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- 2016 Jul. Vol.73
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皆さんは伝統産業について、どのようなことを知っていますか?詳しい人は少ないかもしれませんが、実は伝統産業を知るというのは、ものづくりの技術だけでなく、その土地の気候風土や歴史、文化などを掘り下げることでもあるのです。一例として、私の専門である漆工芸について紹介しましょう。
漆は、「ウルシノキ」という樹木の樹液を精製して作られます。この木は東アジアにしか植生がないため、漆工芸も東アジア限定の技術です。ただし、日本と中国では漆の性質が異なり、技法も全く違います。国内であっても、京都と青森、沖縄では技法が異なるのですが、これは気候風土に合った技術が発達する、という伝統産業ならではの知恵の表れといえます。
また、技術が発展し、良いモノが作られるようになると、今度は茶道や華道のような「モノを扱う文化」が生まれます。このように、伝統産業からは関連する技術や文化、ひいては交易の歴史なども紐解くことができ、知るほどに発見に出合える興味深い存在なのです。
長い歴史を持つ漆工芸ですが、近年はその衰退が問題になっています。その要因の一つは、大量生産が可能でコストが低い近代産業の発達にあります。どの伝統産業も置かれている状況は似ていますが、漆工芸の場合は特に、近代産業と競合するばかりですみ分けが進んでいないことに課題がある、というのが私の考えです。
例えば織物や陶器などの場合、伝統産業の規模は縮小しつつありますが、手仕事と機械仕事、天然素材と合成素材の特徴を活かしながら共存しており、時にはお互いの技術を組み合わせてこれまでにないモノを生み出す例も出ています。しかし、漆工芸ではその事例がまだ少ない。その理由は、伝統産業が近代産業の技術のベースになっているという認識が薄く、共存の意識がないことにあると考えています。実際には東アジアにしかない漆を参考にヨーロッパで「ピアノブラック」という合成塗料が生まれたなどの関連があるのですが、こうしたつながりが知られていないのが現状です。私は漆への理解を深めつつ、近代産業との共存に取り組み、少しでも伝統産業の需要を高めることで古来か らの技を次代に継承していきたいと考えています。
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その取り組みの一つが、サギタリウス館の一階に展示されている蒔絵パネルです。本来なら制作に約4ヵ月かかる下地の代わりに厚さ4oで軽い「アルポリック板」を用い、蒔絵には金だけでなく、人造宝石「京都オパール」を使用。伝統の技術をふんだんに盛り込みながら、近代産業の力を借りることで、制作期間を短縮し、手軽に輸送が可能な作品を形にできました。蒔絵技術をいかに残していくかを考えると、こうした工夫をしながら、より多くの人々に伝統産業の魅力を知ってもらうことが大切です。今後も漆工芸を中心に伝統産業を調査・研究し、手仕事にしかできないことを見極め、技術や美意識を伝えていきたいと考えています。
今年2月、外務省の「日本ブランド発信事業」の一環で、ヨーロッパで蒔絵文化についての講演を行いました。その際にスペインに漆器の修復士がいると知り、ヨーロッパにおける漆器文化に興味津々!また一つ、研究を深めたいテーマが増えました。