見えないものを見る感動
遠藤斗志也教授インタビュー
— クライオ電子顕微鏡導入にあたって —

2025.05.15


クライオ電子顕微鏡がやってくる!


2025年秋、京都産業大学に「クライオ電子顕微鏡」が設置されることが決まりました。クライオ電子顕微鏡は近年急速に進展を遂げた顕微鏡装置で、生命科学、特にタンパク質やウイルスの構造を高分解能で解析することができます。

本学の生命科学部とタンパク質動態研究所では、多数の研究者がこれまでにも、クライオ電子顕微鏡を用いて、世界トップレベルの研究成果を数多く世に送り出してきましたが、こうした研究はいずれも、他機関に設置されている共同利用の電子顕微鏡を使って行われており、「自前の」クライオ電子顕微鏡の導入がながく切望されてきました。

今回導入されるクライオ電子顕微鏡「Thermo Scientific Glacios 2」(図1)は、生命科学研究に特化した最新鋭の装置であり、本学の生命科学研究に加速度的な進展をもたらすことが期待されます。また、学外機関や学生教育への利用機会の拡大も見込まれています。

そこで、このクライオ電子顕微鏡の導入にあたって、その準備作業に尽力した、本学タンパク質動態研究所の遠藤 斗志也 所長(生命科学部 教授)に、同装置への期待と、タンパク質研究の魅力についてお話を伺いました。

京都産業大学に
クライオ電子顕微鏡があることの意義


「手元にあれば、もっとはやく研究が進むのに……」

遠藤斗志也教授

本学へのクライオ電子顕微鏡の導入は、いつ頃から準備をされてたんでしょう?

遠藤:クライオ電子顕微鏡自体は、10年くらい前から実用的に使えるようになってきました。クライオ電子顕微鏡の原理を発明した研究者にノーベル化学賞が授与されたのが2017年です。世界中でこの顕微鏡を使った成果もどんどん出てきて、やっぱり京産大にも欲しいねってことになり、それで各方面への働きかけや予算の獲得なども含め、数年かけて準備をしてきました。

京都産業大学にはクライオ電子顕微鏡を活用する研究者が多数在籍していて、研究実績もトップレベルとのことですが、本学の研究者たちはこれまでどこで研究されていたんでしょうか?

遠藤:国内のいくつかの国立大学や研究機関に共同利用できる拠点が作られていて、本学の研究者もこれまではそういった拠点で研究をしてきました。非常に高価な機械で、簡単に買えるものではありませんからね。

ただ、全国から研究者が数少ないクライオ電子顕微鏡に押し寄せるから、予約待ちの行列ができる(笑)。大学だけじゃなく民間の製薬会社などからの利用希望もありますしね。

撮影に時間がかかるのですか?

遠藤:撮影自体は全部がうまくいけば1日で終わってしまう感じですが、1回撮影すれば構造が全部わかる、というものでもなくて、撮影したデータがイマイチだと、もともとのタンパク質の精製方法や試料の調製方法を工夫して、改めて撮影する必要がある。様々な工夫や試行錯誤を重ねないと、良い画像データはなかなか撮れないんです。

オンラインの予約カレンダーがあるんですけど、使いたいと思っても1カ月先まで埋まっていたりする。1回の撮影だけでも、順番待ちの時間がそれくらいかかることもあるんです。

顕微鏡が手元にあれば、その「待ち時間」が無くなる?

遠藤:自由に使える装置が手元にあると、そういう待ち時間が、タイムスケール的には日〜週単位のオーダーで短縮できます。これまでは「顕微鏡を使うまでの待機時間」がボトルネックになっていたところが、大幅に改善されますから、測定はもう圧倒的に速く進みます。

今度は試料を作る段階、つまり準備にかかる時間が新しいボトルネックになってくるでしょうね。それくらい、研究を進める上での時間配分が変わります。

クライオ電子顕微鏡の威力

そもそも「電子顕微鏡」とは?

電子顕微鏡は、私たちが学校で使った光学顕微鏡と、どう違うのでしょうか?

遠藤:光学顕微鏡は可視光とレンズを使って、対象を拡大して観察しますよね。電子顕微鏡は電子線を使用します。電子の波長は非常に短いので、光学顕微鏡よりもはるかに高い分解能を持っていて、数㎚(ナノメートル)以下の細かい構造を観察することができます(図2)。
※1㎚は1㎜の100万分の1。

レンズとおっしゃいましたが、電子顕微鏡にもレンズはあるんですか?

遠藤:電子顕微鏡にはガラスのレンズはありません。電子は電荷を持っているので、電磁気的な「電子レンズ」を使っています。

普通の・・・電子顕微鏡は本学にもあるのでしょうか?

