【理学部】NASA SPHEREx 打ち上げ成功!

2025.03.14

理学部 宇宙物理・気象学科の小林 洋祐 日本学術振興会特別研究員が参加する、近赤外線宇宙望遠鏡 SPHEREx (Spectro-Photometer for the History of the Universe, Epoch of Reionization, and Ices Explorer) が、2025年3月11日(現地時間)に、アメリカ・カリフォルニア州のヴァンデンバーグ宇宙軍基地より打ち上げられました。
SPHERExは、アメリカ宇宙航空局NASAの中型エクスプローラー計画ミッションの1つで、宇宙の起源、銀河の形成と進化、そして惑星系における水の起源を明らかにすることを目指します。そのユニークな装置と観測計画の設計により、大きな研究成果が期待されています。
Credit : NASA
打ち上げ前、フェアリング(通常ロケット先端にある衛星格納庫)に格納されているSPHEREx

経緯

SPHERExはカリフォルニア工科大学を中心に立案され、その最初の計画は2014年にNASAに提案されました。その後、当初の提案内容を強化し、2016年に再提案された現在の計画は、複数の宇宙観測計画の間の競争を勝ち抜き、2019年にNASAの中型エクスプローラー計画の一環として採択されました。計画の承認後、詳細な装置設計や科学研究チームの組織が進められ、2021年には最終的な設計をもとに実際の装置の組み立てを開始しました。また、打ち上げにはスペースXのファルコン9を使用することが決まり、計画の実現に向けた準備が進められてきました。計画開始から10年超の期間を経て、2025年3月11日、SPHERExは打ち上げを迎えました。ファルコン9から切り離された後、SPHERExは地上約650km上空の太陽同期軌道に入り、約1ヶ月間の軌道上での点検作業を経て、観測を開始する予定です。
SPHERExの大きな研究テーマの一つである宇宙論に関する将来観測計画は、このほかにも複数予定されていますが、SPHERExは装置や観測計画の工夫により、大規模ミッションと比較して効率的なコストと短い開発・運用期間で、競合する計画に先駆けてインパクトのある科学成果が期待されています。

SPHERExの特徴

SPHERExは、世界初の全天近赤外分光測光サーベイ*1計画です。線形可変フィルターと呼ばれる装置を用いて、0.75μm - 5μmの近赤外領域にある102の周波数帯で銀河や恒星から来る光のスペクトルを測定し、銀河の3次元的な分布を明らかにします。線形可変フィルターは、視野の中で透過する光の中心波長が変化するという特性を持っており、望遠鏡が少しずつ姿勢を変えながら、同じ天体を視野の異なる位置で捉える観測を繰り返すことで、高速にスペクトルを取得することができます。2年間かけて全天を4回にわたって探査し、4億5000万個以上の輝線銀河と、天の川銀河にある1億個以上の恒星のスペクトルを測定する予定です。この広域かつ大量の天体に対する高速なスペクトル収集能力は、単一の観測モードによるシンプルな装置設計によって最大限に引き出され、これまでになく大規模な宇宙の地図作りを可能にします。
すでに観測が開始された同じくNASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(2021年12月打ち上げ)や欧州宇宙機関(ESA)のユークリッド宇宙望遠鏡(2023年7月打ち上げ)、来年度観測開始予定のVera C. Rubin Observatoryなどとも探索する周波数帯を一部共有しており、これらの大規模観測との相乗効果も期待されています。

科学目標

SPHERExが目指すサイエンスの一つである「宇宙の起源の解明」では、宇宙初期の揺らぎ(原始揺らぎ)を生成するメカニズムとして提唱されているインフレーション機構*2の解明に迫ります。インフレーションによって生じた原始揺らぎは、宇宙膨張を経て現在の宇宙にある銀河や星といった構造を形作る種となったと考えられています。つまり、夜空に輝く星々も、望遠鏡を用いて観測する遠方の銀河も、その起源をたどればインフレーションに行き着くのです。この原始揺らぎは、概ねガウス分布*3に従うと予測され、これまでの観測データもこの傾向を支持しています。しかし、インフレーションの機構によっては、ガウス分布からのわずかなずれ(非ガウス性)を伴う揺らぎを生成する場合もあります。その場合、現在観測される銀河が形成する大規模構造*4のうち、概ね1億光年以上のスケールに広がる分布に特徴的なパターンが現れることが理論的に示されています。SPHERExは、世界で初めて全天にわたる銀河の分布の膨大なデータを取得します。圧倒的に大きな観測領域を活かして大規模構造の統計解析を行うことで、非ガウス性を伴う揺らぎを生み出すインフレーション機構の可能性とその性質の解明に迫ります。

