中間選挙と「変わるアメリカ」 2022.10.31

アメリカでは、まもなく2022年11月の中間選挙を迎える。中間選挙は、4年に1度実施される大統領選挙の中間の年に行われる、連邦議会の議員・州知事・地方議員などの選出を目的とした選挙である。大統領にとっては、任期4年のうちの最初の2年間の政権運営に対する中間評価にあたる。一般的に、中間選挙では与党に逆風が吹く傾向が強い。選挙の結果、政権与党が連邦議会で多数派を構成できなければ法案の成立が困難となり、2年後の大統領選挙への影響も大きい。そのため、中間選挙はアメリカ政治において重要なイベントと位置づけられている。ここでは、中間選挙の重要な争点を含め、近年顕著となりつつある「変わるアメリカ」について注目したい。

1. インフレ問題

アメリカでは、2022年に記録的なインフレが進んだ。共和党は、物価高騰の原因がコロナ禍で拡大した民主党バイデン政権による巨額の財政支出の副作用であると糾弾する。これに対し、バイデン政権率いる民主党は、一層過熱する景気動向に歯止めをかけつつ、雇用情勢の改善という実績を強調し反論する。

伝統的に、アメリカの選挙における最も重要な争点は、経済問題とみなされてきた。今回の選挙でも、経済問題は最大の争点と位置づけられよう。とりわけ、記録的な資源価格の高騰は生活に直結する問題であり、有権者の関心は極めて高い。インフレ収束の見通しが未だ不透明な中では、有権者によるバイデン政権および与党民主党への審判は厳しいものにならざるを得ないものと思われる。その指標は、草の根レベルでの世論の意向が反映されやすい下院で、共和党がどの程度の得票差で過半数を奪還するかによって、明らかとなるだろう。

2. 中絶問題

2022年6月、連邦最高裁判所は、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド事件」判決を覆す判決を下した。具体的には、中絶の権利は憲法上保証されておらず、規制は各州の立法に委ねられるべきと判断した。

アメリカの連邦最高裁は、伝統的に保守的な判決を下す傾向が強かった。なぜなら、憲法に照らして政策や法が妥当か否かを見極める判決は自ずと保守的になりがちであったからである。

しかし、1950〜60年代のウォーレン・コート(アール・ウォーレン最高裁長官と最高裁判事からなる判事団)は、人種隔離政策などで、あえてリベラルな判決を下すことによって、アメリカの社会改革を先導した。この潮流に沿った判決が、「ロー対ウェイド事件」判決であった。

ところが、近年新たな判事の任命によって最高裁の保守化が進行した結果、今回中絶する権利を否定する判決が下されたのである。伝統的にアメリカの最高裁は、政治的に対立し解決が困難な争点について判断を下し、アメリカの政治・社会の安定化に寄与する重要な役割を担ってきた。だが、2022年6月にはニューヨーク州の銃携行規制法を違憲とし、同年7月には連邦政府による温室効果ガス排出規制権への制限を求めるなど、立て続けに従来とは異なる判断を下している。今回の判決によって、最高裁がもはやかつてのような重要な役割を果たせなくなっているのではないかという疑念が生じ、その機能不全が懸念されている。

もっとも、今回の予想外の判決は、この問題に敏感な民主党リベラル左派のみならず、女性や無党派層の注目も集めており、中間選挙での新たな重要な争点となりつつある。一方、共和党にとっては、逆風要因であり、この問題の争点化の回避に懸命に取り組んでいる。

3. 不法移民問題

一般に、アメリカは「移民の国」であり、移民に寛容な社会と受け止められてきた。しかし、トランプ前政権がメキシコ移民の強制送還という厳格な姿勢をとったように、近年アメリカでは不法移民に対する方針をめぐって対立が顕在化している。とりわけ増加しているのが、メキシコ経由でアメリカ入りを目指す中南米からの移民であり、ベネズエラの経済破綻などを理由に、長期間に及ぶ集団での移動が続いている。

このような状況に懸念を示し反発するのが、メキシコと国境を接するテキサス州やアリゾナ州、そして共和党が優勢なフロリダ州である。南部テキサス州のグレッグ・アボット知事は、ベネズエラ不法移民を移民に寛容な姿勢をとる北東部マサチューセッツ州(富裕層が多いナンタケット島)やニューヨーク州に長距離バスで移送するなど、具体的な行動に出ている。

もちろん、アメリカではこれまでにも不寛容な移民排斥の歴史が存在した。19世紀後半から20世紀初頭にかけてのアジア系移民(中国系・日系)に対する排斥が、州レベルから連邦レベルへと段階的に立法化されたことはよく知られている。その一方で、今日の不法移民問題は、かつての移民問題とは似て非なる分断社会の縮図の様相を呈しているとも言えよう。

4. 第三政党の出現—トランプ派の苦戦?

選挙戦も終盤にさしかかるなか、共和党穏健派支持層による民主党候補への期待が徐々に増大しているという見方もある。トランプ「信奉者」による極端な政策を嫌う兆候、すなわち「トランプ派疲れ」がその理由とされる。コロナ禍という過酷な状況を経験してもなお続く「分極化するアメリカ」への嫌気とでもいうべきか、コロナ後の挙国一致を重視するムードも一部で広がりつつある。

2022年9月、南部テキサス州において「フォーワード・パーティー(前進党)」が発足した。同党は、既成政党(民主党・共和党)間の対立を煽る姿勢を批判し、共通の課題を解決するために統合したリーダーの下で前進することを重視する。第三政党による影響の可能性は考えられるのだろうか。

アメリカでは歴史上たびたび第三政党が誕生してきたものの、必ずしも二大政党を凌駕する程の有力な勢力とはなりえなかった。その一方で、第三政党の出現が既成政党の政策方針の修正を促すなど、結果的にそれなりの影響力を与えてきたことは否定できない。特に二大政党の勢力が選挙で拮抗した場合に、第三政党が決定権を握るケースが散見された。19世紀後半の「人民党」や20世紀初頭の「革新党」、第二次世界大戦後の「リバタリアン党」など、いずれもアメリカ政治の動向を左右する要因となった。第三政党の台頭が、分極化したアメリカを解消する一処方箋となりうるのか、「フォーワード・パーティー(前進党)」の今後の動向が注目される。


以上に見たように、現代アメリカには「変わるアメリカ」(特に大きな変化)の様相が散見される。バイデン大統領率いる民主党の勝利か、それとも共和党(特にトランプ派)の善戦か。それが明らかになることで、2年後の大統領選挙の姿もある程度輪郭を示し始めるようになるであろう。中間選挙の結果は、バイデン政権の政策上の優先順位に影響する。その影響は、アメリカの内政のみならず、ウクライナ戦争への対応や米中の覇権争いなど、対外政策にも必然的に波及するに違いない。

アメリカは、日本にとって最も重要な同盟国であると同時に、世界情勢を大きく左右する存在でもある。われわれは、アメリカの動向を長期的な視点を持って引き続き注意深く見守りつつ、自らの方向性を探っていかねばならない。

高原 秀介 教授

アメリカ外交史、日米関係史、アメリカ=東アジア関係史

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