規則性がある固体であってもランダムなガラスとして振る舞う-僅かなランダムさが物性を支配する因子になる-

2020.12.11

発表者

水野 英如(東京大学大学院総合文化研究科 助教)
齊藤 国靖(京都産業大学理学部 准教授)

発表のポイント

  • 計算機シミュレーション上で、規則的な結晶とランダムなガラスの中間的な構造をもつ固体を模擬し、それが結晶の物性ではなく、ガラスの物性を示すことを示した。
  • 特に、規則的な結晶構造に近い固体であっても、僅かなランダムさが物性を支配する因子となり、ガラスの物性を生み出すことを明らかにした。
  • 本研究成果は、規則性がある固体に対しても、全くランダムなガラスを基準とするアプローチの有効性を提示し、固体材料の開発・設計に新しい視点を与えるものと期待できる。

発表概要

東京大学大学院総合文化研究科の水野 英如助教、京都産業大学理学部の齊藤 国靖准教授、米国・セントラル ニューメキシコ コミュニティ カレッジのシルベルト レオナルド(Silbert Leonardo)教授は、計算機シミュレーション上で、規則的な結晶とランダムなガラスの中間的な構造をもつ固体を模擬し、それが結晶の物性ではなくガラスの物性を示し、ランダムなガラスとして振る舞うことを明らかにしました。
固体は、規則的な“結晶”とランダムな“ガラス”の二つに分類できます。しかしながら、結晶とガラスの分類は、完全に規則的か、もしくは完全にランダムか、という理想的なものです。現実の固体は、このような理想的な構造をとることは珍しく、むしろ規則性とランダムさが混在している場合が多々あります。窓ガラスの“石英ガラス”であっても、ケイ素原子1個と酸素原子4個から成る四面体構造が、歪んだ状態ですが規則的に配置しています。すなわち、結晶の“石英”のように完全に規則的ではないですが、規則性が存在するのです。
本研究は、計算機シミュレーション(注1)上で、規則性(あるいはランダムさ)の程度が異なる構造をもつ固体を模擬(図1)し、それらの物性を調べました。すなわち、完全に規則的でもランダムでもない、規則的とランダムの中間的な構造をもつ固体を模擬しました。その結果、“結晶様”(あるいは“ガラス様”)な固体は、規則的な結晶ではなく、ランダムなガラスのように振る舞うことが明らかになりました。特に、結晶構造に近い固体であっても、僅かなランダムさが物性を支配する因子となり、ガラスの物性を生み出すことが分かりました。
固体を記述するための有効な方法は、理想的な“結晶”あるいは“ガラス”の理解・理論を確立して、そこを基準にとって、基準からずれる部分を個別に別途扱うことです。今回の発見は、ガラスを基準とするアプローチの有効性を提示します。例えば、石英ガラス、合金、柔粘性結晶、液晶などのように、規則性があってもランダムさがある固体に対してはもちろんのことですが、特に、たとえ結晶に近い固体であっても、僅かなランダムさがある場合は有効であると考えられ、固体材料の開発・設計に新しい視点を与えるものと期待できます。