遠藤:本学には普通の電子顕微鏡もありません(昔はあったらしいですが)。ただ、いずれにしてもクライオ電子顕微鏡は、すごい威力をもった革命的な装置で、今までの電子顕微鏡ともレベルがまるで違います。

クライオ電子顕微鏡は、何がどうすごいのか

では、いよいよクライオ電子顕微鏡についてお伺いします。基本的なところからですが、サイズはどれくらい?

遠藤:高さ2メートル弱で、大きめの冷蔵庫くらいですかね。

意外に小さく、見た目は単なる箱ですね……。

遠藤:いえ、この箱の中に顕微鏡本体が収められていて、窓を開けて試料を入れるんです。これを専用の部屋に設置して、操作は隣の操作室からモニターを通じて行います(ThermoFisher社の動画参照)。

クライオ電子顕微鏡は、これまでの電子顕微鏡に比べて、どれくらいすごい?

遠藤:それでは、図3を見てください。

生物はみな細胞からできていますよね。細胞の大きさはだいたい0.01mmつまり10㎛(マイクロメートル/ミクロン)のオーダーです。細菌の細胞はその1/10くらいの大きさになります。このくらいの大きさだと光学顕微鏡とか卓上電子顕微鏡でも見える範囲です。卓上電子顕微鏡の電子線の強さは10kV(キロボルト)くらいで、昆虫の複眼や、植物の細胞なんかを見ることはできます。

でも、細胞の中の構造とか、細胞の中にあるタンパク質を見るには、この1/100とか1/1000の、㎚(ナノメートル)の単位にまで解像度を上げないといけない。さらにタンパク質の詳細な構造を見ようと思ったら、もう原子レベルに近い、0.2〜0.4nmくらいの分解能が必要です。それにはもっと大きな電子顕微鏡が必要になってきます。

ちなみに、X線回折とか核磁気共鳴(NMR)など、これまでの構造解析技術でも、このくらいの分解能で構造を決めることはできます。

でも、X線やNMRだと大きなタンパク質の構造は決めにくい?

遠藤:そうです。X線構造解析にはタンパク質の結晶が必要なんですが、巨大なタンパク質や膜タンパク質は結晶化が難しいんです。NMRはスペクトルの質に問題があって、やはり小さなタンパク質しか調べられない。結局従来の方法は原子レベルの分解能があっても、対象が大きくなると逆に手に負えなくなってくる。

クライオ電子顕微鏡だと大きなサイズも小さなサイズも見えるということですか?

最新型のクライオ電子顕微鏡だと、電子線の強さが200kV(上位機種だと300kV)もあって、解像度・分解能が桁違いですから、数十㎚くらいの大きさの分子でも、内部の詳細な構造が見えてくる。さらにクライオ電子顕微鏡を使ったクライオ電子線トモグラフィーという方法を使うと、もっと大きな構造、たとえば細胞の中のどこにどういうタンパク質があって、巨大なタンパク質複合体がどういう構造をしているのかといったことも見えるようになってきます(図3の赤色の両矢印が示す範囲)。

また、これまでの電子顕微鏡では、試料を真空の空間に入れないといけない。そうするとタンパク質の様にもともと水溶液中に存在する分子は立体構造が壊れてしまう。さらに強い電子線を当てると、タンパク質のような柔らかいものは壊れてしまって観察できなくなるんです。

ぐしゃっとなっちゃう?

遠藤:そう。材料や鉱物の研究とかならそれほど大きな影響はないと思いますけど、タンパク質は立体構造が壊れて形が変わってしまうと何を見ているのかわからない。だから立体構造を保った状態で観察できるようにしてあげなければならない。

凍らせて、見る

遠藤:そこで考案されたのが、‘氷’の中でタンパク質を見る方法です。タンパク質は細胞内の水溶液中にいるわけですから、水溶液ごと氷にして、そこに弱い電子線を当てて、見るという方法が開発されたんですね。

でも、ただ単に凍らせるだけだと、実は氷の結晶が成長するので、やっぱりタンパク質の形は壊れてしまいます。そうならないように、急激に冷やして、できるだけタンパク質の形を保ったまま電子線を当てて、その形を浮かび上がらせる、さらにその構造を画像処理で立体的に再構成する、という方法が考え出されたわけです。

「クライオ」というのは「低温」という意味ですね。

遠藤:はい。だからあえて日本語にすると「低温電子顕微鏡」かな。

マイナス何度ぐらい?

