国際関係教員によるニュース解説!

今世界で起こっていること、日本との関係、私達の、未来について。
国際情勢を知り、世界の諸問題に対する自分なりの解を深めてほしいと思います。
このコーナーでは、国際関係の専門の教員がタイムリーな話題を学術的に紹介していきます。


バブルはまた繰り返されるのか—「リーマン・ショック」10年をめぐって/横山 史生 教授 2018.10.17

今年2018年は、2008年に米国で発生した「リーマン・ショック」から10年目に当たる。米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズ社を含む数多くの銀行、保険会社などが巨額の損失を計上して経営不振や倒産に陥り、それをきっかけに全米で消費・生産が急激に減少して景気が後退し、それが米国の輸入減少=各国の対米輸出減少という連鎖で欧州・日本・新興国などにも波及したことにより、世界経済全体が大きな「ショック」に見舞われたのであった。

その根本原因は、2000年代前半における米国経済の好景気と低金利の時期に低所得層向け住宅ローンが急増したほか、それを含めて複雑な金融取引手法の開発が相次ぎ、多くの金融機関や投資家による投資が過剰なまでに膨張し、その結果として破綻が生じたこと、つまり「バブルの発生と崩壊」にほかならなかった。

経済活動は、「実体経済」と「マネー経済」の二つに大きく分けて考えることができる。「実体経済」は、様々な商品の生産・流通・消費という、人々の日常的な経済活動そのものを基盤とする。「マネー経済」は、資金の貸し借りや投資・資産運用が展開される場であり、人々が資産を少しでも増やすために株式投資をしたりマイホーム購入や企業設立という夢を実現するためにローンを借り入れたりするという、それはそれなりに切実な動機に基づくものも含まれるが、全体としては取引の規模・手法が肥大化・複雑化していく傾向があり、また常に投資リスクを伴うものでもある。

「バブルの発生と崩壊」とは、「マネー経済」が「実体経済」を上回る勢いで過度に膨張し独り歩きしてしまい、バランスが崩れ、結果的に社会全体に大きな混乱をもたらす現象であり、残念なことに、歴史的に各国で何度も繰り返して起こってきている。それは、バブル崩壊後しばらくは不況という苦しみの中で、バブル発生の原因となった過剰な投資への反省や予防策の立案が行われるものの、「実体経済」の景気が徐々に回復するにつれて反省が薄れ、「マネー経済」が再び拡大し始めていくのが、現実だからである。

リーマン・ショックから10年が経過した現在、米国経済は基本的には立ち直っており、株式価格もリーマン・ショック前の水準を大幅に上回っている。しかし、時の経過とともにバブル発生原因への反省(金融機関に対する規制の強化)は後退し、株価上昇に依存する傾向が強まっている。「実体経済」と「マネー経済」の間のバランスを取る上で重要な金利水準の調節についても、それを担当するFRB(米国連邦準備銀行)が、歴史的に蓄積された経験と理論に基づいて金利引き上げに着手しているにもかかわらず、トランプ大統領はいつものポピュリズム的動機から(金利上昇は株価下落につながるため、株価上昇を望む国民の気持ちを過度に忖度し)それを一方的に誹謗している。また、トランプ政権が世界各国との間で通商政策上の摩擦を引き起こしていることから、米国の「実体経済」の先行きに不安が生じ始めている面もある。こういった動きに着目するならば、歴史的宿命ともいうべきあの悲喜劇がまた繰り返される危険性も否定しきれないが、市場が政治よりも賢いという場合もある。今回ばかりは、その可能性に期待したい。

横山 史生 教授

国際金融論、国際貿易論

「米国第一主義」の意味を考える/高原 秀介 教授 2018.10.03

先般の国連総会の一般討論演説で、トランプ米大統領は米国の国益を最優先事項とする「米国第一主義」を改めて表明した。今やトランプ大統領は時の人となって久しい。その一挙手一投足に、世界は右往左往しているばかりか、彼の発言や姿勢に対する諦観すら伺える。とはいえ、国際秩序への無関心に始まり、国際政治の動向を大きく左右しかねない米国の方針転換は、世界の未来に暗雲を投げかけかねないものである。

20世紀初頭のウッドロー・ウィルソン大統領以来、リベラル国際主義の伝統を掲げてきた米国は、トランプ大統領の就任によって大きな歴史の節目に差し掛かっているといえるのかもしれない。100年前にあたる1918年の中間選挙では、ウィルソン大統領が共和党に議会での多数派を奪われ、米国による国際連盟への加盟を実現できなかった。その意味でも、2018年11月の中間選挙は、今後の米国の方向性を占う重要な分岐点となるだろう。

