【法学部】「少年法」特別講義「特定少年の実名報道で必要なこと、社会がするべきものとは?」

2025.02.04

法学部 服部 達也教授の「少年法」講義では、「その少年が起こした事件の内容ではなく、なぜ彼ら彼女らが事件を起こすような状況に追い込まれていったのか、その『躓きの石』は何なのかを解明し、それに見合った保護の手を差し伸べる」という少年法の根本的理念や制度の在り方について、分かりやすい概観的説明が行われます。
また少年法の各規定内容の趣旨や在るべき姿について具体的に考察していくことに加え、現在の少年法の成人年齢引き下げ議論に関しても、時間を割いてその是非について考える授業が展開されています。

今回は山梨放送の楠間記者をお招きし、「甲府市夫婦殺人放火事件」で初の特定少年事件として実名報道となったことについてお話を伺いました。

(学生ライター 法学部4年次 杉原 翔)

「甲府市夫婦殺人放火事件」の概要

2021年10月12日 甲府市で当時19歳の少年が一方的に好意を寄せていた女性宅で女性の母親、父親をナイフで突き刺すなどして殺害し、次女の頭をナタで殴ってけがを負わせ、住宅に放火し全焼させた事件。
2022年4月に18、19歳が「特定少年」となり起訴された場合、実名報道が可能になる「改正少年法」が施行された。今回の事件は検察が実名を発表した初のケースとなった。

実名・顔写真の報道対応

山梨放送 楠間記者
楠間記者が所属している山梨放送では、死刑判決確定までの間被告の名前を実名掲載し、ニュースの項目内で一度だけ実名を使用、もう一度使用する場合は「被告」と表し、顔写真は起訴日と判決日の合計2回の使用にとどめていた。
各メディアの対応は、実名・顔写真共に報道しているところ、していないところさまざまであった。

授業で伺ったお話

実名報道に至る山梨放送社内の議論について

視聴者の「知る権利」か、「少年の更生」を取るのかの議論になり、「法律で解禁されたのだから実名報道をするべき」「重大事件で実名解禁することで抑止につながる」「ネット上でのデマ・憶測を打ち消せる」「改正前から少年犯罪は減少傾向だから実名報道されるからと言って事件が減るとは思わない」「民法と少年法は別物で合わせる必要がない」「デジタルタトゥーとして残り続けるため匿名報道にするべき」とさまざまな意見が出たそうです。

有識者への取材、報道の意味とは?

少年法の専門家 服部 達也教授、少年犯罪の当事者の会、ジャーナリズム専門家など、有識者への取材を行ったそうです。

また報道において5W1H(いつ、だれが、どのように)を正しく伝えることは不可欠であり、加えて「実名報道を原則」とするということは、国民の「知る権利」と「プライバシー保護」という相反する課題を考慮しなければなりません。
氏名は個人が群集の中にいる唯一の存在の証であることから、報道にはそれを社会で共有する役割がある、と報道の意味について議論を行ったそうです。

山梨放送の今後の特定少年事件における方針

報道機関として視聴者の「知る権利」に応えるため氏名公表を重視し、起訴された特定少年は推知報道適用外となることから実名報道の検討対象とし、個別の事件の重大性・社会性・情状などを考慮のうえ総合的に判断し、検察が実名を公表した事案であってもその都度判断することになった、とのことです。

服部 達也教授と楠間記者の討論

服部教授(左)と山梨放送 楠間記者

服部教授(以下 服部):実名報道に関し、メディア各社によって対応が異なることについてどう思われますか?
楠間記者(以下 楠間):いろいろな意見・考え方があるべきであり、抑止や社会のためと考えることも大切であり、報道方法を1つに決めていないことが社会には良いと思います。わたしも最初は実名報道するべきという考え方でしたが、少年の成育環境を取材する中で実名報道が本当に正解なのかという疑問を持つこともあり、更なる議論の必要性があると思います。
服部:被害者遺族に対しておこなう取材について、気を付けていることを教えてください。
楠間:言葉一つで傷つけてしまう可能性があるので、聞き方に気を付けておこなっています。報道することにより支援の目が向くことがあるので、報道する必要もあると感じています。
服部:若者が情報を得る手段が主にSNSである現状から、報道を知ってもらえないということがありますが、どうお考えですか?
楠間:私たちは捜査機関に直接聞いたことを報道していて、発信する情報には信頼性があります。また「適当なことは報道することができない」ことも知ってもらいたいです。

討論の様子

授業を聞いた学生の感想

  • メディアに携わっている方々ですら、特定少年による甲府市夫婦殺人放火事件の実名報道に至るまでの経緯が険しいものであったという事に驚いた
  • 少年の実名報道は場合によって変えるべきだと思う
  • 甲府市夫婦殺人放火事件のような重大事件の際、実名報道するかどうかは社内検討によって吟味し、必要があれば報道するという方針を取ることで、視聴者の「知る権利」や被害者・加害者の親族に対する負担は減少する可能性があると感じた
  • メディアの報道により、デマや憶測で関係のない人を傷つけてしまう可能性があることを知った

筆者が感じたこと

今回の特定少年の実名報道について山梨放送内で様々な議論がなされたことなど、貴重なお話を伺うことができました。
報道機関として、国民の知る権利に応えたい思いと、実名報道するべきという考えが少年の生い立ちを知り変わってきた経緯などを聞き、楠間記者の葛藤が伝わりました。

世間では少年法の廃止、実名報道を求める声が上がっています。
被害者や被害者遺族の感情を考えると、実名報道の必要性もあると思われます。しかし加害者の中には今回の事件のように、加害少年自身が虐待の被害者だったケースもあります。
被害者感情を忘れてはいけませんが、加害した少年の過去を正しく知り、少年法の理念をもって更なる議論をすることが必要と考えます。虐待被害者だったにもかかわらず支援につながらずに今回の事件が引き起こされたこと、被害に遭っている子どもに社会の目がなかなか向けられないことなど、子どもを取り巻く社会の現状についても考えなければならないと思いました。

最近はテレビ離れが進み、主にSNSからの情報を得ている私たちですが、世の中に溢れている情報の真偽を正しく見極めていくことが必要だと感じました。楠間記者が「事件の取材は信頼性を担保して行っている」と仰っていたように、報道機関が取材した情報には信用があり、投げかけられた社会問題があり、私たちはそれを受けて議論していく必要があると思います。
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