遠藤:液体エタンと液体窒素を使うので、-180℃から-196℃の範囲ですね。そのくらいで一気に冷却すると、氷の結晶が成長する隙がないから、タンパク質の形を壊さずに動きを止めることができるんです。

シャキーンと氷結(笑)

遠藤:タンパク質を凍らせた薄い測定用試料(グリッドと言います)を作って、顕微鏡に入れて電子線を当てる。そうすると氷の中にタンパク質分子がつぶ状に浮いて見える写真が撮れるんです(図4a)。写真自体は2次元なんですけど、分子はいろんな方向を向いているので(図4b)、あっち向いてるやつ、こっち向いてるやつをコンピューターで分類して、いろんな角度の像のデータを足し合わせていく。そうするとノイズがだんだん消えてきて、画像がはっきりと見えてくる。こうして得られた「いろんな角度から見た2次元の画像」から「3次元像」を再構成するわけです(図4c-d)。結晶と違って、氷の中でいろんな向きの像が見えることが逆に役に立つわけです。

こういうふうに再構成できるのは、やっぱり画像処理・計算技術の力、近年のコンピューターの性能の向上のおかげでもあります。

X線構造解析が主流だった頃の電子顕微鏡画像の分解能って、ボンヤリしていたんですよ。図5は最終的に私たちが高分解能のクライオ電子顕微鏡構造を決めたTOM複合体(ミトコンドリアの中にタンパク質を取り込む孔をつくっている膜タンパク質複合体)の構造の変遷ですが、2008年の時点で報告された構造は分解能が18Å(オングストローム)(図5上段)。こういう時代が長かったんですよね。当時は電子顕微鏡ではなく、私たちもなんとか結晶化させてX線で構造を調べようと一生懸命やっていたけど、なかなかうまくいかなかった。

そこにクライオ電子顕微鏡が登場する、と。

遠藤:タンパク質を凍らせて見るこの手法を考案したジャック・ドゥボシェ博士たちにノーベル化学賞が授与されたのが2017年で、その頃報告された構造の画像が図5中段。その後、画像処理技術も飛躍的に向上して、2019年の私たちの構造では分解能が3Å台になって、分子の詳細がしっかり見えてくる(図5下段)。どんどん分解能が上がっているんですよね。

ズームインしてピントが合っていく感じですね。

遠藤:クライオ電子顕微鏡という技術革新が起きて、生命科学の様々な問題が精密構造のレベルで解けるようになりました。

タンパク質が分かれば生命の仕組みが見えてくる

なぜタンパク質の研究が重要なのか

「タンパク質を研究してます」って言ったら、「お肉とか大豆の研究ですか?」なんて聞かれることもあると思います。生命科学におけるタンパク質研究の本質は、どういうところにあるのでしょうか?

遠藤:確かに、一般にタンパク質といった場合には、食品としてのたんぱく質(食品科学ではひらがな表記が普通です)を思い浮かべますね。食べたたんぱく質が、胃腸で分解されて、栄養になっていく。

私たちが研究しているのは、食べ物として摂るたんぱく質じゃなくて、細胞の中で働いているタンパク質のことです。

私たちの体を作っている分子の中で一番多くて、いろんな働きをしてるのは(水を除けば)タンパク質分子なんです。生命活動のほとんどは細胞の中でタンパク質が行っている。だからタンパク質の働きが分かると、私たちが生きている仕組みや、健康や病気の仕組みなんかが見えてくる。つまり生命科学を突き詰めていくと、タンパク質の働き方に行き着くわけです。

なるほど。でも脂肪とかカルシウムも体を形作っていますが、それじゃダメなんですか?

遠藤:もちろんタンパク質以外にも、細胞膜の成分である脂質、DNAの素材である核酸、それから、それこそ栄養のもとになっている糖質なども、生命維持にとっては大切です。金属イオンももちろん大事です。だけど複雑な仕事をするとなると、こういったものだけじゃ手に負えないんです。タンパク質は非常に大きくて複雑な分子で、特別な形を作っていて、いろんな性質を持っていて、それらが組み合わさって初めて、ミクロの世界で物を動かしたり、化学反応を触媒したり、電気信号を生み出したりと、いろんな働きができる。

生命体をうまく形作るには膜という仕切りをつくる脂質なんかももちろん大事ですけど、小さな分子とか単純な分子パーツの寄せ集めでは複雑なことはできない。そこで働くのは、メインはやはりタンパク質なんですね。

タンパク質とDNAの関係は?

