星間分子の近赤外吸収バンドを用いた星間物質の温度・密度の精密測定手法の確立
2019.08.23
今回の成果のポイント
- 星間ガス雲による強い減光を受けている大規模な星の集団「はくちょう座OB2星団」の星を観測することで、近赤外線波長域に見られるC2分子とCN分子の近赤外吸収バンドを星間ガス雲中で初めて検出に成功し(*1)、これら分子の特性を利用することで星間ガス雲の温度・密度という重要パラメータの高精度な測定に成功しました。
- 本研究には、京都産業大学神山天文台が有する口径1.3mの荒木望遠鏡と赤外線高分散ラボで開発された近赤外線高分散分光器WINERED(ワインレッド、*2)が用いられました。WINEREDの持つ非常に高い感度と波長分解能(*3)によって、従来の赤外線分光器では困難であった非常に微弱な吸収の高精度測定が初めて可能になりました。
- またC2分子の同位体分子種である「12C13C」の検出にも初めて成功しました。同位体比は分子の生成・破壊に関わる化学反応に敏感なパラメータですが、これまではC2分子の同位体比は測定することができませんでした。今後多くの天体で観測を進めていくことによって星間物質中の化学反応過程に新たな知見がもたらされることが期待されます。


本文
銀河円盤を満たすガス状の「星間物質」は、星形成が起きる現場・星の材料として、また銀河スケールでの物質循環を理解する上でも重要な研究対象です。星間物質は大部分が水素、ヘリウムから構成されていますが、微量に含まれる他の重元素、とりわけ炭素を中心に構成される「星間分子」は、星形成・惑星系形成過程の中で惑星に取り込まれ生命の発生・進化のための「材料」となる可能性が指摘されており、系外惑星の分野とともに近年精力的に研究が進められています。
星間分子の中でも、基本的な二原子分子のひとつであるC2分子(以下C2)とCN分子(以下CN)は、星間物質中における分子の反応過程において重要な役割を果たしています。加えて、その分子特性を利用すると星間物質の温度や密度を高精度に推定することもできるため、これまで特に太陽近傍の環境で詳しく観測・研究が進められてきました。これらの分子を宇宙の多様な天体で観測を推し進めていくことが今後の研究の進展に重要です。しかしながら、従来これらの分子の観測に用いられてきた可視光波長域の星のスペクトル(*4)上に検出される吸収バンドは、星間塵による強い減光(星間減光)を受けるという大きな欠点があり、観測できる領域が限られていました。
今回、国立天文台の濱野哲史研究員(研究当時は京都産業大学 神山天文台 研究員)をはじめとする研究グループは、C2、CNによる近赤外吸収バンドの検出に初めて成功しました。本研究では、赤外線高分散ラボで開発した観測装置「近赤外線高分散分光器WINERED」を京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3m)に搭載し、「はくちょう座OB2星団」中のNo.12という星の分光スペクトルデータを取得、解析しました。今回新たに検出した近赤外吸収バンドは、従来用いられてきた可視光吸収バンドと比較すると、(1)星間減光の影響を受けにくい、(2)吸収強度が強い、という大きな利点があります。今回研究対象とした「はくちょう座 OB2星団」は地球から約4900光年先にある大規模な星形成領域で、星間減光が大きいという特徴があります。中でも今回観測したNo.12という星はV等級で10等級以上も暗くなってしまうような非常に強い減光を受けていますが、本研究では可視光吸収バンドよりも相対的に透過率の高い赤外線のC2の吸収バンドを解析することに加え、より、高い感度と波長分解能を誇る観測装置「WINERED」を用いたことで、可視光観測に基づいた先行研究よりも約3倍高い精度で星間ガス雲の温度・密度を推定することに成功しました。この結果から、今回新たに検出した近赤外吸収バンドを用いることにより、これまで観測が難しかった高密度なガス雲や銀河系中心方向のようなダストによる星間減光が強い領域もC2、CNの高精度な観測が可能になると期待されます。
また、これらの成果に加えて、本研究ではC2分子の同位体分子種「12C13C」による近赤外吸収バンドを世界で初めて検出することにも成功しました。本研究により従来の赤外線分光器では得られなかった高い精度のスペクトルを取得できたことが、星間空間における12C13Cの検出成功につながりました。12C2の解析結果と合わせることでC2に含まれる炭素原子の同位体比(*5)の測定が初めて可能になりました。分子中の元素同位体比は、その分子の生成・破壊に関わる化学反応に敏感なパラメータです。そのため、星間物質中における複雑な化学反応プロセスを調べる手がかりとして多くの分子の元素同位体比が主に電波望遠鏡により観測・研究されています。しかし、C2は回転輝線を放射しない性質を持つため電波望遠鏡では調べることができず、これまで星間物質中でC2の炭素同位体比が測定された例はありませんでした。今後多くの天体でC2の炭素同位体比を測定し、他分子の元素同位体比と比較することで星間物質中の化学反応過程に新たな知見がもたらされることが期待されます。
本研究は京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3m)で観測が行われました。赤外線高分散ラボは現在、WINEREDのラス・カンパナス観測所(チリ共和国)のマゼラン望遠鏡(口径6.5m)への移設を進めており、より多くの天体について温度・密度環境や炭素分子の同位体比を決定できるようになります。
この研究成果は、Hamano et al. “First detection of A-X (0,0) bands of interstellar C2 and CN”として、2019年8月23日(日本時間)に米国の学術専門誌『The Astrophysical Journal(アストロフィジカル・ジャーナル)』のオンライン版に掲載されました。研究を主導した国立天文台の濱野哲史研究員(研究当時は京都産業大学神山天文台研究員)は、「今回確立した研究手法を使って、大口径望遠鏡による観測を進めていき、宇宙空間における星間分子の化学反応プロセスについてさらに研究を進展させていきたいと思っています。」と今後の星間空間環境に関する研究の発展への期待を述べています。


