出す星がいつ、どのようにして生まれたかを明らかにすることが期待されます。

非常に遠方にある宇宙論的赤方偏移の大きなクエーサーは極めて暗く、従来、その観測のためには、すばる望遠鏡(口径8.2m)クラス以上の大口径望遠鏡が必要でした(口径3.6mという中口径の望遠鏡では実現できませんでした。)。WINERED開発グループ(京産大・東大)では、その感度を活かして世界の中口径望遠鏡を活用した研究観測を推進してきましたが、今回の研究成果は、世界トップレベルの感度を持つというWINEREDのアドバンテージが、クエーサー研究において発揮された最初の研究実績となりました。

この研究成果は、2020年12月1日(世界時)に米国の天文物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』のオンライン版にて出版されました。研究の詳細は東京大学のリリースページをご覧ください。

関連リンク

近赤外線高分散分光器WINERED(ワインレッド)

WINERED(ワインレッド)は、京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が東京大学や民間企業と協働で開発した近赤外線高分散分光器です(図1)。赤外線高分散ラボでは、開発当初から世界展開を念頭に活動をしており、そのきっかけとして、世界トップの性能を持つ観測装置の開発を行ってきました。WINEREDの大きな特徴は、望遠鏡で集めた光を無駄にしない(感度が高い)という点で、同様の装置と比べて3~5倍以上高い感度を持っています。WINEREDは、2013年11月から神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3m)に設置され、本格的なサイエンス観測を開始しました。研究対象は、太陽系小天体や星間物質、太陽系外惑星、はくちょう座P星や新星といった質量放出天体、本学創設者 荒木俊馬博士が理論研究をしていたセファイド型変光星、系外惑星など多岐にわたります。こうした成果により、2017年-2018年には、観測条件の良いチリ共和国(ラ・シヤ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58m))へWINEREDを移設し、サイエンスのさらなる拡大を目指して観測を行ってきました。現在は、さらに口径の大きいマゼラン望遠鏡(口径6.5m、チリ共和国ラス・カンパナス観測所)への移設を進めています。一方、WINEREDをさらに高性能にすべく、現在でも本学学生や神山天文台スタッフらによる改良が進められています。

神山天文台における装置の開発や論文の出版には、本学学生や神山天文台スタッフが大きな活躍をしています。学生諸氏は様々な技術を学びながら、世界屈指の性能を誇る観測装置を開発し、自らが開発した装置を用いた観測的研究を行っています。京都産業大学神山天文台・赤外線高分散ラボではこの他にも、赤外線波長におけるイマージョン回折格子や高ブレーズ角回折格子、セラミック製光学系などの赤外線高分散分光天文学の発展に不可欠な基礎技術の開発を東京大学や民間企業と協働で進めています。神山天文台は、高性能な赤外線高分散分光器の開発拠点として、またそれらを用いた世界最高水準の研究拠点として、今後も世界の天文学をリードします。

図1.荒木望遠鏡に搭載した近赤外線高分散分光器WINERED(2016年1月撮影)。
(画像クレジット:京都産業大学神山天文台)

論文情報

雑誌名 The Astrophysical Journal
(アストロフィジカル・ジャーナル)
論文タイトル Mg II and Fe II fluxes of luminous quasars at z~2.7 and evaluation of the Baldwin effect in the flux-to-abundance conversion method for quasars
(赤方偏移2.7の明るいクェーサーにおけるMg IIとFe IIのフラックス測定、およびクェーサーのフラックス組成変換法におけるBaldwin効果の評価)
著者

鮫島 寛明(東京大学大学院理学系研究科付属天文学教育研究センター)
吉井 讓(東京大学/アリゾナ大学スチュワード天文台)
松永 典之*(東京大学大学院理学系研究科)
小林 尚人*(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター木曽観測所)
池田 優二*(フォトコーディング)
近藤 荘平*(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター 木曽観測所)
濱野 哲史*(国立天文台 TMTプロジェクト)
水本 岬希(京都大学 白眉センター・理学研究科 宇宙物理学教室)
新井 彰(京都産業大学 神山天文台)
安井 千香子*(国立天文台 TMTプロジェクト)
福江 慧(京都産業大学 神山天文台)
河北 秀世(京都産業大学 神山天文台・理学部)
大坪 翔悟(京都産業大学 神山天文台)
Giuseppe Bono(ローマ大学トルベルガーダ校/ローマ天文台)
Ivo Saviane(ヨーロッパ南天文台)

※本学神山天文台 客員研究員には名前の後ろの*印がついています。
DOI番号 10.3847/1538-4357/abc33b
アブストラクトURL(英語) https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/abc33b
PAGE TOP