新星爆発によって生じる「火の玉」の内部構造の謎を明らかに -ベールに覆われた新星爆発の内側を探る-

2016.07.07

京都産業大学と国立天文台の研究グループは、2014年に発見された「はくちょう座新星 V2659 Cyg」を国立天文台・すばる望遠鏡を用いて観測し、新星において一時的に出現する共通の吸収線の全容を明らかにしました。研究の結果、これまで議論が続 いていた新星爆発によって生じる「火の玉」の内部構造の謎を明らかにすることに成功しました。

白色矮星と普通の恒星からなる連星系で生じる新星爆発の内部構造がどのように なっているのか、新星の詳しい分光観測が始まった1930年代から長い間議論が続けられてきました。これまで2つの仮説(①ガスのすべてが新星爆発に由 来、②新星爆発および、連星系から爆発前に放出されたガスの両方を含む)が提案されており、どちらが正しい説なのかは研究者によって議論が分かれていまし たが、近年、新星においてごく限られた期間だけ一時的に見られる吸収線群(THEA system: Transient Heavy Element Absorption systems)の観測研究から、それらの正体が「連星系から爆発前に放出されたガスである」との説(すなわち上記②の仮説)が有力視されつつありまし た。しかし、我々の研究グループが行った観測の結果、新星にごく短期間だけ観測される謎の吸収線群(THEA)は、新星爆発時に放出されるガス構造である ということを明らかにしました。本研究で得られた結果は、謎につつまれたままの新星の一般的な物理描像を理解する上で、重要な一歩になるものと期待されま す。

新星爆発とその内部構造

新星爆発は複雑なガス放出現象であり、白色矮星*1を主星とし普通の恒星を伴星とする近接連星系において、白色矮星 表面に伴星から降り積ったガスが爆発を起こして突如、明るく輝く現象です。しかし、どのようにガスが宇宙空間に放出されるのかは、いまだ明確に解明されて いません。ほとんどの新星は地球から非常に遠いため、爆発初期に点源としてしか撮影できず、撮像観測*2では構造を探ることができません。そこで、古くから分光観測*3によって内部構造を推測するという方法が使われてきました。
新星爆発中のスペクトルには輝線と吸収線が検出されます*4。輝線は天体を取り囲むガス全体から放出されます。一方、吸収線は観測者の視線方向と重なった方向に存在するガスが後ろの光(背景光)を吸収することにより形成されます。

輝線は全体の光の放射量を知るのに役立ちますが、さまざまな場所からの放射が混在しており、新星爆発の複雑な空間構造を探るのにはあまり適しません。一方、吸収線は、観測する我々の視線方向に存在するガスのみの情報が得られるため、内部構造の解明に利用することができます。つまり、吸収線の起源を解明することは、新星の内部構造を理解することと言えます。時々刻々と変化する複雑な新星の内部構造の解明は、新星の爆発現象の理解にとどまらず、他の星のガス放出現象を理解する上でも重要なテーマです。

こうした観点から、新星爆発中に検出された可視スペクトルを説明できる内部構造の物理的イメージは、大きく分けて2種類考えられてきました。(図2)。ケースAは、すべて新星の放出したガスが吸収体となっているというものです。ケースBは、伴星が放出した既存ガスと、新星本体からの放出ガスの両方が必要であるというものです。しかしながら、現時点ではこの2つのどちらが正解なのか、研究者によって意見が分かれており、いまだ答えは出ていません。

今回の研究成果

本研究では、分光観測によって吸収線を手がかりにして新星爆発の内部構造を探るというこの手法を踏襲し、国立天文台の口径8mすばる望遠鏡と高分散分光器(HDS)*5を用い、新星を高い波長分解能で観測し、検出された吸収線の元素の種類、吸収線の形状をこれまで以上に詳細に調べることにより、以下のことを明らかにしました。