論文情報
タイトル |
First detection of A-X (0,0) bands of interstellar C2 and CN |
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著者 | Satoshi Hamano, Hideyo Kawakita, Naoto Kobayashi, Keiichi Takenaka, Yuji Ikeda, Noriyuki Matsunaga, Sohei Kondo, Hiroaki Sameshima, Kei Fukue, Chikako Yasui, Misaki Mizumoto, Shogo Otsubo, Ayaka Watase, Tomohiro Yoshikawa, Hitomi Kobayashi |
雑誌 | The Astrophysical Journal(アストロフィジカル・ジャーナル) |
発行年月 | 2019年8月 |
URL(英語) | The Astrophysical Journal-First Detection of A–X (0,0) Bands of Interstellar C2 and CN |
本研究は、文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(課題番号: S0801061、S1411028)および科学研究費補助金(課題番号:16684001、20340042、21840052、26287028、13J10504、16H07323、18H01248)、ならびに日本学術振興会 二国間交流事業 (JSPS-DST; 2013-2015、2016‐2018)の助成を受けて行われました。
追加情報および用語解説
京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が、東京大学大学院や関連企業との協働によって開発した、世界トップレベルの感度を誇る近赤外線高分散分光器です。波長範囲は近赤外波長域(0.9-1.3μm)で、WIDEモード(波長分解能=28,000)とHIRESモード(波長分解能=70,000)の2つの観測モードを有しています。近赤外線波長は、可視光と比べてガスを見通した観測ができるため、可視光と比べて濃いガスの中まで観測することができます。これまでにも数多くのDIB(Diffuse interstellar band; ぼやけた星間線)の発見、彗星に含まれるCN分子の元素同位体比、晩期型巨星の有効温度の推定、ミラ型星の化学組成比、大気吸収線補正方法の確立、早期型星のラインカタログの作成(Hamano et al. 2015, 2016, Sameshima et al. 2018a, 2018b, Shinnaka et al. 2017, Taniguchi et al. 2018)など様々な天体について成果を出してきています。2017年からチリ共和国のラ・シラ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58m)に搭載して運用しており、現在、さらなるサイエンスの拡大目指して、ラス・カンパナス観測所(チリ共和国)のマゼラン望遠鏡(口径6.5m)への移設を進めています。

分光器で2つの異なる成分を分離することのできる最小の間隔を表す量で、R≡λ/Δλ(λ:中心波長、Δλ:波長間隔)と表記されます。波長分解能が大きいほど狭い間隔まで分離できます。そのため、波長分解能が大きいほど、多くのラインが混在している波長域における個々の成分の区別、ライン形状から詳細な速度成分の抽出、より微弱な成分の検出、などが可能となります。
光(電磁波)の波長ごとの強度分布をスペクトルと言います。また電磁波をスペクトルに分けることを「分光」と言います。たとえば、虹は空気中の水が太陽光を分光した結果見えるものであることから、白色に見える太陽の光には、実際には様々な波長の光が混ざっていることがわかります(可視光では波長が短い光は青く見え、波長の長い光は赤く見えます)。原子や分子の種類ごとに固有の波長を持つことから、スペクトルに見られる吸収線や輝線の波長から、どのような原子・分子が存在するかを調べることができます(スペクトル線の「同定」と言います)。また、スペクトル線の強度から、ガスの温度や密度を推定できます。
同じ原子番号を持つ元素の原子核において、原子の質量数(中性子数)が異なる核種を同位体と言い、原子数の存在比を同位体比と言います。同一元素の同位体は、化学的性質は同等ですが質量数が異なるため、化学反応の速度や放射や吸収線の波長などに微小な差が現れます。特に、質量の違いによる零点エネルギーの違いから、低温度環境下の化学反応では、自然界の元素同位体比に比べて重たい同位体が分子に含まれやすい「同位体農集」が見られることがあります。そのため、同位体比の精密な測定は、その元素の起源や変遷を調べる上で重要な情報をもたらします。
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