今回の国連演説でトランプ大統領が、他国の干渉を拒絶する根拠としてモンロー主義(1823年に第5代大統領モンローが、米欧の相互不干渉や南北アメリカの一体性とそこでの米国の優位性を提唱した外交方針)に言及したことに注意を払う必要があろう。

歴史的に見れば、米国は元来孤立主義の国として誕生した。独立革命ではフランスの軍事的支援を得る一方、独立後には一転して英国との和解を図りつつ、総じて欧州列強諸国と距離を保つことが自存自衛のための国是であった。もちろん、世界と米国の関係性を考慮に入れれば、現代における孤立主義は時代錯誤も甚だしい。

その一方で、「単独行動主義」(unilateralism)もまた、建国期以来の米国外交の伝統である。初代大統領ジョージ・ワシントンは、大統領職を離れるその「告別の辞」(Farewell Address)において、欧州列強諸国との恒久的同盟を禁ずると同時に、米国の行動の自由を示唆していた。「単独行動主義」の具体的展開は多様である。2000年代前半のブッシュJr.政権期の「単独行動主義」が「過剰介入をめぐる行動の自由」であるなら、トランプ大統領によるそれは「過少介入をめぐる行動の自由」とも受け止められる。もちろん、そこには米国の国益の最大化という前提がある。

現状を問題視する米国世論は、果たして具体的解決策を見いだすだろうか。歴史上、米国を常に正常化させてきたその復元力に期待するのは筆者だけではあるまい。

高原 秀介 教授

アメリカ外交史、日米関係史、アメリカ=東アジア関係史

表象される世界と「リアル」な世界:知的資源としてのニュースの限界を考える/マコーマック ノア 教授 2018.10.02

「ニュース」は、世界の出来事や問題についていろいろと教えてくれる。ただし、全てが報じられるわけではない。北朝鮮の核兵器保有やアフリカ大陸北部から欧州を目指す人波が取り上げられることが多くても、そうして国や地域で多くの人々が普通に暮らしている景色が紹介される事は少ない。ニュースは報道産業が作成する商品であり、商品は市場うけするものにしなければならないからだ。平凡な日常よりも衝撃的な内容を扱うことが多く、結果として、我々は特定の地域や国の偏ったイメージを抱いてしまうことがある。

他者の平凡な日常を無視して異常に劇的な世界を映し出すニュースには別の問題もある。商品としてのニュースは、消費者=視聴者や読者にとって分かりやすいものでなければならない。この商業的ニーズにこたえるため、膨大で複雑なデータが単純明快な型に嵌った情報に変換されることがある。戦争の事例を見てみよう。

マクロな観点から全ての戦争は同じであるし、ミクロな観点からすると全ての戦争は個別的である。報道産業は、ニュースが商品であるから、あまり詳細にミクロな部分を語らない。むしろ、消費者に「分かった感」を与えるため、特定の型に話を落とし込んでいく。典型的に、ある紛争は「宗教」を中心に説明される。例えば、インドでヒンズー教徒がイスラーム教徒を迫害する、イスラーム原理主義者は西洋=キリスト教を攻撃する、など。もう一つのパターンは民族。ルワンダの虐殺、ユーゴスラビアの分裂と戦争、アメリカにおけるアイデンティティ・ポリティクスなどは民族的な衝突の現れとして描写される。言語に関しても同じ傾向が確認される。カナダにおけるケベック州と他州の間の軋轢は民族的言語的な問題として扱われる。同じ様な英・仏話者間の対立はカメルーンでも今現在深刻化しているとされる。

大変乱暴に要約してしまっているが、問題は次のようなものだ。これらの紛争や対立と、宗教や民族や言語が無縁だというわけでは決してない。それらはまぎれもなく重要要因としてある。しかし、宗教的民族的言語的要因と紛争や対立との関係は決して自明なものではないのだ。民族的宗教的言語的多様性が混在する社会状況を扱う研究は、むしろ平和的共存が通常ケースであり、対立や紛争が例外ケースであることを明らかにしているのだ。紛争や対立を宗教や民族や言語で説明することは、分かり易そうであるかも知れないが、説明力には乏しいと思われる。

要するにニュースが表象する世界は非常に限定的で商業的なものであり、説明の形式にもしばしば不十分な点が多い。「リアル」な世界を「本当」に理解するには、通常報道されない部分を知る努力をしなければならない。