発表内容

固体は大きく二つに分類できます。“結晶”と“ガラス”です。二つの違いは、分子の配置構造にあります。結晶では、分子は規則的・周期的に配置しています。例として、体心立法格子構造、面心立法格子構造、六方最密充填構造、といった結晶構造が存在します。これに対して、ガラスでは、分子はランダムに配置しています。そして、この規則的かランダムかの構造の違いに起因して、両者の物性は大きく異なります。例えば、結晶の弾性変形はアフィン変形によって記述できますが、ガラスの場合はアフィン変形からずれた“非アフィン変形”が生じます。あるいは、結晶の分子振動は音波によって説明できますが、ガラスの分子振動は乱れたものとなり、それに伴い“ボゾンピーク”と呼ばれる過剰な振動状態密度が生じます。
しかしながら、結晶とガラスの分類は、完全に規則的か、もしくは完全にランダムか、という理想的なものです。現実の固体は、このような理想的な構造をとることは珍しく、むしろ規則性とランダムさが混在している場合が多々あります。例えば、“合金”では、分子の配置自体は規則的ですが、構成分子の組成がランダムに分布しています。また、窓ガラスの“石英ガラス”であっても、ケイ素原子1個と酸素原子4個から成る四面体構造が、歪んだ状態ですが規則的に配置しています。すなわち、結晶の“石英”のように、正四面体構造が規則的に配置しているような、完全な結晶構造ではないですが、石英ガラスにも規則性が存在するのです。
本研究は、計算機シミュレーション上で、規則性(あるいはランダムさ)の程度が異なる構造をもつ固体を模擬し、それらの力学的・振動的な物性を調べました。具体的には“擬似的な面心立法格子構造”をもち、完全に規則的でもなく、完全にランダムでもない、規則的とランダムの中間的な構造をもつ固体を模擬しました。その結果、このような“結晶様”(あるいは“ガラス様”)な固体は、規則的な結晶ではなく、ランダムなガラスのように振る舞うことが明らかになりました。すなわち、結晶では起こり得ない、非アフィン変形やボゾンピークといったガラスの物性を示すことが分かったのです。特に、結晶構造に近い固体であっても、僅かなランダムさが物性を支配する因子となり、ガラスの物性を生むことが分かりました。
先に述べたように、私達の身のまわりには、“完全に規則的な結晶状態”と“完全にランダムなガラス状態”の中間的な状態にある固体が数多く存在します。そのような固体を記述するための有効な方法は、理想的な“結晶”あるいは“ガラス”の理解・理論を確立して、そこを基準にとって、基準からずれる部分を個別に別途扱うことです。このとき、結晶とガラスのどちらを基準にとるかによって、二通りのアプローチがあります。結晶を基準にとる場合は、完全な結晶状態に対して“欠陥”や“不純物”を導入することによって、完全結晶という理想的な状況からのずれを補正するアプローチが古くから提案されています。
これに対して、本研究成果は、全くランダムなガラスを基準とするアプローチの有効性を提示します。先に例として挙げた、合金や石英ガラスは規則性を有していますが、結晶では起こり得ないガラスの物性を示すため、ガラスを基準とするアプローチが有効です。その他にも、分子の配置が規則的である一方で配向がランダムである“柔粘性結晶”や、逆に分子の配向が規則的にある一方で配置がランダムである“液晶”などは、規則性があっても、ランダムなガラスを基準とするアプローチが有効と考えられます。このように、今回の発見によって、ガラスの理解・理論はランダムなガラスにとどまるものではなく、規則性を有する固体にも有効であることが言えます。特に、結晶に近い固体であっても、僅かなランダムさが物性を決める因子になるという点は、固体材料の開発・設計に新しい視点を与えるものと期待できます。
本成果は、日本時間2020年11月19日(木)午前2時(米国東部標準時間:11月18日(水)午後0時)にアメリカ物理学会発行の学術雑誌Physical Review Materialsのオンライン版で公開されました。
なお、本研究は、科学研究費補助金・若手研究(19K14670、研究代表者:水野 英如)、若手研究(18K13464、研究代表者:齊藤 国靖)、基盤研究(B)(20H01868、研究代表者:池田 昌司)、および旭硝子財団・研究助成金(研究代表者:水野 英如)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名:Physical Review Materials
論文タイトル:“Structural and mechanical characteristics of sphere packings near the jamming transition: From fully amorphous to quasiordered structures”
著者:Hideyuki Mizuno*, Kuniyasu Saitoh*, Leonardo E. Silbert

用語解説

(注1)計算機シミュレーション
本研究では、“分子シミュレーション”と呼ばれる計算機シミュレーションを実施した。微視的にみると、物質は無数の分子から構成されている。分子シミュレーションは、計算機上で物質を構成する分子一つ一つの熱運動を模擬することによって、物質全体の物性・性質を微視的な立場から調べる手法である。

参考図

図1.計算機子シミュレーション上で模擬された結晶(左上図)、ガラス(右上図)、およびそれらの中間的な固体(下図)。図中では球体は分子を表している。結晶(左上図)では分子は規則的・周期的(面心立方格子構造上)に配置しており、ガラス(右上図)では分子は不規則・ランダムに配置している。これらに対して、中間的な固体(下図)は、完全に規則的でもなく、完全にランダムでもない、これらの中間的な構造を示す。特に(左下図)は、結晶構造(面心立方格子構造)に近い構造を有している。
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