・V2659 Cygのスペクトルには、これまで知られていたように2種類の速度を持つ吸収ガスが存在すること(図3)
・速い速度を持つ吸収線は、複数の吸収体が存在を示すこと
・遅い速度を持つ吸収線の吸収体の温度は、光球と同程度(約12000K)であり、その形状(プロファイル)から、速度勾配を持つガスで作られていること

これらの結果から、遅い方のガスは新星風の表層で形成されており、速い方の吸収線は新星初期に吹き飛ばされたムラのあるガスの塊と考えるのが自然であるという結論に至りました。よって、吸収体(ガス)はすべて新星の放出ガスである、とする物理的イメージ(ケースA)が妥当であるということを示します。

しかし、まだすべての新星がこの物理イメージで説明可能なのかどうかはわかりません。新星は様々なタイプが存在します。本研究の結果は、今後、他の新星のデータを取得し研究を進め、新星共通の物理描像を描いていくための重要なカギとなります。

*1 年老いた星が最後に残す、星の燃えカスのような天体のこ と。理論的には星の質量が太陽の8倍以下の場合、星の中心の位置に残されます。太陽と同程度の質量を持つものが新星爆発を起こしやすいと考えられていま す。もともとの星の中心核で作られた炭素や酸素などがぎゅうぎゅうに敷き詰められた星のため、星の半径は小さく地球と同じくらいのサイズになっています。 そのため重力が強く、近接連星系をなした場合、伴星からガスを引き込み、表層にガスを溜め込みます。

*2 デジカメなどで撮影する星の写真観測のこと。太陽や月、 惑星などはとても近いため、面積を持った天体として観察することができます。一方、新星は近いものでも数1000光年かなたにあり、また新星がもっとも膨 れ上がった「火の玉」となっている時期でも太陽の100倍くらいのため、爆発直後は点光源としてしか撮影できません。新星も時間が経って吹き飛ばしたガス が大きく広がるころになると、形状を移せることがありますが、そのころにはガスは薄まっており、爆発時の内部構造を調べることができません。

*3 人工的に星の光を虹のように色分けして観測する手法。分 光素子には回折格子やプリズムが使われます。分光されて得られた星のスペクトルから、元素の出す輝線・吸収線の同定を行ったり、光のドップラー効果を利用 して吸収体の速度の情報を引き出すことができます。今回の研究では、約7万色を見分けられる分光観測を行い、様々な元素の細い吸収線を見分けたり、それぞ れの吸収線の形状を詳細に調べました。

*4 新星爆発によって放出された外側の薄いガスは、光球からの光エネルギーを吸収し、輝線を放射します(図4)。新星の光球と薄いガスを両方見通す「観測者」の視線上のガスを見通すと、吸収線として観測されます。
*5 国立天文台・8.2mすばる望遠鏡と、高分散分光器 ※図をクリックで拡大

新井研究員のコメント

新井 彰 京都産業大学神山天文台 研究員
今回の研究では、新星爆発真っただ中の状況を、国立天文台・すばる望遠鏡を使って観測し、高精度の観測データを得ることができ、はくちょう座新星2014 の内部構造を推定することができました。本研究のように1本1本の吸収線を重視した研究は新星の分野ではそれほど多くありません。その意味でも重要な研究 例になったと考えています。しかし、今回の研究ではたった一度の観測データを詳しく調べたにすぎません。新星爆発は時間変化が激しく、すぐに暗くなってし まう天体現象ですので、高精度の高分散分光データを得ること自体が困難な天体現象です。しかし、多くの新星に当てはまる真の物理描像に迫るには、さらに多 くの新星に対し同様のデータを取得し、精密に分析することが必応不可欠であり、我々の研究グループはすばる望遠鏡による新星のデータ取得を進めています。 約100年前から議論が続く新星の内部構造の謎に挑むことは無謀なことだと思われるかも知れませんが、最先端の装置と先人たちが積み上げてきた知識を駆使 することにより少しずつ道は開けると信じています。
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