遠藤:タンパク質の設計図がDNAです。DNAが集まったものをゲノムと言います。2000年前後に、ヒトのゲノムが全部解明されて、これはものすごい革命だった。「設計図が分かったぞ!」と。

ところが、設計図が分かっても、それからできるタンパク質が実際にどういう構造をしているのかは分からなかった。構造が分からないと働きもわからない。設計図は分かったけど、その段階で、ある意味(研究が)止まってたんです。

そこにクライオ電子顕微鏡が登場した。それともう一つはAIによるタンパク質の構造予測。この2つでもってタンパク質の構造の研究が加速度的に進み始めた。ゲノム革命から30年近く経って、設計図しかなかったものが、構造も全部立体的に見えるようになった。現代のタンパク質研究は「構造革命」の時代に入ったといえますね。

タンパク質研究は「何の役に立つ?」

——さて、その「タンパク質の形」が分かったとして、それが私たちの生活にどのように役立つのでしょうか?

タンパク質の形が分かると、その形に基づいて特定の分子がどのように結合するかが分かります。そうすると、例えば、悪さをするタンパク質があればその働きを制御できるようになる。病原体のタンパク質なら、その働きを止めることで、感染症を抑制することができます。実際、インフルエンザウィルスやコロナウイルスに対する治療法の開発にも、こうした技術が活用されています。タンパク質の形を理解することで、病気の克服や健康寿命の延伸に大きく貢献できるんですね。

さらに、タンパク質の形を変えて、新たな機能を持つタンパク質をデザインすることも可能になってきています。例えばプラスチックを分解するような、自然界には存在しない機能を持つタンパク質を人工的に作り出す研究も進んでいます。

——なるほど、タンパク質研究は、科学の探求にも、私たちの生活にも、ものすごく「役立つ」わけですね。

クライオ電子顕微鏡は誰でも使える?

共同研究、学生教育、企業連携、地域貢献に向けて

——クライオ電子顕微鏡は、日本で何台ぐらい稼働してるんでしょうか?

遠藤:旧帝大や国立研究機関にあるのを数えると、2025年時点で20台ぐらいですかね。私立大学でクライオ電子顕微鏡を設置しているところはまだほとんどなくて、関西圏の私立大学では本学が初めてだそうです。

——本学に設置されるクライオ電子顕微鏡は、学部生や院生でも使うことができますか?

遠藤:そこが大事なところですね、大学は教育機関ですから。私たちとしては、最新の研究機器に触れる機会を学生たちにもできるだけ与えたいと思っています。本学の生命科学部では、学部生は3年生の後半に研究室に配属され、4年生で卒業研究を行い、大学院に進学すると修士課程がありますが、現在でも4年生の段階でクライオ電子顕微鏡を使った研究を行っている学生もいて、(もちろん今は他大学の装置を使ってですが)実際に試料を撮影して、データを収集しています。

クライオ電子顕微鏡が本学に設置されれば、実際にこれを使った授業カリキュラムを学部段階から導入する予定です。そうすることで、研究の成果や機器の操作方法などを直接学生に還元できるようになりますよね。学部レベルでクライオ電子顕微鏡を使う授業を行える大学はあまりないはずです。こうした授業を行うことで学生が貴重な経験を積み、「この分野は面白い」と感じて、それで大学院に進学する人、研究者を目指す人が増えてくれたらうれしいですね。

また、民間企業でも現在ではクライオ電子顕微鏡を扱える人材を求めています。いくら装置が優れていても、それを扱える人がいなければ研究開発は進みません。単純な機械ではないので誰でもすぐに操作できるものではありませんが、教育を通じて学生たちがクライオ電子顕微鏡の原理を知り、その扱いを習熟すれば、就職機会の拡大や社会進出にもつながると思います。

そうした時のために、クライオ電子顕微鏡のオペレーション専任のスタッフを研究員・研究補助員の形で雇用して、またそういう人たちに学生をトレーニングしていただいて、学内のメンバーの多くが装置の操作を習熟できるようになる体制を、今後、整えていくつもりです。

——他大学や民間企業との共同利用については?

遠藤:せっかくこれだけのものが導入されるのですから、外部からの利用ももちろん歓迎します。実は京都地区にはあまりクライオ電子顕微鏡がありません。京都大学でも最近になってようやく導入されることになりましたが、それでもまだまだ足りない状況です。本学の顕微鏡もぜひ外部の方にも利用していただきたいと思います。

——近隣の高校生が体験的に使う、なんてことは?

