【生命科学研究科】「合成途上ではたらくタンパク質」の 多様性と共通性を明らかにしました
2024.04.02
研究のポイント
- 「タンパク質は合成が完了して初めて機能を発揮する」という従来の一般常識を覆す事例を多数発見しました。
- 細胞内で自身のタンパク質合成(翻訳)を一時停止(アレスト)させて生理機能を発揮するタンパク質(翻訳アレスト因子)を、多種多様な細菌から10種類以上発見し、詳細に調べて共通性を見出しました。
- 生物情報学、遺伝学、生化学、構造生物学を組み合わせ、多様な細菌から見つかった翻訳アレスト因子の分子メカニズムの共通性と多様性を明らかにしました。
概要
京都産業大学 生命科学研究科の千葉 志信(しのぶ)教授と藤原 圭吾研究員(現・国立遺伝学研究所・特命助教)、辻 奈緒子さん(同大学院生)、吉田 真悠(まゆ)さん(同大学院生)、高田 啓(ひらく)研究員(現・富山県立大・講師)らは、3万種の真正細菌ゲノム情報を活用し、細胞内でのタンパク質合成(翻訳)を一時停止(アレスト)して生理機能を発揮する「翻訳アレスト因子」を新たに10種以上発見しました。これにより、個性や生育環境の異なる多様な真正細菌が、翻訳アレストという共通のしくみを使って細胞の機能を維持していることが明らかになりました。また、多数の翻訳アレスト因子が同定されたことで、異なる翻訳アレスト因子の中に共通のアミノ酸配列をもつ一群も見つかりました[論文1]。
一方、同研究グループは、ドイツ・ハンブルク大学のDaniel Wilson博士らと国際共同研究を行い、この共通配列を持つ複数のアレスト因子の立体構造をそれぞれ決定しました。それにより、これらが共通の分子メカニズムを持つことを発見しました[論文2、3]。
この一連の研究は、多様な細菌に由来する翻訳アレスト因子に潜む意外な共通性と、アレスト因子の進化の柔軟性を明らかにしたものであり、細胞の機能維持におけるタンパク質の機能発現様式に関する重要な知見となります。
これらの研究成果は、2024年3月19日(論文2、3)、4月2日(論文1)付で、それぞれ、英国科学誌「Nature Communications」に3報の論文として掲載されました。
一方、同研究グループは、ドイツ・ハンブルク大学のDaniel Wilson博士らと国際共同研究を行い、この共通配列を持つ複数のアレスト因子の立体構造をそれぞれ決定しました。それにより、これらが共通の分子メカニズムを持つことを発見しました[論文2、3]。
この一連の研究は、多様な細菌に由来する翻訳アレスト因子に潜む意外な共通性と、アレスト因子の進化の柔軟性を明らかにしたものであり、細胞の機能維持におけるタンパク質の機能発現様式に関する重要な知見となります。
これらの研究成果は、2024年3月19日(論文2、3)、4月2日(論文1)付で、それぞれ、英国科学誌「Nature Communications」に3報の論文として掲載されました。
背景
一般に、生命体を構成しているタンパク質は、細胞内のリボソーム※1において合成(翻訳※2とも言います)されます。これを「新生鎖」と呼びます。新生鎖はその立体構造が形成された後になって初めてタンパク質としての生理機能を発揮します。
しかし、近年、合成途上の新生鎖の状態であっても生理機能を発揮するというユニークな性質を持つものが複数あることが分かってきました。これを「機能性新生鎖」と呼びます。機能性新生鎖は、いずれも、自身の合成(翻訳)を行っているリボソームに何らかの働きかけを行い、その合成(翻訳)を一時停止(アレスト)させる※3という性質を共通に有しているため、「翻訳アレスト因子」とも呼ばれます(図1)。翻訳アレスト因子の多くは、細胞内の環境変化に応答して遺伝子発現を制御し、細胞の機能を調節する生理機能を持っています。
これまでにも、タンパク質局在化装置※4の活性を監視し、その恒常性※5を維持する翻訳アレスト因子は、いくつかの細菌で見出されていましたが、どれほど多くの翻訳アレスト因子が生物界に存在し、それらの分子機構や生理機能にはどのような共通性や多様性があるのか、については、長い間不明なままでした。
しかし近年、ゲノムシーケンシングにおける技術革新により、自然界に棲息する数十万種の細菌のゲノム情報※6の網羅的な取得とそのデータベース化ができるようになってきました。
しかし、近年、合成途上の新生鎖の状態であっても生理機能を発揮するというユニークな性質を持つものが複数あることが分かってきました。これを「機能性新生鎖」と呼びます。機能性新生鎖は、いずれも、自身の合成(翻訳)を行っているリボソームに何らかの働きかけを行い、その合成(翻訳)を一時停止(アレスト)させる※3という性質を共通に有しているため、「翻訳アレスト因子」とも呼ばれます(図1)。翻訳アレスト因子の多くは、細胞内の環境変化に応答して遺伝子発現を制御し、細胞の機能を調節する生理機能を持っています。
これまでにも、タンパク質局在化装置※4の活性を監視し、その恒常性※5を維持する翻訳アレスト因子は、いくつかの細菌で見出されていましたが、どれほど多くの翻訳アレスト因子が生物界に存在し、それらの分子機構や生理機能にはどのような共通性や多様性があるのか、については、長い間不明なままでした。
しかし近年、ゲノムシーケンシングにおける技術革新により、自然界に棲息する数十万種の細菌のゲノム情報※6の網羅的な取得とそのデータベース化ができるようになってきました。
研究プロセスと成果
論文1
