【生命科学部】酸化ストレスによるカエル卵の過剰な活性化は、カルシウム依存性の非アポトーシス細胞死を誘発することを明らかにしました
2023.01.24
脊椎動物卵の加齢に伴う質の低下とそのメカニズムを明らかにし、卵の生物学的機能をより深く理解する
佐藤 賢一教授らのグループは、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の成熟卵母細胞におけるアポトーシスとは異なるメカニズムによる細胞死(オーバーアクチベーション:OA)の存在を明らかにすることに成功し、そのカルシウムシグナル依存的なミトコンドリアおよび細胞膜の機能破綻などの知見が得られました。
この研究成果は、MDPI(Multidisciplinary Digital Publishing Institute)出版社(バーゼル、スイス)のオープン・アクセス・ジャーナルであるAntioxidantsに2022 年12月9日付で掲載されました。
本研究では、強い酸化ストレスを用いてアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の成熟卵母細胞のオーバーアクチベーションと細胞死を誘導することに成功しました。
その結果、(1)酸化ストレスによる卵OAにはカルシウム依存性の機構が関与しており、カルシウム非依存性の機構も卵の過活性化に寄与していること、(2)卵OA後 1 時間以内にサイクリンB2の分解、ミトコンドリア膜電位の低下、ATPの枯渇、タンパク質合成の停止が起こること、(3)OA卵では細胞膜が機能破綻を起こすこと、(4)古典的アポトーシスとは異なるプロセスで卵OAが起こること、を明らかにしました。
概要
カエル卵の過剰な活性化(overactivation)は、卵を受精不能にする病的な過程です。その生理的な誘導因子は不明です。これまで、酸化ストレスが時間・用量依存的にXenopus laevisカエル卵の過剰活性化を引き起こすことが示されていました。
本論文では、酸化ストレスによる卵の過活性化がカルシウム依存的な現象であり、選択的カルシウムキレート剤BAPTAの存在下で減弱することを明らかにしました。また、受精卵や単為生殖活性卵では、カルシウム過渡によりサイクリンB2の分解が始まることが知られていますが、過活性化した卵では、サイクリンB2の分解も観察されました。ミトコンドリア膜電位の低下、ATP枯渇、タンパク質合成の終了は、過活性化の引き金となってから1時間以内に卵に発現しています。これらの細胞内現象は、カスパーゼの活性化がない状態で起こります。さらに、過活性化した卵では、ATPの漏出と卵の膨張によって証明されるように、細胞膜の完全性が損なわれています。
以上のことから、我々のデータは、酸化ストレスによるカエル卵の過剰活性化が、迅速かつ劇的な細胞恒常性の崩壊を引き起こし、カルシウム依存性の非アポトーシス機構によって強固で迅速な細胞死をもたらすことを実証しています。
背景
活性酸素種(ROS)が細胞に与える酸化ストレスは、複数の悪影響を及ぼし、細胞の老化促進、アポトーシス、腫瘍形成など、様々な負の結果を促進することがよく知られています。高レベルの細胞内活性酸素は、ミトコンドリアおよび核DNAの変異損傷やエピジェネティックな修飾を介して腫瘍形成を促進することが明らかにされています。癌細胞を含む様々な細胞における内因性活性酸素の主要な生産者は、ミトコンドリアとNADPHオキシダーゼです。
わたしたちが研究モデルとして用いているアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞や卵においても、この2つが有効に働いています。過酸化水素、スーパーオキシドアニオン、ヒドロキシルラジカルなどの様々な活性酸素が、第二減数分裂中期で停止したマウス卵子の品質を阻害することが明らかにされています。
哺乳類の卵子では、酸化ストレスが第二減数分裂中期紡錘体の構造変化を引き起こし、減数分裂の細胞周期を妨げ、アポトーシスの形態的特徴を誘発します。活性酸素レベルの上昇は、体外培養した排卵後ラット卵の老化に依存した自発的活性化をもたらすことも示されています。
また、過酸化水素はまた、アフリカツメガエル卵の細胞内カルシウムを上昇させ、Srcキナーゼ依存的に卵を活性化させることが報告されています。
さらに、高濃度の過酸化水素によってかつ長時間処理されたアフリカツメガエル卵ではオーヴァーアクチベーションが引き起こされることが明らかにされました。強い酸化ストレスでオーヴァーアクチベーションを起こしたアフリカツメガエル卵では、速くて不可逆的な表層収縮、リポフスチンの蓄積、細胞内ATPの枯渇、可溶性細胞質タンパク質の劇的な減少が起こることが分かりました。オーヴァーアクチベーションを起こしたアフリカツメガエル卵は,アポトーシスとは異なる、秩序だったメカニズムで死ぬことが示唆されています。しかし、これまでのところ、その細胞内プロセスについては詳しく調べられていませんでした。
結果と考察
酸化ストレス(過酸化水素処理)によって誘発されたアフリカツメガエル卵のオーヴァーアクチベーション(以下、卵OAあるいはOA卵)は、1時間以内に不可逆的な皮質の収縮と卵の白色化を引き起こします(図1A)。細胞透過性カルシウムキレーターであるBAPTA-AMは、すべての観察時間(1, 4, 12 時間)において酸化ストレスによる表層収縮を限定的にではあるものの抑制しました。
予想外なことに、細胞不透過性カルシウムキレート剤BAPTAも卵OAに対して同様の抑制効果を示しました(図1B, C)。
以上の結果から、卵OAにおいてカルシウムが関与していること、また、カルシウムに依存しない過活性化のメカニズムもまた存在することが示唆されました。

