生命科学部 瀬尾 教授らの研究グループが、神経軸索を誘導するタンパク質アノスミンが脳血管内皮細胞に作用し、血管新生を促進することを明らかに

生命科学部 瀬尾 美鈴 教授、松島 章子さん(2017年生命科学研究科修了)、近藤 真菜美さん(2016年生命科学研究科修了)らは、滋賀医科大学の研究グループとの共同研究において、神経軸索を誘導するタンパク質アノスミンが脳血管内皮細胞に作用して、血管新生を促進することを明らかにしました。

本研究成果は、2020年1月13日付で、英国科学誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。

研究の背景

カルマン症候群(KS)とは、遺伝子の先天的異常が原因で起こる嗅覚の欠損を伴う性腺機能低下症で、二次性徴の欠如や不妊症が見られる疾患です。KSの原因遺伝子ANOS-1は、細胞外に分泌されるタンパク質アノスミンをコードしています。アノスミンが脳内の嗅球という臭いを感じるための器官で作られると、脳の外側の嗅上皮で生まれた2種類の神経細胞(嗅神経とGnRH細胞)が脳内に侵入します(図1 A)。嗅神経は嗅覚受容体を持つ神経細胞で、臭いの情報を脳に伝えます。GnRH細胞は、視床下部に定着し性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)を分泌して下垂体前葉から性腺刺激ホルモンであるLHとFSHを放出させることで二次性徴を誘導します。アノスミン遺伝子に異常があると、これらの神経細胞が脳内に侵入できなくなり、嗅球の形成不全が起こり臭いを感じることができず、二次性徴も発来しません(図1 B)。アノスミンタンパク質の働きを明らかにすることで、KSがどのようなメカニズムで起こるのかを解明し、治療に役立てることができます。

図1 A. 嗅球形成におけるアノスミンタンパク質の役割
図1 B. アノスミンタンパク質の異常と嗅球形成不全

研究概要

研究チームは、アノスミンが、神経細胞に作用するだけでなく、血管内皮細胞にも直接作用して、脳内の血管の形成を促進することを明らかにしました。本研究によってアノスミンの遺伝子異常によりアノスミンタンパク質の血管に対する作用が障害されることで、嗅球の形成不全が起こり、KSを発症する可能性を世界で初めて示しました。トリ胚の嗅球を取り出して組織培養すると、アノスミンの作用によって嗅球から新しい血管が伸張しましたが(図2左)、siRNAによってアノスミンの発現を抑えると嗅球からの血管新生は抑制されました(図2右)。研究チームはさらに、アノスミンが血管内皮細胞の表面に存在する受容体タンパク質(VEGFR2)に直接相互作用することで、細胞内のシグナル伝達経路(PLCγ、PKC)を活性化し、新しい血管形成を促進していることを示しました(図3)。本研究の成果は、将来、脳神経系における血管形成の促進に役立てることができる可能性があり、KSや中枢神経系の血管形成不全が原因となる病気の治療に役立てることが期待されます。

図2. トリ胚嗅球の組織培養による血管新生
左:正常嗅球からは多くの血管(赤)が伸張しています。 右:アノスミンの発現をsiRNAで抑制すると、嗅球から血管が伸張しませんでした。
図3. アノスミンが血管新生を促進する細胞内シグナル伝達とその阻害剤

用語の説明

アノスミン-1

X染色体上に存在する遺伝子ANOS-1にコードされる細胞外タンパク質で神経細胞の神経線維の進展や移動に働く軸索ガイダンス分子である。カルマン症候群:ANOS-1や他の遺伝子の変異・欠失により先天的に嗅球を欠損するため、臭いを感じることができず、ゴナドトロピンの産生が不全で性的な成熟が障害を受ける疾患。

嗅球

ヒトでは脳内前頭葉と呼ばれる部位の下に位置する長円形の小さな構造を持つ器官である。嗅覚受容体を持つ嗅神経の軸索が鼻腔中の嗅上皮から、篩骨の篩板をへて嗅球の糸状体に接続し、嗅球の神経細胞とシナプスを形成し匂いの刺激を脳に伝える。

血管新生

すでに存在する血管から芽が出て伸びるように新しい血管が作られる。血管内皮細胞は血管の内腔を覆う血管を構成する主要な細胞。毛細血管ではこの細胞のみで血管構造を作ることができる。

VEGF-A

血管内皮細胞の増殖、遊走、管腔の形成を促進し、血管新生を促進する主要な因子。

VEGFR2

血管内皮増殖因子受容体の1つで、細胞膜一回貫通型タンパク質である。細胞内はチロシンキナーゼドメインを持ち、細胞外には7つの免疫グロブリン様ドメインを有する。細胞外の第2および第3 Ig様ドメインにVEGFが結合し、二量体化することで細胞内のチロシンキナーゼが活性化し、血管内皮細胞の細胞内に情報が伝達され血管新生を誘導する。

掲載論文

論文タイトル:Anosmin-1 activates vascular endothelial growth factor receptor and its related signaling pathway for olfactory bulb angiogenesis.
(和訳)アノスミン-1は血管内皮増殖因子受容体とその下流シグナル伝達経路を活性化し嗅球の血管新生を促進する
掲載誌: Scientific Reports. 10:188 (2020)
DOI:10.1038/s41598-019-57040-3
著者:松島 章子*1*3、清水 昭男*2*3、近藤 真菜美*1、浅野 弘嗣*1、上野 信洋*1、中山 寛直*4、佐藤 直子*5、米野 雄大*2、扇田 久和*2*6、瀬尾 美鈴*1*6
*1. 京都産業大学、*2.滋賀医科大学、*3.同等貢献、*4.広島国際大学、*5.東京大学、*6.責任著者

謝辞

本研究はJSPS科研費 JP15K09613, JP18K07871の助成を受けたものです。
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