楽団で充実した留学に(津下 楓さん)

私は2年生秋から約10ヶ月、イタリアのシエナに留学してきました。1年生の春休みに3週間、海外実習でシエナに行き、そこで何人か友達ができたことと、イタリアの中でもとても安全で静かな街だったのが、この街での留学を選んだきっかけでした。

最初のころは、書くことはできても話したり聞いたりする力が劣っていると自覚していたため、イタリア語で会話することに少し恐怖を抱いていました。しかしせっかくの機会なのだからと、勇気を出してクラスの外国人の友達をご飯に誘ってから、少しずつ話すことに抵抗がなくなっていきました。フィレンツェに住んでいる友達の家に泊まりに行き、そこで料理やマッキネッタ(直火式エスプレッソ・メーカー)の使い方を教えてもらったのは良い思い出です。

3月からはシエナの楽団とポッジボンシの楽団に所属させていただき、様々な年齢層、職業のイタリア人たちと関わることができました。この時までは、イタリア人の友達のほとんどが、大学で知り合った日本語を勉強しているイタリア人たちでした。しかしこれらの楽団では、イタリア語以外でのコミュニケーションが取れない状況であったために、はじめのうちはかなり苦労しました。知っているはずの単語がなかなか出てこなかったり、指揮者の指示が理解できないこともあり、たくさん悩みました。最初の練習の後に一通り音楽用語の言い方と意味を教えてもらい、次の練習に備えるために必死に単語を暗記しました。その甲斐あり、演奏する上での解釈を指揮者に質問できるほど成長しました。さらにみんな優しく、わからないときにはジェスチャーや簡単な単語、文法を使って話してくれる人が多かったので、次第に自信がつき、自分からたくさんの話をし、最後の方は会話を楽しめるようになりました。また練習の前や後に夕食や散歩に誘ってくれて、そこで大学の授業では習わないようなくだけた単語や言い回し、方言、冗談なども教えてもらい、それらを使う機会はほとんどありませんでしたが、そのような些細な日常も今では良い思い出です。

コンサートはシエナの楽団で計3回、ポッジボンシの楽団で1回参加させていただき、とても良い経験になりました。演奏を聴いていたお客さんの反応も日本とは違うように感じ、特にフィレンツェの広場でYMCAを演奏した時にはお客さんたちが楽しそうに歌ったり踊ったりしていて、演奏しているこちら側もとても楽しい気分になったのを覚えています。4月からはシエナの夏のお祭のパリオにむけて、週末に何度か各地区に演奏しに行きました。カンポ広場から各地区の教会に行進しながら演奏し、提供された夕食を食べた後、広場でその地区の歌などを演奏しました。このように地域の行事に少しだけですが、直接関わることができたことを嬉しく思います。練習や本番は働いている人たちが参加できるように夜遅く、時には日付を越えて帰宅することもありました。留学期間の後半はテスト勉強に旅行に楽団にと、とても忙しかったのですが、たくさんのイタリア人と友達になることができ、充実した留学生活を送れたので、参加して良かったと心から思っています。

PAGE TOP