しかし、アポトーシス卵とは対照的に、OA卵ではその実行開始後1時間にカスパーゼ活性の上昇は認められませんでした(図3)。
むしろ、OA卵ではカスパーゼ活性が有意に低下しました(図3A、B)。これは、1時間の処理後に進行する卵タンパク質の全面的かつ非特異的な分解によるものと考えられます。


酸化ストレスはミトコンドリアの機能低下を引き起こすことが知られています。ミトコンドリア電位依存性の赤色蛍光色素 MitoTracker DeepRed FMを用いて、卵OA(OA)がミトコンドリア膜電位に及ぼす影響を検証しました。未成熟卵母細胞(O)、過酸化水素未処理の成熟卵母細胞(E)、およびアポトーシス卵(Apo)のミトコンドリアも合わせて分析しました。OA卵とアポトーシス卵では、卵母細胞や無処理卵と比較して、MitoTrackerの蛍光シグナルが有意に減少していました(図4)。
このことから、卵OAはミトコンドリア膜電位を減少させ、ミトコンドリア機能を損傷させることが示唆されました。注目すべきは、OA卵でのMMPの減少は、アポトーシス卵におけるそれに比べてはるかに速く進行したことです(図4)。
卵OAは、細胞内ATPの完全枯渇を起こすことがわかっています。この知見は、本研究でも確認されました(図5A)。今回、ルシフェラーゼレポーターmRNAを卵にマイクロインジェクションし、その後すぐに過酸化水素を投与した卵では、ルシフェラーゼタンパク質の合成が効果的に阻害されることが明らかになりました(図5B)。検出されたレベルは、コントロールの過酸化物未処理の卵母細胞および卵で観察されたレベルよりも約3~4桁低いものでした。


その結果、OA卵からは1時間の処理中にかなりの量のATPが漏出したが、過酸化物非存在下で培養した対照卵の細胞外培地からは、同じ時間、ATPが全く、あるいはほとんど検出されませんでした(図6A)。OA卵は培養終了までに細胞内ATPがほぼ完全に枯渇しました。
これらのデータは、OA卵におけるATP枯渇が、細胞膜の完全性の喪失によることを示唆しています。また、OA卵の直径の有意な増加も観察され(図6B)、膜透過性によって制御される細胞の浸透圧恒常性が失われていることも示唆されました。

卵OAは、高濃度の過酸化水素で誘導されました。この処理は、強い酸化ストレスの生化学的に扱いやすい便利なモデルを提供しました。
しかし、この研究で用いられた過酸化水素の濃度は、その生理的レベルを大きく超えてもいます。過酸化水素の平均的な細胞内濃度は約10 nMであり、血漿濃度はその約100-5000倍で、マイクロモルおよびサブミリモル濃度に達すると報告されています。
したがって、過酸化水素が生体内で卵の過剰活性化を誘発する主要因であるとは考えにくいです。それでもしかし、このプロセスに寄与し、他のOA誘発因子と協調して働く可能性があります。
いずれにせよ、卵細胞の質の低下に酸化ストレスが関与することは、よく知られています。酸化ストレスは、カルシウムの恒常性を損ない、MPFなどの重要な減数分裂制御因子のレベルを低下させ、ミトコンドリア機能障害を誘発し、DNA、タンパク質、脂質などの様々な細胞内高分子を損傷することが実証されています。卵OAの生理学的な誘導因子は現在不明であり、その同定が急務です。
まとめ(図7)

卵オーヴァーアクチベーションは:
- カルシウム依存的メカニズムによって実行されている。
- カスパーゼ活性化を伴わないサイクリンB分解を伴う。
- ミトコンドリア膜電位の低下を伴う。
- 細胞内ATPの枯渇とタンパク質合成の停止を伴う。
- 細胞膜の機能破綻を伴う。
今後の展開
カエルの卵の質は,卵を産む雌成虫の健康状態や環境条件によって大きく異なることが立証されています。卵の受精によらない自発的活性化は,ヒトデ,ウニ,魚類,カエルなど多くの種で排卵された卵の受精能力を失わせる主要な要因として関与しています。
わたしたちのこれまでの、そして今回の研究で、自然排卵されたカエル卵の集団でも自発的な細胞死、オーバーアクチベーションが観察されました。これは発生頻度は低いものの、卵の受精を不可能にする病的で制御不能なプロセスです。OA卵は、老化したカエル卵の集団において、その特徴的な表現型によって容易に認識することができます(図1、図4)。OAの頻度が低く、自然発生的であるため、自然排卵の卵集団でこの過程を調べることは困難ですが、将来的にはこれらの研究が行われることが望まれます。卵OAの生理的誘因を明らかにすることは、このプロセスを抑制し、卵の質を向上させ、卵の老化を遅らせ、最終的に受精の成功率を高めるのに役立つでしょう。
カエルと哺乳類の卵の機能的・生理的類似性が高いことを考慮すると、カエルの研究成果は哺乳類に拡張され、生殖補助医療に応用できる可能性があります。また、OA卵の研究は、未解明の生理的メカニズムを明らかにすることで、細胞死に関する理解を深めることができるだろうと期待しています。
謝辞
タイトル | Oxidative Stress-Induced Overactivation of Frog Eggs Triggers Calcium-Dependent Non-Apoptotic Cell Death |
---|---|
掲載誌 | スイス学術雑誌「Antioxidants」(オンライン版) |
掲載日 | 2022年12月9日 |
著者 | トクマコフ アレクサンデル1a、森近 雄大b、寺西 竜雅bc、佐藤 賢一bcd 1 責任著者 所属:a 近畿大学 先端技術総合研究所、b 京都産業大学 総合生命科学部、c 京都産業大学 大学院生命科学研究科、d 京都産業大学 生命科学部 |
DOI | 10.3390/antiox11122433 |