鉄系超伝導体の不思議な反強磁性ゆらぎを発見

2020.09.01

〔研究成果〕

理学部物理科学科の伊藤豊教授は、超電導センシング技術研究組合の安達研究員との共同研究で、超伝導を担うFeAs正方格子の一部のAsをPで置き換えたFe系高温超伝導体(超伝導転移温度Tc = 29 K)に対して31P核スピンの核磁気共鳴(NMR)測定をおこない、常伝導状態の電子スピンゆらぎが絶対零度で弱い反強磁性秩序状態に分類される状態にあることを発見したと発表しました。

この研究成果は、英国物理学会出版局IOP Publishing発行の学術誌Journal of Physics : Conference Seriesの論文として2020年7月31日付けオンライン版に掲載されました。

〔掲載論文〕

Title : 31P NMR studies of an iron-based superconductor Ba0.5Sr0.5Fe2 (As1-xPx)2 with Tc = 29 K  
邦題:超伝導転移温度29 Kの鉄系超伝導体Ba0.5Sr0.5Fe2 (As1-xPx)231P核磁気共鳴研究 
Authors : Y. Itoh, and S. Adachi  
著者: 伊藤 豊、安達 成司
J. Phys.: Conf. Series 1590, 012011 (2020)
DOI: 10.1088/1742-6596/1590/1/012011
URL: iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/1590/1/012011

〔背景〕

Ba122系高温超伝導体は、2008年に発見されたFe系化合物超伝導体とその後引き続いて発見された超伝導物質群の1つであり、反強磁性金属BaFe2As2やSrFe2As2を母物質としてもつ超伝導シリーズです。Fe系高温超伝導体は一般にFeとAsのイオンのFeAs正方格子が層状に積み重なった擬2次元層状化合物です。外部から高圧で押し縮めたり、元素置換で化学的にキャリアをドープしたり、Asを同じ価数のニクトゲンであるPに置き換える化学圧力で、銅酸化物に次ぐ高い超伝導転移温度Tcをもつ超伝導体となります。
図1は、FeAs平面の結晶格子を示しています。銅酸化物高温超伝導体のCuO2平面はCu-O-Cuの直線的な化学結合から構成されますが、FeAs平面はFeとAsが90°の結合をしており、Asの位置がFe 平面から上下に交互にずれた配置をしています。単体のFeは磁石として強磁性を示す金属元素であり、通常は超伝導を破壊するような不利な元素と考えられてきました。そのため、ニクタイド系化合物として発見されたとはいえ、FeAs の平面構造を舞台とした超伝導は多くの研究者にとって驚きでした。
物質全体を平均して測定する実験手法では困難なサイトごとのミクロな電子状態は、核磁気共鳴(NMR)法という局所的なプローブを用いることで測定することができます。このFe系超伝導体に対してもその発見直後から先進的な測定手法が次々に応用され多くの実験事実が判明してきました。Fe 系超伝導の研究の進むスピードは銅酸化物高温超伝導体の10年の研究をまるで1年で早回ししたような猛スピードだったといわれています。
図1 FeAs正方格子の平面図
これまでのNMR研究から、最高のTcとなる最適条件が反強磁性量子臨界点に一致することが示唆されてきました。図2はFe系超伝導体の電子相図を表しており、縦軸に反強磁性転移温度TNと超伝導転移温度Tc、横軸に基底状態を表すパラメーターで、置換元素の組成、キャリアドープ量、圧力などが対応しています。量子臨界点とは、通常の連続相転移の転移温度が熱ゆらぎと相互作用との競合で決まるのに対して、熱ゆらぎのない絶対零度で量子ゆらぎと相互作用との競合から生じる秩序無秩序相転移のことです。Fe系の最適組成や最適条件が量子臨界点であるという主張に対し、実は不連続な1次の量子相転移のようにみえるという主張もあり論争となっています。また最適組成付近で反強磁性秩序状態になった物質が超伝導を示すことは確認されていますが、超伝導となった物質がその中で反強磁性秩序を示すかどうかまだ実験的には確認されていない状況となっています。
図2 Fe系超伝導体の磁気相図。縦軸は反強磁性転移温度TNと超伝導転移温度Tc,横軸は、置換元素の組成や外部圧力などの基底状態を表すパラメータに対応します。今回の研究では点線の共存領域を探求しました。

〔研究概要〕

今回, Asサイトを一部Pで置換した鉄系超伝導体Ba122で超伝導転移温度Tcが29 Kを示すBa0.5Sr0.5Fe2 (As1-xPx)2に対して31P-NMRスピンエコー測定をおこないました。31P NMR共鳴スペクトルや31P核スピン格子緩和率1/T1の測定をおこない、伝導電子の磁気ゆらぎの様子を測定しました。常伝導状態にはキュリーワイス則にしたがう擬2次元の反強磁性スピン帯磁率が発達しており、そのワイス温度14 KがTc = 29 K以下の超伝導状態にあることを発見しました。
このワイス温度が反強磁性転移温度に対応しているならば、そこから予想されることは、もし外部磁場で超伝導転移温度だけを抑制した低温の常伝導状態をあらわにできれば反強磁性転移が見えるかもしないということです。あるいは可能性として、すでに反強磁性転移する超伝導状態にあるかも知れないということも考えられます。
今回の実験結果の解析において、ワイス温度と実際のネール温度TN(反強磁性転移温度)との関係について(2+1)次元の反強磁性スピンゆらぎ模型に対するSCR理論(自己無撞着繰り込み)が適用できることを指摘しました。また、超伝導状態に関しては、スピンナイトシフトの減少からペアリング対称性がスピンシングレットであることを示し、緩和時間の温度変化からA1g対称性の可能性を示しました。
図3 測定された31P核スピン格子緩和時間から反強磁性ゆらぎによる成分を抜き出し、その成分に温度をかけた量(T1T) AF を絶対温度に対してプロットしたグラフ。これは静的な反強磁性スピン帯磁率の逆数プロットに対応しており、低温の外挿値がワイス温度になり、反強磁性秩序の発生する温度の目安となります。

〔用語解説〕

超伝導 . . . 物質を冷やしたとき決まった温度で突然電気抵抗がゼロとなり、印加した外部静磁場を内部から排除するマイスナー効果を示す状態のことです。物質の3態と同様に物質の電子の集団も相転移を起こしてさまざま物性を示します。超伝導も相転移現象の1つです。

反強磁性金属 . . . 電気伝導する化合物も「金属」と呼ばれ、伝導電子の磁気モーメント(ミクロな磁石)が交替しながら配列した状態になることを遍歴反強磁性状態と呼びます。磁石が同じ方向に配列した強磁性状態(磁石のこと)が量子力学的な相互作用とその多体効果によって生じるので、電子スピンが原子スケールで互い違いに並ぶ反強磁性状態も量子力学的な多体効果が起源となります。

弱い反強磁性体 . . .  鉄、ニッケルやコバルトは室温よりずっと高温で相転移を起こして磁石(強磁性状態)になります。物質の中には室温よりずっと低温で磁石になる物もあり、絶対零度に近い低温で磁石になる物質を「弱い強磁性体」と呼び、同様に低温で相転移する反強磁性体を「弱い反強磁性体」と呼びます。

〔参考〕

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