山岸 博 名誉教授らのグループが、アブラナ科の野生植物におけるミトコンドリアゲノムの種内変異を詳しく解明
2021.09.22
生命科学部教授(研究当時)の山岸 博 現名誉教授らのグループが、アブラナ科野生植物の Brassica maurorum と Moricandia arvensisについて、ミトコンドリアゲノムが持つ雄性不稔遺伝子のorf108 の有無と、塩基配列の種内変異を世界で初めて詳しく明らかにしました。この研究成果は、細胞遺伝学分野の国際学術雑誌「 Genome 」のオンライン版に掲載されました。研究結果は、植物における雄性不稔遺伝子の分布の研究と、アブラナ科作物の品種改良に有用な情報を提供することが期待されます。
研究の背景
アブラナ科の植物には、キャベツ、ハクサイ、ダイコンなどの人類にとって重要な栽培植物が含まれています。一方でアブラナ科には非常に多くの野生植物も存在します。こうした野生植物は、栽培植物の品種改良において有用な遺伝子を提供する貴重な存在です。有用遺伝子の多くは野生植物の核ゲノムにありますが、葉緑体やミトコンドリアの細胞質ゲノムにある遺伝子も、品種改良において重要な役割を果たします。その1つがミトコンドリアゲノムにある雄性不稔遺伝子です(図1)。雄性不稔遺伝子を利用することによって、「雑種強勢育種」という品種改良が可能になり、作物の収穫量を飛躍的に高めることができます。
今回共同研究を実施した宇都宮大学の房 相佑教授らによって、B. maurorum や M. arvensis という植物が、ダイコンやキャベツに雄性不稔を起こすことが示されていました。一方で、アブラナ科作物の雑種強勢育種に使われる雄性不稔遺伝子のひとつ、orf108は、種や属の違いを越えて多くの野生植物に存在することが分かってきました。しかし、orf108 がどの様にして多くの野生種に広まったのか、またB. maurorum が持つ雄性不稔遺伝子はorf108と同じなのかについては、未解明のままでした。
今回共同研究を実施した宇都宮大学の房 相佑教授らによって、B. maurorum や M. arvensis という植物が、ダイコンやキャベツに雄性不稔を起こすことが示されていました。一方で、アブラナ科作物の雑種強勢育種に使われる雄性不稔遺伝子のひとつ、orf108は、種や属の違いを越えて多くの野生植物に存在することが分かってきました。しかし、orf108 がどの様にして多くの野生種に広まったのか、またB. maurorum が持つ雄性不稔遺伝子はorf108と同じなのかについては、未解明のままでした。
研究の概要
今回、山岸名誉教授のグループは、上記2つの野生種の多くの個体を用いて、雄性不稔遺伝子が存在するミトコンドリアの atp1 遺伝子の上流領域について、DNA 塩基配列を決定しました。その結果、 B. maurorum ではorf108 の翻訳開始コドン内に塩基置換が生じ、orf117 という新しい雄性不稔遺伝子ができていることがわかりました。また、2つの野生種のいずれにおいても、orf108 あるいは orf117を持つ個体と持たない個体が「種内」に存在することが見出されました(図2、図3)。
そればかりではなく、どちらの種においても、1つの「個体内」に雄性不稔遺伝子を含むミトコンドリアと含まないミトコンドリアが共存する場合があることも発見されました。特に B. maurorum では、 orf108 と orf117 の2つの雄性不稔遺伝子を同時に持つ個体が観察されたことは驚きでした。この様にタイプの異なるミトコンドリアが1つの個体に共存する現象を「ヘテロプラズミー」と呼びます。今回の研究では、アブラナ科の野生種ではこのヘテロプラズミーがもとになって、いろんな植物へ雄性不稔遺伝子が広まっている可能性が示されます。
これらの研究成果は、植物におけるミトコンドリアゲノムの種属間の違いを、新しい視点から探る可能性を提示しています。また、アブラナ科作物の品種改良に野生種を利用する場合、初めに1つ1つの個体について、分子レベルで特性を評価しておく必要があることを示しています。山岸名誉教授らは、この研究で発見された雄性不稔遺伝子の塩基配列変異と、核ゲノムにあってミトコンドリアの遺伝子を抑える遺伝子の対応関係(図1)をさらに調べようとしています。
そればかりではなく、どちらの種においても、1つの「個体内」に雄性不稔遺伝子を含むミトコンドリアと含まないミトコンドリアが共存する場合があることも発見されました。特に B. maurorum では、 orf108 と orf117 の2つの雄性不稔遺伝子を同時に持つ個体が観察されたことは驚きでした。この様にタイプの異なるミトコンドリアが1つの個体に共存する現象を「ヘテロプラズミー」と呼びます。今回の研究では、アブラナ科の野生種ではこのヘテロプラズミーがもとになって、いろんな植物へ雄性不稔遺伝子が広まっている可能性が示されます。
これらの研究成果は、植物におけるミトコンドリアゲノムの種属間の違いを、新しい視点から探る可能性を提示しています。また、アブラナ科作物の品種改良に野生種を利用する場合、初めに1つ1つの個体について、分子レベルで特性を評価しておく必要があることを示しています。山岸名誉教授らは、この研究で発見された雄性不稔遺伝子の塩基配列変異と、核ゲノムにあってミトコンドリアの遺伝子を抑える遺伝子の対応関係(図1)をさらに調べようとしています。
論文情報
論文タイトル | Intraspecific variations of the cytoplasmic male sterility genes orf108 and orf117 in Brassica maurorum and Moricandia arvensis, and the specificity of the mRNA processing |
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掲載誌 | Genome. 2021 Jun 15. doi: 10.1139/gen-2021-0011. |
著者 | 山岸 博(京都産業大学)、橋本 絢子(京都産業大学)、福永 明日美(京都産業大学)、房 相佑(宇都宮大学)、寺地 徹(京都産業大学) |
和文タイトル | Brassica maurorum と Moricandia arvensis における細胞質雄性不稔遺伝子 orf108 と orf117 の種内変異およびそれらの mRNA のプロセッシングの特異性 |
謝辞
この研究は、JSPS 科研費(19K05979)、京都産業大学植物科学研究センターの支援を受けて実施されました。