【生命科学部】フレイルへの進行を止め高齢者の健康維持に大きく貢献~高齢者のサルコペニアバイオマーカーの発見~
2025.01.20
京都産業大学生命科学部の加藤 啓子教授らの研究グループは、東京都健康長寿医療センターの河合 恒専門副部長、大渕 修一研究部長らと共に、高齢者のサルコペニアを検出する新規揮発性尿中バイオマーカーを発見しました。
本研究成果は、サルコペニアの早期発見や予防に貢献し、将来的にはフレイル検査や治療薬の効果判定など幅広い応用が期待されます。
リリース日:2025-1-20
発表論文
(お達者健診研究*1におけるサルコペニア*2患者を識別する尿中匂い分子:パイロット研究)
著者
(所属 :a京都産業大学 生命科学部、b東京都健康長寿医療センター福祉と生活ケア研究チーム、c東京都健康長寿医療センター 自立促進と精神保健研究チーム、d弘前大学 医学研究科、e東京都健康長寿医療センター、f順天堂大学 医学部
本件のポイント
- 高齢者のサルコペニアを検出する尿中の新規バイオマーカーを発見した。
- 高齢者の基礎疾患の受診の際に、非侵襲性の尿検査でサルコペニアを判定することができれば、早期発見による介入治療効果の改善が期待でき、フレイル*3への進行を止め高齢者の健康維持に大きく貢献する。
- 本検査で用いるバイオマーカーは,尿中に排出された最終代謝産物であることから,体内の代謝の変化を検知する技術である。
概要
背景
サルコペニアは社会活動参加の減少や精神機能低下を引き起こし、要介護リスクを高めます。そのため、サルコペニアの早期発見と対処はフレイルや要介護化の予防に効果的です。そこで、判別精度が高い簡便な診断方法の開発が求められています。また、サルコペニアは、代謝機能障害、栄養欠乏、遺伝的リスク、環境因子に起因すると考えられています。早期に気づけば、バランスのとれた栄養と運動の介入によって予防・改善することができます。こうした背景より、判別精度が高く、代謝変化も捉えることができる非侵襲で簡便な検査法が求められてきました。
本研究は、2015年度お達者健診にて、東京都板橋区内に在住の女性(374名)と男性(265名)を対象にコホート調査を実施(年齢66歳~88歳)した際に、いただいた尿を用いた研究です。本研究では、フレイルの進行には加齢に伴う代謝変化もリスクになると考え、最終代謝産物である尿に着目し、尿中揮発性有機化合物(VOCs)*6を解析した、パイロット研究です。2022年10月、高齢者のうつ・不安症*7バイオマーカーの発見に次ぐ、サルコペニアバイオマーカーの発見に関する報告です。68名のサルコペニア患者と71名の対照者の尿中揮発性有機化合物(VOCs)を、固相マイクロ抽出法*8とガスクロマトグラフ質量分析法*9を用いてプロファイリングしたところ、高齢者のサルコペニアのバイオマーカーの発見に至りました(図1)。
研究成果
このように、本技術では、10種類の尿中最終代謝産物の変化を元にサルコペニアを判定するため、高い判別能を示すことができたことが示されました。しかしながら、今後、サルコペニア検査技術の簡便化を目指すためには、バイオマーカーの数を10種類から減らす必要があります。本研究では、統計的有意性の高い3種類に絞り、診断性能評価を行いました(図3)。その結果、10VOCsの判別性能に及ばないものの、3VOCsから算出される予測(確率)値も十分に高い判別性能を示しました(男性のAUC = 0.916; 女性のAUC = 0.800)。このことから、検出対象を3VOCsに絞ることで、簡便な診断法の開発を進めることができると考えています。
今後の展開
さらには、食品の機能性評価や、開発が進むサルコペニアの治療薬の効果判定など、多様な分野で貢献していきたいと考えています。
謝辞
2015年度お達者健診は、以下の支援によって行われました。
東京都健康長寿医療センター研究所長期縦断研究プロジェクト研究費
挑戦的研究(萌芽)「フレイル予防を目指した精神疾患の非侵襲性定量検査法の開発」(加藤)、水谷糖質科学振興財団「シアル酸転移酵素と代謝負荷に起因する精神神経疾患の発症」(加藤)、基盤(C)「高齢期うつ病の1次・2次予防に向けたBDNFのエピジェネティクス疫学の縦断的研究」(井原)、基盤(C)「超音波画像の空間的周波数分析を活用した加齢による筋質変化特性の究明」(河合、分担)、AMED「要介護高齢者等の口腔機能および口腔の健康状態の改善ならびに食生活の質の向上に関する研究」(平野)
用語・事項の解説
1. お達者健診
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター・福祉と生活ケア研究チーム・大渕修一部長が実施している「板橋お達者健診2011コホート調査」のことで、2011年から開始し、現在に至っています。地域高齢者の包括的生活機能調査「お達者健診」による老年症候群など健康アウトカムの評価および予測指標の開発のための長期縦断研究のことです。
2. サルコペニア
