神山天文台研究員らのチームが「近赤外線波長域における地球大気吸収線の精密補正」を可能に

2018.05.25

19世紀にドイツのフラウンホーファーは太陽の可視光スペクトル中に500本以上の暗線(吸収線)を発見しました。これらの吸収線が太陽という高温のガス球に含まれる様々な元素によるものであることが明らかになり、やがて天体分光学と呼ばれる学問の誕生につながります。天体に含まれる物質の組成比、温度、運動などを明らかにできる天体分光学は、現代天文学にとって欠くことのできない重要な存在です。さて、フラウンホーファーは自身の発見した吸収線のうち非常に目立ったものについてA、B、C、・・・といった名前を付けました。ところがこのうちの一部(A線やB線など)は、太陽表面のガスに含まれる成分ではなく、地球の大気に含まれる酸素分子が引き起こす吸収だったのです。そのため、天体のスペクトルから成分や温度などを探るためには、地球大気による吸収線を取り除く必要があります。

現代の天文学では、さまざまな波長で観測を行い、天体の物理状態を明らかにしています。特に星間空間に存在するガスや塵に隠された誕生後間もない天体、また、比較的進化した低温度の天体などを観測するために、赤外線波長域は非常に重要です。現在、神山天文台では近赤外線波長で観測可能な高効率・高分散分光器 WINERED(波長範囲:0.9-1.3μm、波長分解能:70000(max))を開発し、南米・チリ共和国のラ・シヤ天文台の口径3.6m-NTT望遠鏡に取り付けて観測・研究を行っています。しかし、この波長域には地球大気中に含まれる水蒸気(H2O)や酸素分子(O2)などによる無数の吸収線が存在しており、天体のスペクトルを精密に調べるためには、これらの吸収線を正確に取り除くことが必要でした(図1)。

今回、神山天文台の鮫島研究員らは、波長1μm付近に見られる地球大気による無数の吸収線を極めて正確に取り除くための手法を確立し、その成果を学術論文として発表しました。WINEREDを用いると天体のスペクトルを非常に高い精度(S/N比)で観測できますが、その特徴を活かすためには、極めて正確に地球大気吸収線を除去する必要があります。従来は、理論的に計算した地球大気吸収線のスペクトルを用いて補正を行っていましたが、この方法ではWINEREDの持つポテンシャルを最大限に引出せませんでした(図2)。今回の論文で鮫島研究員らは、固有の吸収線が比較的少ない恒星を観測することで地球大気の吸収スペクトルを精密に決定し、これを用いた補正を行うことで、極めて高いS/N比を最終的に達成できる事を示しました。こうした緻密なデータ処理手法を確立することで、WINEREDの持つポテンシャルを最大限に引出すことができ、高S/N比のスペクトルを用いたサイエンス(天体における微量成分の化学組成決定など)を進めることができると期待しています。

タイトル Correction of Near-infrared High-resolution Spectra for Telluric Absorption at 0.90 - 1.35μm
(波長0.90 - 1.35μmにおける近赤外線高分散スペクトルに対する地球大気吸収線の補正)
著者 Hiroaki Sameshima, Noriyuki Matsunaga, Naoto Kobayashi, Hideyo Kawakita, Satoshi Hamano, Yuji Ikeda, Sohei Kondo, Kei Fukue, Daisuke Taniguchi, Misaki Mizumoto
雑誌 Publications of the Astronomical Society of the Pacific
号・頁・発行年月 130・074502・2018年7月
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