【生命科学部】クライオ電子顕微鏡により捉えたATP合成酵素の回転機構

-ATP合成酵素FoF1は小刻みなステップで回転する。-

生命科学研究科博士課程2年次生の中野 敦樹さん、横山 謙教授らのグループは、ATP合成酵素FoF1が従来考えられてきたよりも細かいステップを踏んで回転することを、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析により明らかにしました。この研究成果は、7月11日にNature Communications電子版に掲載されました。

概要

私たち生命は、ATPが持つエネルギーを利用することで生命活動を維持しています。ATPの大部分は、ATP合成酵素であるFoF1により作られます。またFoF1は、ATPを加水分解することで分子中心にあるγサブユニットを回転させるATP駆動性の分子モーター蛋白質でもあります。バクテリア型FoF1を材料とした研究により、FoF1は1回転中に6ヵ所で停止しながら回転することがわかっていました。しかし、さらに細かい停止があるのか、その時どのような化学反応が FoF1上で起こっているかは、明らかにされていませんでした。
生命科学研究科の中野 敦樹さん(博士課程2年次生、横山研究室所属)は、クライオ電子顕微鏡による構造解析により、γサブユニットの回転角度が異なる18種類の構造が存在することを示し、FoF1が従来考えられてきたよりも細かいステップを刻みながら回転することを明らかにしました。ATPの加水分解反応と関わっていないステップがあることから、分子内のねじれも回転に寄与することが示されました。本研究は、2023年7月11日に英国科学雑誌 Nature Communications(Nature Publishing Group 発刊) に掲載されました。

背景

私たちを含む全ての生命は、ATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれるエネルギー貯蔵物質を分解したときに得られるエネルギーを用いて生命活動を維持しています。ATP合成酵素FoF1は、ミトコンドリア内膜に存在し、生命維持に使われる大部分のATPを合成しています。FoF1は、生体膜を横断する水素イオンの流れを利用することで、タービンのようなリング状の構造を回転させます。この時、F1部分のγサブユニットも一緒に回転し、その回転力でATPを合成します。まるで水力発電のような仕組みでATPを合成しているわけです。逆に、FoF1はATPを分解することで逆向きに回転し、水素イオンを輸送することもできます。ATP加水分解による回転機構が明らかになれば、合成方向の回転機構を解明することにもつながることになります。そのため、ATP駆動性回転機構について長年にわたり多くの研究者がその解明に取り組んできました。

図1. ATP合成酵素 FoF1 の構造と機能。a 80˚ステップ待ち構造の密度マップ。左側は、F1部分に焦点を当てて精密化した構造。b. FoF1の回転触媒機構の模式図。F1部分でATPにより回転するとFo部分でプロトンが輸送される。c 一分子観察実験の結果から提唱されている F1-ATPaseの回転機構。
ATPの合成もしくはその逆反応としての ATPの加水分解を担うF1部分は、触媒サブユニットであるβと非触媒サブユニットであるαが交互に並び、6量体のリングを形成しその中心に回転軸であるγが突き刺さった構造をしています(図1)。ATPの加水分解を担う触媒サイトは、αとβサブユニット(αβ)の界面に存在し、合計3つの触媒サイトが F1部位に存在します。3分子のATPの加水分解でγサブユニットが360°回転しますが、その時3つのαβ上で、ATPの結合、その加水分解、生成物であるADPとPiの放出が協同的におこり、主にβサブユニットの構造変化がγサブユニットの回転力を生み出していると考えられています。βサブユニットにATPが結合すると、βサブユニットのC末領域が折れ曲がり閉じた構造を取ります。ATPが結合して閉じた構造をとっているものをαTβT(T site)、ADPが結合しており、より閉じた構造をとっているものをαDβD (D site)、βが開いた構造をとっているものをαEβE(E site)と呼びます(図1a)。三つのαβで、ATPの加水分解過程が別々かつ同時に起こることで、連続的かつ逐次的なαβの構造変化とγサブユニットの回転が協同します。たとえば、ATPがE siteに結合することで、γサブユニットが80˚回転し、その後D siteでATPが加水分解され、その後生成物のリン酸 (Pi)が放出されることで、γの40˚回転が起こることが示唆されていました(図1c)。しかし、80˚以外の停まりに対応する構造があるのか、Pi放出がいつ起こるのか、ATP結合待ちに対応する構造がどうなっているのか、に関して明らかになっていませんでした。

結果

図2. FoF1 の360˚回転中の中間体構造。81˚回転の後、3˚,8˚,10˚,19˚の細かいステップを経て 120˚回転が完了し、81˚回転待ち構造になる。

中野 敦樹さん(博士2年次)、横山 謙教授(京都産業大学)、岸川 淳一准教授(現京都工芸繊維大学)、光岡 薫教授(大阪大学)らのグループは、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析により、ATP合成酵素FoF1の回転中の中間体構造を多数捉えること成功しました。クライオ電子顕微鏡による単粒子解析は、反応中で複数の構造が混在したサンプルであってもクラス分けによって同時に構造決定することが可能です。低いATP濃度でFoF1を反応させることで、ATP結合前構造を、高いATP濃度で反応させることで、ATPの加水分解、分解物のADPとPi-の放出に対応する構造の分離を試みました。