小林 洋祐 日本学術振興会特別研究員のコメント

私は2021年9月から、アリゾナ大学の研究員としてSPHERExの宇宙論チームに参加し、大きなスケールにおける(非ガウス性を含んだ)銀河の分布パターンを宇宙論の理論に基づいて予言するコードの構築を担当しました。またカリフォルニア工科大学の研究者たちと共に、その理論予言を用いたデータ解析パイプラインの整備に携わりました。今回の打ち上げでSPHERExの実際の観測が始まります。私たちの理論面における準備の成果が今後のデータ解析で発揮され、大きな成果が上がることを期待しています。

用語解説

※1 分光測光サーベイ観測(spectro-photometric survey)

遠方銀河までの距離を測定する一般的な方法として、分光器を用いた分光観測(spectroscopic observation)があります。分光器は、プリズムのように光を波長ごとに分解する装置で、各天体のスペクトルを詳細に測定できます。ただし、分光観測では、光ファイバーなどを用いてターゲットとなる天体ごとに光を集め、それを波長方向に分解するため、一般的なカメラによる測光観測(photometric observation)と比べて、広範囲の天体を一度に観測することが難しく、観測時間やコストが膨大になるという課題があります。分光測光サーベイは、この課題を克服する方法の一つです。異なる波長域を持つ多数のフィルターを用いて測光観測を行うことで、分光観測ほどの波長分解能は得られないものの、スペクトル情報をある程度再現することができます。この手法により、大量の天体を一度に観測し、遠方銀河の分布を高精度でマッピングすることが可能になります。分光観測と測光観測の中間的な手法として、宇宙の大域的な構造の研究において有用な手法です。

※2 インフレーション

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)や宇宙膨張の観測から、宇宙が高温の状態から始まったというビッグバン宇宙論は確立されています。しかし、ビッグバン宇宙論には未解決の課題があり、それを解決する理論的仮説がインフレーション理論です。これは、宇宙が極めて短時間に指数関数的な急膨張を経験したとするモデルです。例えば、CMBの光子は地球から見てどの方向でもほぼ同じ温度を持ちますが、通常の膨張では異なる領域が因果的に相互作用する時間がなく、なぜ一様なのか説明できません(地平線問題)。インフレーションを仮定すると、初期宇宙では相互作用できる近距離にあった領域が急膨張によって広がり、一見すると因果関係がない遠距離になったと解釈できます。インフレーションは観測事実を説明する一方、その物理的メカニズムは未解明です。SPHERExのような観測ミッションは、この謎を解く鍵となる可能性があります。

※3 ガウス分布

自然界に広く現れる確率分布で、正規分布と同義。インフレーション理論では、現在の宇宙における広い空間領域が、はじめはミクロなスケールにあったと考えます。ミクロなスケールでは、量子効果が重要になり、不確定性原理によって位置やエネルギーといった物理量が特定の値を取るのではなく、不確定性を持って揺らぎます。この量子揺らぎが宇宙膨張によって引き伸ばされ、現在の宇宙のあらゆる構造の起源になったと考えると、揺らぎの確率分布はガウス分布に一致することが予測されます。実際に、CMBの光子の持つ温度の頻度分布は、非常に高い精度でガウス分布と一致しており、インフレーションによる揺らぎの生成の有力な証拠の一つとなっています。

※4 宇宙の大規模構造

銀河は宇宙空間に一様に分布しているのではなく、多数の銀河が密集した部分や、ほとんど銀河が存在しない部分などが存在し、複雑な分布パターンに従って存在しています。数十個以上の銀河が集まる銀河群や、数百から数万にも及ぶ銀河が密集した銀河団のような構造が、フィラメントと呼ばれる細い紐状の構造や、ウォールと呼ばれる壁状の構造によって違いに結びついています。一方、これらの構造に囲まれた領域には銀河の密度が低い部分が存在し、これをボイドと呼びます。このように、網の目のように張り巡らされた銀河の分布のことを、宇宙の大規模構造と呼びます。宇宙の大規模構造は、宇宙初期に作られた原始揺らぎが重力によって成長することで形成されたと考えられるため、その分布パターンには宇宙の誕生と進化に関する重要な情報が潜んでいると考えられます。

外部リンク

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