サルコペニアとは、加齢による筋肉量の減少および筋力の低下のことを指します。2016年10月、国際疾病分類に「サルコペニア」が登録され、現在では疾患に位置付けられています。
3. フレイル
「加齢により心身が老い衰えた状態」のことをいい、高齢者のフレイルは、生活の質を落とすだけでなく、様々な合併症を引き起こします。フレイルの状態は、早く介入し、対策を行えば元の健康な状態に戻る可能性があります。フレイルは、高齢者における身体的、精神的、社会的機能の低下が複合的に進行する状態を指すことから、3つの因子に分類することがあります。
身体的フレイル:運動能力や体力、栄養状態の低下がみられる状態で、サルコペニアに進行する
精神・心理的フレイル:うつ、不安症、認知機能の低下がみられる状態
社会的フレイル:孤立や孤独等、社会的なつながりの低下が見られる状態
4. ロジスティック回帰モデル
ロジスティック回帰モデルは、二値の結果(例:疾患の有無)を予測するための統計手法です。複数の説明変数を用いて、結果の発生確率を0から1の間の値として推定します。医学研究では、疾患のリスク因子の影響を評価したり、診断モデルを構築したりする際によく使用されます。
5. 受信者動作特性曲線(Receiver Operating Characteristic(ROC))
ROC曲線は、横軸に偽陽性率(1—特異度)、縦軸に感度をプロットし、折れ線で結んだものです。グラフの局面下の面積(Area Under Curve、 AUC)の値が大きいと、良い診断となります。表1は、ROC曲線を描くための情報を記した「ROCテーブル」です。感度は、正しい陽性者を陽性と判定する真陽性率を表し、感度1は偽陰性のないことを示します。
6. 揮発性尿中バイオマーカーもしくは、尿中揮発性有機化合物(VOCs)
揮発性有機化合物(Volatile organic compounds、 VOC)は、一般に、大気中で気体となる有機化合物の総称です。本研究の対象である尿は、体内の代謝産物の中でも、特に、排泄される最終代謝産物を含みます。この最終代謝産物の産生経路を遡って解析することで体内の代謝負荷を捉えることができると考えられます。
7. うつ・不安症
うつ病は、一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいなどの身体症状が現れ、 日常生活に大きな支障が生じている場合に、うつ病の可能性があります。精神的ストレスや身体的ストレスなどを背景に、脳がうまく働かなくなっている状態です。一方で不安症は、心配や不安が過度になりすぎて、日常生活に支障が出る場合のことをいい、精神的な不安から、こころと体に様々な不快な変化が起きる状態です。
8. 固相マイクロ抽出法
尿中の揮発性有機化合物を吸着する、ジビニルベンゼン、 Carboxen、 ポリジメチルシロキサンから成るファイバーのことを示します。液体試料、固体試料、大気試料から揮発(香気)成分(分子量40〜275)を吸着します。
9. ガスクロマトグラフ質量分析法
ガスクロマトグラフィー質量分析装置(Gas chromatography mass spectrometer) 。質量分析器を検出器としたガスクロマトグラフ装置のことをGCMSと呼びます。ガス状の化合物または気化する化合物で、300℃程度で気化し、分解しない化合物を対象とします。一般に有機化合物を対象とします。
論文情報
論文タイトル | Urinary odor molecules in the Otassha Study can distinguish patients with sarcopenia: A pilot study (お達者健診研究におけるサルコペニア患者を識別する尿中匂い分子:パイロット研究) |
---|---|
掲載誌 | 「Geriatrics & Gerontology International」 日本老年医学会・公式英文誌(WilleyーBlackwell) |
掲載日 | 2025年1月20日 (月)(日本時間) |
著者 | 岡 卓也1a、藤田 明子a、河合 恒b、大渕 修一b、笹井 浩行c、平野 浩彦c、井原一成d、藤原 佳典e、田中 雅嗣f、加藤 啓子2a(1筆頭著者、2責任著者) (所属 : a京都産業大学 生命科学部、b東京都健康長寿医療センター 福祉と生活ケア研究チーム、c東京都健康長寿医療センター 自立促進と精神保健研究チーム、 d弘前大学 医学研究科、e東京都健康長寿医療センター、f順天堂大学 医学部) |
DOI | 10.1111/ggi.15072 |
添付資料


次に、サルコペニアの発症リスクに対する各VOCの影響度を定量化したところ、パラキシレン、ノナナール、γ- ブチロラクトンの3種類のVOCsが、統計的有意性(p値)を示しました。そこで、3種類のVOCを用いたロジスティック回帰分析を行ない、3VOCsによる予測確率を元に判別性能を評価した結果、ROC曲線下面積(AUC = 0.848)のような高い判別能力を示すことがわかりました。