マコーマック ノア 教授

歴史社会学、比較文化論

EU-日本EPA締結の意味/鈴井 清巳 教授 2018.9.05

EPAと聞くと、「血液をサラサラにする青魚の成分」と思うかもしれない。確かに昨今の健康ブームの中で、EPAはDHA(ドコサヘキサ塩酸)と並び、しばしば目にする。しかしこのEPAは本稿で扱う経済連携協定(Economic Partnership Agreement)ではなく、エイコサペンタ塩酸を意味する。血液の流れを良くするEPAも身体にとって大切だが、商品の流れを良くするEPAも生活にとって大切だ。ここでは「経済連携協定」のEPAを扱おう。

「トランプ大統領、TPPから離脱」、「トランプ大統領、加・墨にNAFTAの再交渉迫る」、最近、マスコミを賑わしたニュースのヘッドラインだ。TPPとは環太平洋経済連携協定、NAFTAとは北米自由貿易協定。加はカナダ、墨はメキシコを意味する。トランプ絡みばかりで恐縮だが、何せ毎日にように世界中のマスコミで話題にのぼる超有名人。覇権国アメリカの大統領の地位にあることを、彼はビジネスの「ディール(取引)」のように最大限利用している。他国の大統領や首相の名前を知らなくとも、トランプは誰でも知っていよう。実は、このTPPもNAFTAも、本稿で扱うEU-日本EPAも、広義のFTAである。

FTAとはFree Trade Agreement=自由貿易協定の略語で、国際貿易を行う際、商品の流通を妨げる関税や数量制限を引き下げ、撤廃すること(貿易の自由化)を目的とする通商協定である。関税や数量制限は、主として国内産業(生産者)保護を目的としていて、短期的な必要性が認められる場合もあるが、長期的には国内産業の国際競争力が強化されず、消費者の利益に反することになるので、構造改革を進めつつ引下げ・撤廃が目指される。この協定は、二国間や複数国間で結ばれ且つ締結国間でしか自由化の効力は生じないので(「差別主義」という)、世界貿易の自由化を司るWTO(世界貿易機関)の掲げる多国間主義、無差別主義に反する面がある。しかしWTOルールでは、FTAも貿易の自由化に寄与するので、条件付きで認められている。更に近年のFTAは、ICT(情報通信技術)の発達によって国際取引が多様化している現実に合わせ、商品の貿易だけではなく、サービス貿易や、投資、環境、労働、知的財産権など幅広く規定するようになり、名称もEPA(経済連携協定)などへと変わってきている。

WTOの参加国は164ヵ国まで増え、各国の利害は容易に調整できず、またかつて貿易自由化を牽引してきたアメリカが、トランプ政権成立と共に保護主義的政策を堂々と実施しWTOの自由貿易主義に背を向け始め、自国に有利な二国間ディールに舵を切ったので、WTOが理想とする多国間主義に基づいて貿易の自由化を進めるのがもはや困難になっている。そうした状況において、協調的な二国間や複数国間での(広義の)FTAやEPAが、貿易の自由化に寄与しているのである。

トランプの登場まで、世界各国は、FTAやEPAを通じて、締結国が保護主義政策を取らぬ様に、国内の構造改革による痛みを分かち合いつつ、協調して貿易の自由化を進めてきた。参加国も多く経済圏としても広範なTPPやEU-日本EPAはそうした営みである。TPPは幸いにも、日本政府の努力により、アメリカ抜きのTPP11として2019年初頭には効力が発生し、他のアジア諸国やEUを離脱するイギリスの参加も予想されている。またEU-日本EPAも、2018年7月に署名を済ませ2019年3月下旬までの発効を目指している。日本は、保護主義に走るアメリカに対して、EUやアジア諸国と共に自由貿易の旗を掲げているのである。しかし11月の大統領選の中間選挙が目下最大の関心事であるトランプには、自由貿易の旗ではなく星条旗しか目に入らぬ様である。 “America First!”