今回、当研究グループは、こうしたビッグデータと、翻訳アレスト因子に関する過去の知見を組み合わせ、幅広い細菌の種類から網羅的に翻訳アレスト因子を探索することを試みました。独自のデータサイエンス的アプローチで、3万種以上の真正細菌由来の代表ゲノム情報を網羅的に探索して得られた新規の機能性新生鎖の候補遺伝子について、それぞれ遺伝学的および生化学的な解析を行いました。その結果、タンパク質局在化装置に関連すると考えられる新規な翻訳アレスト因子16種類を同定できました。そして、これらの因子について系統分布を可視化したところ、まばらながらも細菌界全体に広範囲に分布していることが示されました。このことから、翻訳アレストを介したタンパク質局在化の恒常性維持の仕組みは、多様な細菌において幅広く使われていることが分かりました(図2)。
また、遺伝学的および生化学的解析からは、RAPPやRAGPといった特徴的なアミノ酸配列(モチーフ)を共通して持つ翻訳アレスト因子が多数みつかり、これらのアレストモチーフが、多種多様な細菌のリボソームで普遍的に翻訳アレストを起こし得るものであることが明らかになりました。その一方で、全く新規のアミノ酸配列を介して翻訳の一時停止を起こす因子も複数見つかりました。このことから、翻訳一時停止の機構が持つ多様性や柔軟性も垣間見えました。
以上から、これまで見えてこなかった翻訳アレスト因子の異なる生物種間の共通性や多様性の可能性が浮かび上がってきました。
また、遺伝学的および生化学的解析からは、RAPPやRAGPといった特徴的なアミノ酸配列(モチーフ)を共通して持つ翻訳アレスト因子が多数みつかり、これらのアレストモチーフが、多種多様な細菌のリボソームで普遍的に翻訳アレストを起こし得るものであることが明らかになりました。その一方で、全く新規のアミノ酸配列を介して翻訳の一時停止を起こす因子も複数見つかりました。このことから、翻訳一時停止の機構が持つ多様性や柔軟性も垣間見えました。
以上から、これまで見えてこなかった翻訳アレスト因子の異なる生物種間の共通性や多様性の可能性が浮かび上がってきました。
論文2
次に、当研究グループは、ドイツ・ハンブルク大学のDaniel Wilson博士らとの国際共同研究を行い、様々な真正細菌のリボソームの構造を調べました。以前に当研究グループの崎山歌恋(かれん)さん(元・生命科学研究科大学院生)らが発見・解析した2種の翻訳アレスト因子(放線菌由来のApdAと根粒菌由来のApdP)(Sakiyama 2021)を用いて、前者は枯草菌リボソーム、後者は大腸菌リボソームに対して翻訳を一時停止させた複合体の立体構造を解析しました(図3)。その結果、系統学的に大きく離れた真正細菌から見つかった翻訳アレスト因子が、RAPPモチーフを介した共通のメカニズムにより、生物種を超えてリボソームの活性を阻害できることが分かりました。[論文1]の結果と合わせると、細菌の翻訳アレスト因子には、RAPP様配列を持つものが多く存在していること、またそれらは、多様なバクテリアのリボソームに対して共通の分子メカニズムを介して翻訳アレストを引き起こし得ることが示唆されます。
論文3
さらにこの国際共同研究チームは、RAGPモチーフを持つ大腸菌の翻訳アレスト因子SecMの立体構造を解明しました(図4)。SecMは、伊藤維昭(これあき)博士(京都産業大学元教授)らの研究により初めて見出された翻訳アレスト因子です(Nakatogawa 2001)。今回決定されたSecMの構造は、これまでに提唱されていたSecMの構造モデルを大きく修正するものです。この修正により、RAPPモチーフを持つ翻訳アレスト因子(ApdAやApdP)とRAGPモチーフを持つ翻訳アレスト因子(SecM)とが、構造上の共通性を持つことが明らかになりました。すなわち、これら3つの因子は、共通の分子メカニズムで翻訳アレストを起こすことが示されたわけです。
以上の3つの研究成果は英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
本研究の学術的な意義と今後の展望
この一連の研究により、実に多種多様な真正細菌が、翻訳アレストという共通のしくみを利用して細胞の機能を維持していることが明らかになりました。さらに、翻訳アレストが関与する細胞内生命現象の種類は、これまで知られている以上に多岐にわたる可能性も示されます。今後、翻訳アレストが細胞の機能制御にどう関わるのかをさらに追求することで、タンパク質の、機能発現における多様性や柔軟性が見えてくるはずです。
また、翻訳アレストについての研究は、様々な産業分野を支える知識基盤としての可能性も秘めています。細菌などの微生物は、医薬品や高機能素材などに利用可能な有用化合物を生産するプラットフォームとして広く利用されています。リボソームによるタンパク質合成の生産性向上を目指す研究も、その一環として盛んに行われています。本研究を発展させ、様々な細菌においてタンパク質合成に影響を与える配列や因子を発見し、情報を蓄積することは、持続可能社会の形成を支える「バイオものづくり」を推進するための基盤になると期待されます。
また、翻訳アレストについての研究は、様々な産業分野を支える知識基盤としての可能性も秘めています。細菌などの微生物は、医薬品や高機能素材などに利用可能な有用化合物を生産するプラットフォームとして広く利用されています。リボソームによるタンパク質合成の生産性向上を目指す研究も、その一環として盛んに行われています。本研究を発展させ、様々な細菌においてタンパク質合成に影響を与える配列や因子を発見し、情報を蓄積することは、持続可能社会の形成を支える「バイオものづくり」を推進するための基盤になると期待されます。
参照文献
Sakiyama, K., Shimokawa-Chiba, N., Fujiwara, K., Chiba, S. (2021) Search for translation arrest peptides encoded upstream of genes for components of protein localization pathways. Nucleic Acids Res. 49, 1550-1566.
