光合成のオンオフを切り替えるチオレドキシンの光合成調節における新たな役割を解明

生命科学部の本橋 健 教授と桶川 友季 研究員は、酸化還元タンパク質であるチオレドキシンが植物の光合成反応のひとつである光化学系Iサイクリック電子伝達を直接制御することを明らかにしました。この研究成果は米国植物科学専門誌The Plant Cellに2020年10月9日付で公開されました。

研究概要

植物は吸収した太陽の光エネルギーを電子伝達反応により化学エネルギーに変換し、空気中の二酸化炭素を有機物に固定する光合成をおこないます。光合成電子伝達経路にはリニア電子伝達経路と光化学系Iサイクリック電子伝達経路の2つの経路が知られています。これまで、光化学系Iサイクリック電子伝達反応は植物の光合成と光防御に重要であることはわかっていましたが、その制御機構については、解明されていませんでした。
今回、本研究グループはチオレドキシンという酸化還元制御タンパク質が光化学系Iサイクリック電子伝達経路に関わるPGRL1タンパク質とジスルフィド結合複合体を形成することにより、光化学系Iサイクリック電子伝達経路を直接的に制御することを明らかにしました。

研究背景

植物が生育する上で欠かせない光合成反応は、「葉緑体」と呼ばれる細胞小器官でおこなわれます(図1)。植物に光があたると,葉緑体のチラコイド膜上で生じる電子伝達反応により太陽光エネルギーは化学エネルギーに変換されます。生成された化学エネルギーは葉緑体のストロマで炭素固定反応に利用され、糖やデンプンが合成されます。光合成電子伝達経路には、リニア電子伝達経路と光化学系Iサイクリック電子伝達経路の2つの経路があり、リニア電子伝達ではNADPH(還元力)とATP(化学エネルギー)を生産し、炭素固定反応をはじめとしてさまざまな代謝経路でそれらを利用します。一方、光化学系Iサイクリック電子伝達経路はATPの合成に寄与します。シロイヌナズナを含む被子植物では、光化学系I サイクリック電子伝達は部分的に重複する2つの経路(PGR5/PGRL1 複合体依存経路とNDH 複合体依存経路)を介して起こります。これまで光化学系I サイクリック電子伝達は、リニア電子伝達と同様、光合成に必須であることは証明されていますが、その制御機構については解明されていませんでした。
図1. 葉緑体における光合成反応
図1. 葉緑体における光合成反応
植物は葉緑体のチラコイド膜上で光合成電子伝達反応をおこなうことによって太陽の光エネルギーを化学エネルギーに変換する。
光合成電子伝達反応にはリニア電子伝達系路と光化学系Iサイクリック電子伝達系路がある。赤矢印はサイクリック経路による電子の流れを示している。

 

研究成果

植物は、光合成反応を効率的におこなうために様々な制御機構を持っており、小さな酸化還元タンパク質である「チオレドキシン(Trx)」は、光合成の制御において重要な因子の1つです。還元状態のTrxは、標的となるタンパク質のジスルフィド結合を還元して構造変化を引き起こし、そのタンパク質の活性を制御します。葉緑体には多くの種類のTrxが局在し、様々な光合成反応を制御しています。今回、本研究グループは葉緑体での存在量が最も多いm型Trxに注目し、m型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達経路を制御するかどうかを調べました。m型Trx欠損変異株(trx m124 )と、trx m124に光化学系I サイクリック電子伝達経路に欠損を加えた多重変異株(pgr5 trx m124 )を作出し、表現型解析をおこないました。trx m124では生育阻害の表現型が見られましたが、pgr5 trx m124 では、生育阻害の表現型が回復していました(図2)。この結果から、m型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達を制御している可能性が示唆されました。
そこで、実際にm型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達を制御するかを調べるため、植物体から単離したチラコイド膜と葉緑体ストロマに局在する5グループ10種類全てのTrx 精製タンパク質を用いて、光化学系I サイクリック電子伝達活性を測定し、各Trx がその活性に与える影響を評価しました。その結果、還元型のm型Trx(Trx m3 を除く)を添加したときのみ、光化学系Iサイクリック電子伝達活性が抑制されました(図3)。この結果から、還元型のm型Trxが光化学系Iサイクリック電子伝達経路を抑制していることを明らかにしました。
さらにm型Trxのアイソフォーム※の1つであるTrx m4は、植物体内でPGRL1タンパク質の123番目のシステインを介してジスルフィド結合複合体を形成していることも明らかにし、PGR5/PGRL1 複合体依存の経路を直接的に制御していることがわかりました。この複合体は暗条件や光合成の定常状態では安定に存在し、光合成の誘導期に一過的に解離することを最終的に明らかにしました(図4)。

※生体内では多くのタンパク質が機能しており、そのうち高度に類似した一連のタンパク質のメンバーをアイソフォームと呼ぶ。
図2. シロイヌナズナの多重変異株の植物の生育

図2. シロイヌナズナの多重変異株の植物の生育
m型Trx欠損変異株(trx m124)は野生株より植物個体が小さく生育阻害を示す。一方、光化学系Iサイクリック電子伝達系路を欠損したpgr5変異株との多重変異株(pgr5 trx m124)では植物の生育が回復した。
 

図3. TrxによるPSIサイクリック電子伝達活性の抑制
図3. TrxによるPSIサイクリック電子伝達活性の抑制
還元型m型Trx(Trx m3の除く)が特異的にPSIサイクリック電子伝達活性を抑制した。
図4. Trx m4によるPGRL1の制御モデル
図4. Trx m4によるPGRL1の制御モデル
暗条件でTrx m4はとPGRL1と複合体を形成し、PGRL1の活性を阻害する。光合成の誘導期、Trx m4-PGRL1複合体は光合成電子伝達鎖からの還元力によって解離され、PGRL1は活性化する。光合成の定常状態では還元型Trx m4によって再びPGRL1は還元され複合体を形成する。

今後の展開

植物は移動することができないため、周りの環境変化を避けることができません。そのため、植物は環境ストレスに対応するための様々な防御機構を持っています。m型TrxによるPGR5/PGRL1 複合体依存経路の制御機構を今後詳細に解析することで、様々な光環境ストレスに対応する光合成の仕組みをさらに深く理解できると考えられます。また、将来的には、光合成の制御機構を改変することで刻々と変化する光環境ストレスに強い作物の開発につながる可能性もあります。

掲載論文

論文タイトル M-type thioredoxins regulate the PGR5/PGRL1-dependent pathway by forming a disulfide-linked complex with PGRL1
掲載誌 『The Plant Cell』
DOI   10.1105/tpc.20.00304
和文タイトル M型チオレドキシンは、PGRL1とのジスルフィド結合複合体を形成することによりPGR5/PGRL1依存の経路を制御する
著者 桶川 友季 (京都産業大学)、本橋 健 (京都産業大学)

謝辞

この研究は、JSPS科研費 新学術領域研究「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化」(17H05730, 19H04733)、戦略的研究基盤形成支援事業「植物における生態進化発生学研究拠点の形成-統合オミックス解析による展開-」の支援を受けて実施されました。
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