生命科学部 千葉 志信 教授らとドイツ・ハンブルク大学の研究グループとの共同研究が、英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載

異常メッセンジャーRNA上で停滞したタンパク質合成装置リボソームを救済する 新規因子BrfAの発見とその分子機構の解明

京都産業大学生命科学部 千葉志信教授らは、ドイツ・ハンブルク大学の研究グループとの共同研究において、異常なメッセンジャーRNA上で停滞したタンパク質合成装置(リボソーム)を解放(レスキュー)する新たな因子を枯草菌において発見し、その分子機構を解明しました。

この研究成果は、2019年11月27日に英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

発表内容

タンパク質は、生体内のほとんどの生命現象に必須の重要な分子です。細胞内では、メッセンジャーRNA(mRNA)という、長いひも状の分子に転写された遺伝情報に基づいて、タンパク質合成装置・リボソームにより、多種多様なタンパク質が合成されます。この過程は翻訳と呼ばれ、すべての生物にとって、生育に必須な過程です。

翻訳は、mRNA上の開始の合図(開始コドン)をリボソームが認識することで開始し、リボソームがmRNA上を移動しながら遺伝情報を読み取ることで進行します。やがて、リボソームがmRNA上の翻訳終了の合図(終止コドン)を読み取ると、翻訳は終了し、リボソームはmRNAから遊離します。mRNAから遊離したリボソームは、次の翻訳サイクルを始めることができます。このサイクルをリボソームが何度も繰り返すことで、細胞の生育に十分量のタンパク質が合成されます。そのため、翻訳終結が正しく起こらないと、翻訳のサイクルが停滞し、細胞は、生育に必要なタンパク質を確保出来なくなります。すなわち、翻訳の終結が正しく起こることが、細胞の生育にとって極めて重要なのです。

翻訳終結には終止コドンが必要なので、もし、細胞内で、終止コドンを欠失したような異常mRNAが、何らかの理由で蓄積すると、リボソームは、翻訳終結を行うことが出来ずにmRNA上にとどまり、翻訳サイクルが停止する可能性が考えられます。ところが、細胞には、異常mRNA上で停滞したリボソームを解放(レスキュー)するための様々な機構(リボソームレスキュー機構)があり、mRNA上で停滞したリボソームは、リボソームレスキュー機構によって解放されます。 

今回、私たちは、グラム陽性菌に分類される枯草菌という真正細菌から、新たなリボソームレスキュー因子として、BrfAというタンパク質を発見しました。翻訳終結は、リリースファクター(RF)と呼ばれる因子が終止コドンを認識することで起こりますが、BrfAは、終止コドンがない状況でもRFを活性化し、異常mRNA上で停滞したリボソームを解放することが分かりました。RFに依存したリボソームレスキュー機構は、これまで、グラム陰性菌に分類されるごく一部の細菌においてのみ知られていましたが、今回の研究から、グラム陰性菌とは分類学上近縁ではないグラム陽性菌の仲間にも、非常に類似した仕組みが進化の過程で備わっていたことが明らかとなりました。

翻訳は、すべての生物が共通に持つ、基本的、かつ生育に必須な仕組みです。その過程が停滞せず正しく進行することを保証するための仕組み(翻訳の品質管理機構)もまた、生物が生きていく上ではなくてはならないものです。今回の新規レスキュー因子の発見は、将来的には、翻訳や、その品質管理機構のより深い理解へと私たちを導いてくれる手がかりのひとつになるものと期待されます。また、そのような、仕組みを深く理解することは、その生物学的過程を阻害することで抗菌作用を示すような薬(抗菌薬)を開発する上でも重要な手がかりになるものと期待されます。

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業の一環として行われました。

背景

細胞内では多種多様なタンパク質が、細胞の生育に必須な様々な生物学的過程や生化学的反応を進行させます。そのため、タンパク質を細胞内で合成する仕組み(翻訳)は、すべての生物にとって、基本的、かつ、生育に必須な生物学的過程です。また、翻訳が正しく進行することを保証する仕組み(翻訳の品質管理機構)も、細胞の生育に必須です。

タンパク質は、遺伝子(DNA)の持つ情報(遺伝情報)に基づいて、アミノ酸と呼ばれる分子を1つずつ連結させることで合成されます。DNA上の遺伝情報は、まず、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれる分子にコピー(転写)され、次に、タンパク質合成装置であるリボソームが、mRNAに転写された遺伝情報を読み取りながら、それに基づいてアミノ酸を1つずつ連結し、タンパク質を合成していきます。mRNAは長いひも状の分子であり、4種類の塩基(それぞれ、A、U、C、Gという文字で表される)が繋がってできています。この塩基の配列が遺伝情報であり、タンパク質の設計図(アミノ酸配列の指示書)として機能します。

翻訳は、「開始」、「伸長」、「終結」という順で進行します。リボソームは、まず、mRNA上にある翻訳開始を指示する配列(開始コドンと呼ばれる)を読み取ることで翻訳を開始します。翻訳を開始すると、mRNA上を移動しながらその塩基配列情報を読み取り、その情報にしたがってアミノ酸を連結していきます。やがて、翻訳の終結を指示する配列(終止コドン)にリボソームが到達すると、翻訳は終結します。翻訳の終結過程は、まず、合成が完了したタンパク質が、リボソームから遊離します。次に、リボソームがmRNAから遊離します。この翻訳の終結には、翻訳終結因子と呼ばれる一連のタンパク質が必要です。その中でも、一番始めに働くのが、リリースファクター(RF)と呼ばれる因子です。RFは、終止コドンに到達したリボソームに結合し、終止コドン読み取ることで翻訳終結反応を開始します。