Nakatogawa, H., Ito K. (2001) Secretion monitor, SecM, undergoes self-translation arrest in the cytosol. Mol Cell. 1, 185-92.
Nakatogawa, H., Ito K. (2001) Secretion monitor, SecM, undergoes self-translation arrest in the cytosol. Mol Cell. 1, 185-92.
用語・事項の解説
*1. リボソーム
細胞内でmRNAの塩基配列に基づいてタンパク質を合成する装置。
*2. 翻訳
リボソームがmRNAの塩基配列(遺伝情報)に基づいてタンパク質を合成する過程を翻訳という。
*3. 翻訳アレスト
リボソームによるタンパク質の翻訳伸長が一時停止すること。
*4. タンパク質局在化装置
ここでは、タンパク質の生体膜を超えた輸送や生体膜への挿入を媒介する装置を指す。
*5.恒常性
生体の内部や外部の環境変化に関わらず、生理機能を一定に保とうとする性質や、その状態のこと。
*6. ゲノム情報
「ゲノム」とは,その生物種にとって必要なDNAの1セットのことをいい、その生物に必要なタンパク質の設計図(遺伝子)の情報が全て含まれている。
参考図
論文情報
論文情報1
論文タイトル | Patchy and widespread distribution of bacterial translation arrest peptides associated with the protein localization machinery. (タンパク質局在化装置に関連した真正細菌の翻訳アレストペプチドはパッチ状に広く分布する) |
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掲載誌 | 英国科学誌「Nature Communications」 |
掲載日 | 2024年4月2日(火) PM 7:00(日本時間) |
著者 | 藤原 圭吾1,#、辻 奈緒子1、吉田 真悠1、高田 啓1、千葉 志信1,# 1京都産業大学, #共責任著者 |
DOI | 10.1038/s41467-024-46993-3 |
論文情報2
論文タイトル | RAPP-containing arrest peptides induce translational stalling by short circuiting the ribosomal peptidyltransferase activity (RAPP配列を含むアレストペプチドはペプチジル転移酵素活性を回避することで翻訳停滞を引き起こす) |
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掲載誌 | 英国科学誌「Nature Communications」 |
掲載日 | 2024年3月19日(火)PM 7:00(日本時間) |
著者 | Martino Morici1, Sara Gabrielli2, Keigo Fujiwara3, Helge Paternoga1, Bertrand Beckert1, Lars V. Bock2, Shinobu Chiba3,#, Daniel N. Wilson1,# 1 University of Hamburg, 2 Max Planck Institute for Multidisciplinary Sciences, 3 Kyoto Sangyo University, #共責任著者 |
DOI | 10.1038/s41467-024-46761-3 |
論文情報3
論文タイトル | The SecM arrest peptide adopts a helical conformation and traps a pre-peptide bond formation state of the ribosome (SecMはらせん状の構造をとり、リボソームをペプチド結合前の状態に安定化する) |
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掲載誌 | 英国科学誌「Nature Communications」 |
掲載日 | 2024年3月19日(火)PM 7:00(日本時間) |
著者 | Felix Gersteuer1, Martino Morici1, Sara Gabrielli2, Keigo Fujiwara3, Haaris A. Safdari1 Helge Paternoga1, Lars V. Bock2, Shinobu Chiba3, Daniel N. Wilson1,# 1 University of Hamburg, 2 Max Planck Institute for Multidisciplinary Sciences, 3 Kyoto Sangyo University, #責任著者 |
DOI | 10.1038/s41467-024-46762-2 |
謝辞
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・新学術領域研究(26116008)、基盤研究(B)(16H04788)、学術変革領域研究(A)(20H05926)、基盤研究(C)(21K06053)(研究代表者:千葉 志信)、若手研究(19K16044、21K15020)(研究代表者:藤原 圭吾)、基盤研究(C)(23K05017)、ACT X (JP1159335)(研究代表者:高田 啓)の支援を受けて実施されました。