【経済学部】経済学部研究会開催報告 テーマ:戦争と平和:激動する世界情勢をどう理解するのか
経済学部研究会にて華東師範大学政治国際関係学部教員・研究員による報告
今回の研究会では、本学と交流協定をむすんでいる、華東師範大学 政治国際関係学部教授の劉 軍氏および同助理研究員の王 玏氏をお招きし、「戦争と平和:激動する世界情勢をどう理解するのか」と題した国際ワークショップを開催しました。特に2022年以降のロシア・ウクライナ戦争を中心に、世界情勢の現状と今後の見通しについて、両氏からの報告および参加者を交えた討議が行われました。
まず劉教授による第1報告「ロシア・ウクライナ紛争後のロシア・西側関係」で、ロシア・ウクライナ戦争の背景および影響についての解説がなされました。劉教授は、ロシア・ウクライナ戦争は外部の影響、つまり米国とNATO によるロシアの安全保障空間への押し出しの結果であるととらえています。ロシアと米国の大国間競争と対立の枠組みの中で、NATO はロシアを切り崩し弱体化させるという米国の政策に従っており、ウクライナもそのような西側の手先であるとロシアには映っています。
また、大国関係に与える影響に関しては、ロシア・ウクライナ紛争はポスト冷戦時代の終焉を意味しており、「30年危機」を経て今後世界はパニックの時代に突入したとの見解を示されました。これは世界経済の正常な発展を妨げる一方、米国にとっては恒久的な覇権を握るための機会、NATO にとってはロシアに対する集団的対抗手段としての役割を見せる機会になっているといえるのではないか、とのことでした。
王 助理研究員による第2報告「ロシアとヨーロッパの関係」は、今回の戦争の背景にある欧州の外交関係および今後の展望についての分析でした。王研究員によれば、もともとロシアとヨーロッパは重要な貿易パートナーで、核不拡散・難民流入などの観点で安全保障上も協力関係を必要としており、両者のパートナーシップは重要な意味を持っています。しかし、今回のロシア・ウクライナ戦争では、これまで対ロ関係で温度差のあったEUの原加盟国(独仏伊等)と新加盟国(バルト三国など)が一致団結して対ロ制裁を行い、安全保障面ではNATOにますます接近するようになっています。
以上の現状をふまえた今後の展望として、ロシアと欧州の対立状況は短期的には変わらないものの、長期的には平和共存が最終トレンドになると王研究員は予想します。理由として、欧州が米国に頼らない安全保障を目標とし、ロシアもNATOの影響力低下を望んでいる点で利害が一致すること、対ロ経済制裁はエネルギー輸入の停止やインフレといった形で欧州にとって損失の方が多いことなどを挙げられました。
続いて、劉教授、王研究員と参加者との間で、以下のような討論が行われました。
質疑応答
経済学部研究会にて華東師範大学政治国際関係学部教員・研究員と交わされる討論
質問1
劉教授の報告中で現代の世界が「30年危機」と表現されていたが、どういう意味か?
回答1
「30年危機」は、E. H. カーのいう「20年危機」、つまり第1次・第2次世界大戦の戦間期になぞらえた新たな造語として提案したものである。「20年危機」では、第1次世界大戦が終わって平和が続くと思われたものの、政治的・経済的に不安定化し第2次世界大戦につながった。同様に、冷戦終結後の世界像についても、F. Y. フクヤマのように世界的な対立の歴史が終わるとする見解があったが、むしろ新たな不安定・対立が生じている。冷戦時代には対立が激しかった一方、二極に分かれた世界にはある意味で明確な秩序があった。これに対し冷戦終結後は世界各地でさまざまな対立が起こり混沌としている。「30年危機」はこのような世界情勢を指している。
質問2
現在では資源価格、肥料価格などさまざまなところに影響が出ているが、他にどのような経済的影響が考えられるか?
回答2
エネルギー供給のロシア依存を強めてきた欧州が対ロ制裁にふみきったことで、欧州では資源価格が高騰し、インフレに見舞われている。これを米国からのエネルギー調達のみで乗り切れるかどうかは不透明である。一方ロシアも販路を失い、インド・中国との関係を強化しており、主な交易相手となっている。欧州・ロシアの双方が痛手を負う状況になっている。
質問3
中国はロシア・ウクライナ戦争の発生により、ロシアとの貿易面で有利になるなどの影響があったと思われるが、全体として利益を得ているといえるか?
回答3
中国の実情は必ずしもそうでない。中国人の間では、今回の戦争は中国にとって負の影響が多いという意見が目立つ。むしろ対話による解決、平和を望む立場が中心ではないか。
質問4
ロシアの当初の目標はウクライナの政権を転覆しNATO加盟を阻止することがあったと思われるが、最近はウクライナ東部の侵略に重点が移っている。この状況で、ロシアはどこまでの領土を確保すれば停戦に応じるとみられるか?
回答4
プーチン大統領自身、いつどのような形で戦争が終わるかについての見通しを明確に描けていないのではないか。そうすると今の状況が長く続く可能性がある。
停戦に向けた動きが起こるとすれば、ロシアが特定の利益を得た段階というよりは、米国大統領選後にウクライナへの支援が減って戦争が継続できなくなるといった外的な事情が発生した場合ではないか?先日ロシアの研究者から聞いた範囲では、ロシア側もウクライナ領土の奥深くへの侵攻や徹底的な破壊はしない様子である。一方、すでに占領した部分についてロシアが返還するつもりは全くないので、ウクライナ領土の一部喪失は既成事実化されてしまうだろう。占領地はロシア領にならないとしてもその影響下に入り、ウクライナは国が分裂した状態になるのではないか。
質問5
プーチン大統領の支持率向上、再選という観点では、ロシアはある程度目標を達成したのではないか?ここからさらに進んで、ロシアにとってみればそれほど広くはないウクライナ東部の領土を得ることにどの程度のメリットがあるのか?特に、ウクライナが領土の一部を失う代償としてNATOに加盟してしまうとすれば本末転倒になるのではないか?
回答5
ロシアは領土に対するこだわりがあり、たとえ小さな領域であっても重要と考えているため少しでも領土を拡大しようとするし、一旦併合したところは少しも譲ろうとしないだろう。また、NATO への加盟は欧米とロシアの直接対決、世界大戦に発展してしまうおそれがあり、結局欧米が認めないのではないか?
質問6
アフガニスタン侵攻はソ連消滅の遠因となったといわれている。結局当時のソ連軍は撤退したが、今回のロシアも同じような結果にならないか?
回答6
ロシアにとっては、アフガニスタンに比べてもウクライナの重要性が非常に高いことから、容易には撤退しないのではないか。
報告者感想
本研究会では、日本では情報の入りにくい中国からの視点について、現地の研究者の意見を直接聞くことができ、さまざまな立場から議論する貴重な機会となりました。ロシア・ウクライナ戦争には地政学的、経済的な諸要因が複雑に絡んでおり、今後も多様な観点による分析が必要になりそうです。