【法学部】ウクライナ情勢から世界について考えよう。「前・駐ウクライナ大使講演イベント」開催 

前・駐ウクライナ大使の倉井 高志氏をお招きした講演会「ウクライナ情勢から考える—世界を読み解くことー」が開催され、500名を超える学生が参加しました。第1部では倉井氏から現在のウクライナ情勢について講演していただき、第2部では倉井氏にくわえ、法学部 岩本 誠吾教授と国際関係学部 河原地 英武教授が登壇され、パネルディスカッションが行われました。
今回は第1部の倉井氏による講演内容をお伝えします。

(学生ライター 法学部3年次 竹嶋 宣輝)

 


現在のウクライナ情勢について説明する倉井氏
ウクライナとロシアの関係には長い歴史があります。9~13世紀においては、現在のロシアやウクライナの領土をまたぐ形でキエフ公国が存在していました。そのため、ロシアとウクライナは兄弟国にあり、ウクライナ国内では「親ロシア派」と「親欧米派」で考え方が大きく分かれていました。ただ今日では「親欧米派 」が圧倒的多数を占めているようです。
倉井氏は初めに、ロシアにおけるウクライナへの軍事侵攻について、軍事戦略的な観点と政治的な観点から説明されました。
軍事戦略的な観点では、今日のロシアが直面する欧州の戦略環境からすれば、既にドンバスの一部の領土を占拠してウクライナはNATO(北太西洋条約機構)に加盟できなくなっており、しかもNATOにはウクライナを加盟させる意思がなかったので、必ずしもウクライナ全土を制圧する必要はありませんでした。そして政治的な観点では、ウクライナの「非ナチ化」や「ジェノサイド」阻止などといった理由はほとんど荒唐無稽なものでした。
従って、真の理由は「ウクライナをロシアの支配下におく こと」であり、その背景にはプーチン長期政権のおごりや部下の保身、ロシアの歴史的な被害者意識に加え、軍事的な侵攻にはプーチン大統領の主観的なウクライナ観も含まれているものと考えられます。
そのため、その侵攻には正当性がなく、明らかな国際秩序の破壊(国際法違反)であるのみならず、ロシアにとって軍事的にも非合理なものとなっています。今回のロシアによる侵攻の本来の目的が不透明であるため、学者や専門家の中でもロシアによる侵攻の目的に対して見方が分かれています。


続いて、ウクライナがこの戦争を避けることができたかについて、倉井氏は3つの選択肢を挙げられました。
選択肢①降伏
ウクライナにはロシアに対する歴史的経緯や、そこから形成された特別な思い、「戦わなければ全てを失う」という国民の考えがあり、 倉井氏は「降伏の可能性は殆どなかった」と述べられました。
選択肢②ウクライナが自ら「軍事大国」になる
ロシアに匹敵するほどの軍事建設は極めて困難なことから、「この選択肢が選ばれる可能性は低かっただろう」と述べられました。
選択肢③ウクライナが集団防衛体制入りを果たす
NATOとロシアに隣接する旧ソ連共和諸国でいえば、バルト三国はNATOに加盟し、ベラルーシはロシアと一体化を推し進めています。このような状況の中で、ロシアによる軍事侵攻を受けたのはどちらにも該当しないウクライナとジョージア(旧グルジア)だけでした。このようなウクライナの隣国の状況や歴史的経緯、国民の思いを踏まえればウクライナには「NATOへの加盟」を目指すしかなかったのだと倉井氏は分析されています。

パネルディスカッションの様子 左から倉井氏、岩本教授、河原地教授
今後の展望として、フィンランド・スウェーデンのNATO加盟への動きと、ロシアへの「前例なき経済制裁」の2点について説明されました。
NATO加盟への動きについては、ロシアに接するフィンランドの国境問題やバルト海・北極圏における戦略環境は変化し、かつこの変化はロシアにとって総じて不利に働くと予想されています。「前例なき経済制裁」では、エネルギーや先端技術・金融について説明されました。例えばエネルギー関係では、EUが石炭に続きロシアの原油輸入を規制していますが、その一方で中国とインドが原油輸入を増大させることで、ロシアの歳入の下支えとなり、制裁の効果が薄れているという問題が浮上しています。しかしながら、EUによる原油輸入減をアジアで完全に補うことは困難であり、しかも買値を叩かれるという状況があります。
また金融面では、ロシアの銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除し、ロシア中央銀行の資産凍結等を行った結果ルーブルは一時暴落し、これを防ぐためロシアは政策金利を大幅に上げるなどの措置 をとりました。これに対して、ロシアはエネルギー(石炭や原油など)の「ルーブル払い」の要求や、資本取引規制の実施等を行っていますが、「今後のこれら対抗措置について、その持続性が問題になる」と倉井氏は指摘しました。
神山ホールロビーにて寄付金を募るため古着の販売を行う経営学部岡部ゼミの皆さん
最後に、倉井氏は出口戦略のあり得るべき理論的なシナリオとして以下のように述べられました。(出口戦略:人命や物資の損失を最小限に抑えて戦線から撤退する作戦)
  1.  ウクライナ東南部の現占領地域±αをロシアが占領する形で長期膠着(こうちゃく)または停戦
  2. ウクライナ侵攻が開始された2月24日以前の状況に戻す
  3. クリミア併合のあった2014年以前の状況に戻す など
そのうえで、戦争に対する疲労度やロシア内政の安定性、西欧諸国の軍事支援、アメリカが設定する戦争目的の達成度を、シナリオを確定させる要素として挙げられました。
また、日本が考えるべき世界との関わり合いについて、欧州の戦略環境の変化による極東への影響や、対ロシア・中国政策の在り方などを例に挙げられました。

もしロシアの軍事侵攻に対しウクライナが早期降伏をした場合、正当性なき「力による現状変更」が起こってしまった事例として、今後の人類史に残ることになります。だからこそ、今のウクライナ情勢は世界で多くの関心が集まっており、今後も息をのむ状況が続くと考えられます。
今もなお続くロシアのウクライナ侵攻による様々な影響は世界各国に波及しており、戦争の長期化も危惧されています。今回の講演を取材して、今後の世界の動向に注視しながら、この問題に対してどう向き合うか、自分の考えをまとめていく必要があると実感しました。

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