図3. 81˚構造の D siteには ATPが結合しているが、83˚構造では、ADPとリン酸になっていた。91˚構造のE siteには Pi の密度が見えるが、101˚では見えない。

筆頭著者の中野 敦樹さんは、クラス分けを工夫することで、従来明らかにされていなかったγサブユニットのより細かい回転角度を示すF1部分の構造を複数分離することに成功しました。その結果、360°回転中の18種類の構造を得ることができました(図2)。ATPの加水分解サイクルに対応した構造だけでなく、反応過程とは対応しない複数の構造も明らかになりました。

今回の研究で得られた構造から以下のことがわかりました。ATP濃度が高い条件では、すべての構造においてE siteにATPが結合しており、このことは、ATPの濃度が高い条件では、どの回転角度に対応したF1部分のE siteに対してもATPが結合できることを示します(図2)。また高ATP濃度条件では、すべての触媒サイトにATPもしくはADPが結合していることから、新たにATPが結合することができず、そのため結合したATPにより80˚回転が起こることがわかりました。

80˚回転待ち構造 (これを0˚構造と呼びます)に対して、γサブユニットの回転角度が 81˚の構造が得られましたが、D site にはATPが結合しており、一方γの回転角度が 83˚の構造のD site では、ADP と Piが結合していました(図3a)。このことから、81˚→83˚の構造変化の過程で D siteのATPが加水分解されることがわかりました。γサブユニットの回転角度が 91˚の構造では、E site に Piと ATPが結合していましたが、γサブユニットの回転角度が 101˚の構造の E siteにはPiが結合していませんでした(図3b)。このことは 91˚→101˚の過程でPiが放出されることを示します。さらにγサブユニットが 19˚動いた 120˚構造が分離されましたが、ATPの触媒過程とは関係なくγサブユニットが動いています。このことは、この 19˚の動きが分子内に蓄積された捻じれによって駆動された可能性を示します。ATPの結合により引き起こされた 80˚回転後に蓄積された捻じれではないかと考えていますが、分子動力学計算などによるさらなる検証が必要です。

低ATP濃度条件では、すべの構造の E site にはATPが結合していませんでした。120˚構造のうち、T siteがより閉じて反応が進行したように見える構造の E site にもATPが結合しておらず、このE siteにATPが結合することで 80˚回転待ち構造になります (図4)。つまり、この構造が ATP結合待ち構造に対応すると考えられます。ATP濃度が低い時は、ATP待ち構造のE site にATPが結合したと同時に 80˚回転が起こることになり、1分子観察実験の解析結果とも合致します。一方、ATP濃度が高い時は、E site は常に ATPに占有されており、そのために結合したATPが 80˚回転を引き起こすことになります。
 
図4. FoF1 のATP駆動性回転機構の模式図。state1 の0˚構造にATPが結合すると 80˚回転待ち構造になり、80˚回転すると state2 の 81˚構造になる。その後、細かいステップを経て、state2の 80˚回転待ち構造になる。

今後の展開

今回の研究で、F1部分において、どのATPの加水分解過程がγサブユニットの回転と協同しているのかがより詳しくわかりました。細かい中間体構造を経てγサブユニットが回転することは、γサブユニットの回転という構造変化がより準静的になり、ATPの加水分解反応とγサブユニットの回転間の化学力学変換における熱散逸が最小になることを可能にします。このことが、ATPの加水分解エネルギーが高効率でγサブユニットの回転力に変換される分子基盤であると考えています。今回の実験結果は、ATPの加水分解による回転力発生機構の理解を大幅に進めましたが、逆反応としてのATP合成が同じ経路を逆にたどっているのかも実験的に確かめる必要があります。そのためには、プロトン駆動力でγサブユニットを回転させ、その構造をクライオ電子顕微鏡で捉える必要があります。生命科学の解決すべき重要な問題であるFoF1によるATP合成機構の解明を目指します。

用語・事項の解説

  1. FoF1-ATP合成酵素: 真核生物では、ミトコンドリアの内膜に存在し、呼吸で生じたプロトン駆動力を使って ATPを合成する。葉緑体のチラコイド膜にも存在し、炭酸同化に必要なATPを生産する。多くの細菌の形質膜にも存在するが、今回の実験では、好熱性細菌のFoF1を材料にした。
  2. 1分子回転観察実験:F1のγサブユニットに光学顕微鏡で観察できる大きさのビーズを結合させ、ATPでγサブユニットが回転する様子を直接観測する手法。この方法により、回転することでATPが合成されることを実験的に裏付けた。
  3. クライオ電子顕微鏡:凍結した試料を観察する電子顕微鏡のこと。凍結したタンパク質試料を電子により見ることができる。場合によってはタンパク質をつくる原子一つ一つを直接見ることも可能。
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