遠藤:できないわけではありません。ただし、実際に測定するためには、きれいに精製したタンパク質の試料を準備する必要があります。良い試料があれば、グリッドを作ってすぐに測定できますが、この準備には何日もかかります。

もし高校生がこうした作業に挑戦したい場合は、事前に連絡を取り合いながら、「こういうふうに精製する」という指導を受ける必要がありますね。すぐにできるわけではありませんが、適切な指導を受ければ可能です。

サマースクールのような体験型プログラムを実施するのも一つの方法ですね。海外の大学ではよく行われていて、高校生が研究の現場を体験できる機会を提供しています。せっかく装置があるんですから、本学でも余力が出てくれば、装置を開放する機会を設けて、高校生や受験生に体験してもらうのもいいでしょう。

——タンパク質以外のものを見ることはできますか?たとえば隕石の組成分析とか。

遠藤:隕石にしろ何にしろ、とにかく試料を薄くしないといけません。電子線が通るためには薄い試料が必要です。これにはまた別の技術が必要なんですが、薄い試料を作ることができれば、細胞やタンパク質に限らず、様々な材料の測定に利用することができます。

——クライオ電子顕微鏡は危険ではない?

遠藤:電子顕微鏡自体は別に危なくはありません。普通の顕微鏡と同じで、試料を用意したらそれを入れて見るだけなので。

ただし、ウイルスが試料であれば、当然、適切な規制を設けて慎重に取り扱う必要があります。けれどそれは試料の扱いに関することであって、クライオ電子顕微鏡自体の危険性ではありません。

——雷が落ちたらどうなりますか?

遠藤:普通の建物の中に設置するので、特に心配はないです。停電対策は必要ですが。

クライオ電子顕微鏡に期待すること

「見えないものを見る」感動を

——遠藤教授だけでなく、生命科学部、そして大学全体が、クライオ電子顕微鏡がやってくるのを心待ちにしています。最後に改めて、タンパク質研究とクライオ電子顕微鏡の魅力を熱く語っていただけますか?

遠藤:やっぱり、「今まで見えなかったものが見えてくる」というのが一番の魅力ですね。これまで、いろんな実験から想像していたことが、実際に構造を確認することで「ああ、こういうことだったんだ」と腑に落ちる瞬間があります。逆に、今までの仮説と合わないことが出てくることもあるでしょうけれど、それもまた従来の考え方を見直す機会になります。構造が確認できることで理解がどんどん深まっていくのが嬉しいところです。

クライオ電子顕微鏡を使って研究している学生に感想を聞いてみると、「教科書に載っているようなことが自分の目で見えるようになり、非常に高揚した」という声が聞かれます。「見えないものが見えてくる」こと自体に感動があるんですね。

神山天文台は京都産業大学のシンボルですよね。天文台は遠く大きな宇宙にあって肉眼では見えないものを観測するための装置です。一方、クライオ電子顕微鏡は肉眼では見えない小さなタンパク質などを観察するための装置です。

天文台とクライオ電子顕微鏡の両方を備えることで、遠く離れた大きなものと小さくて見えないものの両方を観察することができます。見えないものを見る感動を、マクロとミクロの両方で体験できるのは、非常に素晴らしいことだと思います。

——昼間はクライオ電子顕微鏡で細胞の中身を見て、夜は神山天文台の望遠鏡で宇宙を見て、自分がその真ん中に、このスケールで存在するんだ、ということがリアルに感じられたら、それはすごい体験ですよね。

遠藤:そういった感動は、学生さんも、私たち研究者も、実は変わらないと思うんです。

——小惑星や彗星みたいに、新発見のタンパク質に発見者の名前が付くこともあるとか。

遠藤:タンパク質の機能を変えるような人工分子を設計したりしたら、名前をつけることもできますね。それが人類の共通の知識の財産に付け加わって、次の世代に受け継がれていく。研究がどんどん進んで、京産大からもそういうことができる人が出てきたら楽しいですよね(笑)。

遠藤 斗志也(えんどう・としや)

生命科学部 教授/タンパク質動態研究所 所長
1953年東京都生まれ。理学博士(東京大学)。群馬大学、名古屋大学を経て、2014年より京都産業大学に着任。ミトコンドリアに関わるタンパク質の構造・機能解析に長年取り組み、2016年に文部科学大臣表彰「科学技術賞(研究部門)」、2021年にはタンパク質科学分野における国際的な栄誉「ハンス・ノイラート賞」を受賞。現在も世界トップレベルの研究成果を発信し続けている。

制作・協力

聞き手・構成・編集
・神谷 俊郎(研究機構 特定専門員/URA)

企画
・広報部、研究機構

インタビュー協力
・津下 英明(生命科学部 教授)
・宇都宮 章尚(株式会社 海空)

編集協力
・川上 雅弘(生命科学部 准教授)
・杉森 一心、堀内 敬太、渡邊 大翔(生命科学部 四年次生)
・新開 絵梨佳(研究機構)

(このインタビューは、2025年4月16日に行われました)

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