EPA署名式の写真:政府のHPより

鈴井 清巳 教授

国際経済論、EU経済、地域統合

The Rohingya Issue and Japan-Myanmar Relations/パトリック ストレフォード 教授 2018.8.28

For a year now, about 700,000 Rohingya refugees have been living in temporary camps in Bangladesh. They were forced to leave their homes in Myanmar after a military campaign against Muslim terrorists. This violence, says the UN, amounted to ‘ethnic cleansing’, but this is denied by the Myanmar government. As of August 2018, the Rohingya have yet to return to their homes in Myanmar. The Rohingya Issue is a good example of the interaction between domestic and international politics. It has been an international news topic and has caused widespread criticism of the new semi-democratic government of Aung San Suu Kyi, which is undergoing comprehensive political, economic and social reforms.
At the end of July 2018, the government of Myanmar announced a four-member commission to investigate allegations of human rights violations in Rakhine State. Two of the members are local and two are international- one a Filipino and the other, a Japanese diplomat, Kenzo Oshima. Of all the nations in the world, why has the government of Myanmar appointed a Japanese citizen to be a member of this important commission? As always, there are a number of reasons for this, but we could say that it shows the high level of trust that exists between the governments of Myanmar and Japan. In this way, it is the result of Japan’s long-term commitment to developing close relations with Myanmar. This goes back to World War Two, and has been characterized by failures as we as successes. Diplomacy, or the attempt by states to influence events overseas, is an extremely complex and difficult game. This example, however, clearly shows Japan’s success in attempting to influence events overseas.

難民問題に揺れるEU/正躰 朝香 教授 2018.8.01

2014年ごろから続く欧州の難民問題は、依然として深刻な状況が続いている。6月末には、NGOに救助された難民船の寄港を、受入に消極的な連立政権が発足したばかりのイタリアが拒否し、マルタも受け入れず、スペインが受け入れるまでの数日間、劣悪な船内状況のまま洋上を彷徨うという衝撃的なニュースも伝えられた。日本で報道される日もされない日も、「安全」と「自由」を求めて、アフリカや中東からヨーロッパを目指して地中海をわたる危険な賭にでる難民が毎日のようにヨーロッパの沿岸国に押し寄せる。

難民問題は2つの点で、EUを揺るがす。1つは、ヒトの自由移動への制限である。EUは「ヒト・モノ・カネ」の自由移動をその根幹とする共同体である。無秩序な難民の流入やそれに乗じた治安上の不安への対策として、通常を行われないEU域内での国境管理が復活したり、自由移動の恩恵をEU市民が感じられなくなったりすることは、結果としてEUの中心的理念である「ヒトの自由移動」へ疑念を抱かせている。

もう1つは、EU加盟国内での対立の激化である。EUは統合の深化(協力する分野が広がり、協力の程度が深まること)と拡大(加盟国が増えること)のなかで、加盟国間での利害対立や意見の不一致はありながらも、これを交渉と妥協で乗り越えてきた。しかしここ数年の難民受入をめぐる対立では妥協点が見いだせていない。日々大量の難民が押し寄せ、現在のEU規則では受入の義務を負う沿岸国(イタリア、ギリシャ、マルタなど)、難民が行き先として望む国(ドイツ、フランス、スウェーデンなど)、そして民主主義の歴史が浅く難民受入への抵抗が強く割り当てを拒否する東欧諸国(ポーランド、チェコ、ハンガリーなど)。EU域外での難民審査施設の設置、EU内での受入負担の均等化の仕組みなど、EUがここ数年制度化しようと試みている対応は、これら立場の異なる加盟国間で依然として実効的な合意点を見いだせていない。

難民受入をめぐる物理的コスト、文化的他者の受入をめぐる摩擦、これらの負担は、経済停滞が続き寛容度の下がるEU各国において、次々と右派勢力(反移民・難民、反EU勢力)の拡大を引き起こしている。難民問題は現実的負担や目に見える対立以上に、EUが数十年にわたって積み重ねてきた統合の理念や支持、加盟国間の一体感を脅かすという点において深刻な意味をもっている。

正躰 朝香 教授

国際関係論

米国のパリ協定離脱表明と、自治体や企業で進む温暖化対策/井口 正彦 准教授 2018.7.19

「自国ファースト」を掲げる米国のトランプ大統領が、地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」からの離脱を表明したことは記憶に新しい。同協定は米国の産業と雇用を損なうものであり、自国利益にならないというのが理由だ。しかし、このような方針とは裏腹に、米国ではカリフォルニア州を始めとした自治体や企業による温暖化対策が進んでいる。
こういった背景には、温暖化対策は経済成長を阻害するのではなく、むしろ二酸化炭素削減をビジネスにしなければ、生き残れないという認識が当たり前になってきていることがある。トランプ大統領の方針を歓迎したのは石炭産業や重工業のみであり、むしろその他の産業界からは、パリ協定離脱は海外事業や技術革新の妨げになるという批判が出ていた。米国内では、トランプ大統領の意向に関係なく、自治体や企業が「我々はまだパリ協定の中にいる」と表明し、温室効果ガス削減目標への取り組みを更に前進させる「米国の約束(America’s Pledge on Climate Change)」といったイニシアティブを設立した。現在では、温室効果ガス排出量の多い石炭は競争力を失い、太陽光などの再生可能エネルギーの普及が目覚ましい。さらに、これまで米国が温暖化対策に消極的だと批判してきた中国が、去年12月に二酸化炭素に価格をつけ、市場で取引をする排出権取引制度を導入すると発表したことで、パリ協定の削減目標達成に弾みがついた。
実は、米国はこれまで地球環境政策を牽引してきた国だった。例えば、1987年に採択されたオゾン層破壊問題を解決するためのモントリオール議定書は、米国のリーダーシップなしには実現し得なかった。そして、これを支えていたものこそ、米国企業の環境問題への自主的取り組みだった。米国は、温暖化対策においても「偉大」になれるのだろうか。今後の動きが注目されよう。