翻訳終結に伴うリボソームのmRNAからの遊離は、リボソームが、次の翻訳を開始するために必要です。ひとつのリボソームが繰り返し翻訳を行うこと(リボソームのリサイクリング)は、細胞が十分な量のタンパク質を合成する上で必要であるため、翻訳終結が正しく行われることもまた、細胞が生きていく上で必須なのです。この翻訳終結には終止コドンが必要であるため、終止コドンを欠いた異常mRNAが何らかの理由で細胞内に生じ、それをリボソームが翻訳すると、リボソームは翻訳終結反応を行うことができず、そのままでは、mRNA 上にいつまでも停滞してしまいます。多数のリボソームがmRNA上に捕らわれた状態が続くと、翻訳サイクルが 停止し、細胞は、生育に必要なタンパク質を合成できなくなります。

そのような事態に備え、細胞には、異常mRNA上で停滞したリボソームを解放(レスキュー)する機構(リボソームレスキュー機構)が備わっていることが分かっています。これまでにも、様々な生物種で、リボソームのレスキューに関わる因子(リボソームレスキュー因子)が見出されてきましたが、今回、私たちは、グラム陽性菌に属する枯草菌から、新規のリボソームレスキュー因子として、BrfAを発見しました。

研究成果

今回、私たちは、グラム陽性菌に分類される枯草菌という真正細菌から、新たなリボソームレスキュー因子を発見し、BrfAと命名しました。翻訳終結は、前述したように、リリースファクター(RF)と呼ばれる因子が終止コドンを認識することで起こりますが、BrfAは、終止コドンがない状況でもRFを活性化し、異常mRNA上で停滞したリボソームを解放することが分かりました。

真正細菌は、グラム陽性菌とグラム陰性菌の2つの大きなグループに大分されます。RFと共に働くリボソームレスキュー因子(RF依存型リボソームレスキュー因子)は、これまで、大腸菌などのグラム陰性菌の一部でのみ見出されていましたが、今回は、グラム陰性菌とは分類学上近縁ではないグラム陽性菌の仲間にも、非常に類似した仕組みが進化の過程で備わっていたことが明らかとなりました。おそらく、グラム陽性菌とグラム陰性菌は、進化の過程で別々に、独自のRF依存型レスキュー因子を獲得したものと思われます。

今後の展開

今回の新規レスキュー因子の発見は、将来的には、翻訳や、その品質管理機構のより深い理解へと繋がるものと期待されます。また、翻訳や翻訳の品質管理機構を破綻させることで抗菌作用を示すような薬(抗菌薬)を開発する上でも、今回の発見は、重要な手がかりになるものと期待されます。

用語・事項の解説

1 リボソーム
細菌からヒトまで、すべての生物が持つタンパク質合成装置。mRNA上に転写された遺伝情報(タンパク質の設計図)にしたがって、アミノ酸を1つずつ連結し、タンパク質を合成する。

2 翻訳
細胞内でリボソームがタンパク質を合成する過程。

3 リボソームレスキュー機構
リボソームが異常mRNAを翻訳するなどして、mRNA上で停滞したときに、そのリボソームをmRNA上から解放(レスキュー)するための機構であり、その過程に関わる因子をリボソームレスキュー因子と呼ぶ。

4 グラム陽性菌・グラム陰性菌
真正細菌は、その細胞表面の構造の違いから、グラム陽性菌とグラム陰性菌に分類することができる。

5 BrfA
今回の研究で発見された新規のリボソームレスキュー因子。Bacillus ribosome rescue factor Aにちなんで命名した。

6 リリースファクター(RF)
翻訳終結を開始する因子。リボソームがmRNA上の終止コドンに到達すると、RFがリボソームに結合し、 終止コドンを認識することで活性化する。活性化したRFは、翻訳終結の第一段階である新生タンパク質のリボソームからの遊離反応を触媒する。

参考図

図1:翻訳 リボソームは開始コドンを認識して翻訳を開始し、mRNA上を移動しながらタンパク質を合成する。リボソームが終止コドンまで到達すると、リボソームにRFが結合し、RFが終止コドンを認識することで、翻訳終結反応が開始される。翻訳終結は、①新生タンパク質のリボソームからの遊離と、②リボソームのmRNAからの遊離の二段階からなる。
図2:異常mRNAの翻訳によるリボソーム停滞 翻訳を終え、mRNAから遊離したリボソームは、再び次の翻訳を開始することができる(上:リボソームのリサイクリング)。リボソームのリサイクリングは、細胞内で十分量のタンパク質を合成する上で重要である。終止コドンを欠失した異常mRNAをリボソームが翻訳すると、翻訳終結が起こらず、リボソームがmRNA上で停滞する(下)。その結果、遊離リボソームが不足し、細胞全体のタンパク質の合成能が低下する。
図3:BrfAが、異常mRNA上で停滞したリボソームを解放(レスキュー)する BrfAは、本来であれば終止コドンを認識して活性化するRFを、終止コドンを欠いたmRNA上にあるリボソームにおいて活性化することで、停滞したリボソームが翻訳終結反応を行うことを可能にする。レスキューされたリボソームは、再び翻訳に参加することができるようになる。

論文タイトル

英:Release factor-dependent ribosome rescue by BrfA in the Gram-positive bacterium Bacillus subtilis
和:グラム陽性菌である枯草菌において見出された翻訳終結因子に依存したリボソームの救済機構

著者

下川-千葉直美1,3、Claudia Müller2,3、藤原圭吾1、Bertrand Beckert2、伊藤維昭1、Daniel N. Wilson2,4、千葉志信1,4

1京都産業大学、2ドイツ・ハンブルク大学、3同等貢献、4責任著者

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