生成AIのコミュニケーション能力2023.08.07

生成AIとのやり取りの行方

最近生成AIの話題がニュースに上がることが多い。今年3月のベルギーの大手新聞「ラ・リーブル」では、対話式AIによる架空のキャラクターとスマホでの会話を続けていた男性が自殺したニュースが取り上げられていた。架空のキャラクターとのチャット場面では最初に“What is weighing on your mind?(あなたの心配事は何?)”というメッセージが送られてくるそうだ。6週間にわたる男性とのやりとりには、キャラクターから「天国で一緒に暮らそう」といった言葉まで出てくる。確かに男性は、いわゆるスマホ中毒といった状態だったのかもしれない。ただAIが、相手の心を開かせるような質問をして、その後も感情を操るような形でのコミュニケーションを取っていたことに驚きを隠せなかった。その後EU・ヨーロッパ委員会ではAIの安全性やセキュリティの向上に関する議論がさまざまに進んでいる。

大学での活用に関する議論

もちろん大学教員としても、研究者としても生成AIの活用に関しては確かに影響を感じる。元々生成AIは、これまであるビックデータを元に文章や画像を生成することができる人工知能である。対話式AIでは、相手の質問にまるで目の前に相手がいるように自然な答えが返ってくる。生成AIの代表的なものとしてはChat-GPTがあるが、学生がレポートやプレゼンの作成時に情報収集の手段として使うこともあるだろう。学生同士が議論をする中で、必要な資料やデータを見つけるために活用することも可能だとは思う。

しかしながら、その内容はどうだろう。常に生成AIが正しい答えを導き出すとは限らない。その情報が正しいのかどうか、Fact checkを行う能力が必要となる。またその答えが誰に向けて語られるべきものなのかという判断も必要なのではないだろうか。コミュニケーションにおいて、常に私たちは相手に合わせて会話の内容や言い方を調整している。生成AIはその点でどういった判断力を持ち合わせているのだろう。

試しに英語のクラスのwritingの課題を打ち込んでみた。確かに無難な答えが返ってくる。しかし情報が古いところが見受けられる。次に同じ課題で「大学生向け」と「小学生向け」として説明するように指示してみた。面白いことに、小学生には断定的な説明がされ、大学生向けには様々な議論を展開するようなやり方で答えが返ってきた。つまり小学生には知識が、大学生には議論する能力が必要とされているとAIが理解しているということだ。それ自体は非常に興味深いが、教員としてそれらの答えにどういった評価を下すかと問われるとABCの評価では、Bをつけるだろう。理由は、当たり前ではあるが生成AIの答えに独自性や新規性を見出すことはできないからだ。

この7月に文部科学省は、小中高での生成AIの取り扱いに関する暫定的なガイドラインを示した。その中では、AIを使いこなす能力をつけていくことの重要性が指摘され、一部の学校で検証しつつ限定的な利用を進めることが適切だとされている。大学でも、活用自体は否定しないが、生成AIで作成された文章をそのままテストや試験などで使うことは不適切であるとしている。

生成AIにできないこと

確かに生成AIは、これまでの私たちのデータを元に「自然な答え」を返してくれる。それはこれまで私たちが何を「正しい真実」または「当たり前のこと」として考えてきたかが反映されている。例えば、生成AIを単純に英会話の練習相手としては、相応しいと言えるかもしれない。ただ生成AIを人生の相談役、または自分の替え玉にしてしまってはいけない。生成AIが語れないこと、それは一体なんだろうか。それは私たち一人が日々実際に体験していること、感じていることではないだろうか。そして、私たちがその体験をベースに生み出す新しいアイディアや考えには、生成AIは決して追いつけない。大学教員としては、そのベースになるような貴重な体験がたくさん詰まった夏を学生たちに過ごしてほしいと切に願っている。ちなみに、今学期の期末テストのwritingでは、これまでの授業内容や個人の体験をベースに議論を展開する質問にしてみた。結果は如何に、楽しみである。

川島 理恵 教授

異文化コミュニケーション、医療社会学、会話分析

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