井口 正彦 准教授

グローバル・ガバナンス論

今日のロシア—遠のく民主主義/河原地 英武教授  2018.6.20

今年3月18日に行われたロシア大統領選挙では、不正投票のことが話題になった。同じ人間が二度も三度も投票する様子や、選挙管理委員会の女性スタッフが何枚も投票用紙を箱に入れている場面が、日本のテレビでも取り上げられた。しかし、そもそも大統領選挙そのものが出来合いのレースであって、公正性を欠くものだった。それは投票結果をみれば一目瞭然としている。8名が立候補したが、その結果を見てみよう。
第1位はプーチン(76.69%)、第2位はグルジニン(11.77%)、第3位はジリノフスキー(5.65%)、第4位はサプチャク(1.68%)。第5位以下は微々たる得票率なので省略する。これを見てもわかるとおり、プーチン以外に国民が国政を委ねたくなる候補者は事実上いないのだ。ロシアにおける大統領選挙は国民のためでなく、ロシアにも民主主義はあると世界にアピールするための、対外宣伝にすぎないといえよう。
では本当に、プーチン以外に人材はいないのだろうか。実は当初、有望視されていた候補者がいた。現在42歳の、反政府的な活動家ナヴァーリヌィだ。彼は現政権の汚職を糾弾し、反プーチンキャンペーンの中心人物として頭角を現してきたが、根拠のあやふやな横領や詐欺の容疑で逮捕され、これを理由に立候補資格を剥奪された。これはナヴァーリヌィに限ったことでなく、過去にも類似の事例をいくつも挙げることができる。政権に立ち向かおうとする者は当局に捕まり、犯罪者としての烙印を押され、政治の舞台から退場させられるのである。 むろん、すべての国民がこの状況に納得しているわけではない。大統領就任式を間近にひかえた5月5日、ナヴァーリヌィの支持者たちが主催する政府への抗議デモが多くの都市で行われた。参加者はそれぞれの都市で数百人から数千人に達した模様で、ロシア内務省によれば1500人以上が拘束された。
とはいえ、このようなデモの動きを変化への胎動と見ることはできない。ロシアには彼らの力を結集して立ち上がる政治家が育つ土壌がないからである。プーチンが初めて政権の座についてから18年が経ち、今後さらに6年続くが、ロシアの民主主義は確実に遠のいている。

河原地 英武教授

ロシア政治、安全保障問題、国際関係論

「エルサレム問題」をめぐって/北澤 義之教授 2018.5.28

トランプ政権によるイスラエル米大使館のエルサレムへの移転決定は、国際的な波紋を呼んでいる。ではエルサレムへの移転がなぜ問題になるのか。それは、大使館のエルサレム移転によって、エルサレムがイスラエルの首都であることを追認することになるからだ。慣例上、国交のある国の大使館は相互の首都におかれる。しかし、1947年の国連総会決議181号で、エルサレムは単独の国家の都市ではなく、中立の都市として国際的管理下に置かれることになっていた。そのため日本を含むほとんどの国は、決議を尊重して地中海よりのテルアビブに大使館を置いているのだ。エルサレムの城壁に囲まれた旧市街は3つの宗教(ユダヤ・キリスト・イスラーム)の聖地とされており、国連は宗教問題が政治問題化することを避けようとしたものと考えられる。また決議181号は、英国委任統治領パレスチナを、ユダヤ人国家(イスラエル)とアラブ人国家(パレスチナ)に分割することを決めている。イスラエルは自らの国家樹立の根拠となったこの決議に反して、1980年に「エルサレム基本法」を定め、一方的にエルサレムを首都として扱うようになったのである。他方、米国はイスラエルを独立させるべく決議181号の成立に向けて、国連の調査委員会(UNSCOP)に強烈な圧力をかけていた。現在、自ら支持した決議に反する行動を米国がとっていることは、まさに歴史の皮肉と言えるだろう。

北澤 義之教授

中東地域研究・国際関係論(ナショナリズム)

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