パラオ共和国ウィップス大統領から学生の皆さんへメッセージ 2022.11.17

パンデミックの苦境から立ち直ろうとする観光立国

パラオでもガソリン価格を含め物価上昇に直面している(筆者撮影)
観光立国であるパラオ共和国は、2020年に新型コロナウイルス感染症が世界規模で拡大すると、観光活動が事実上停止となったことから経済的に厳しい状況に置かれ続けてきた。パンデミック以前のパラオは、年間8万人から16万人(2010年~2019年の期間の各年)といった規模で外国からの訪問者があったが、その数は、2020年は約4万人まで減り、2021年には約3400人まで激減した(Republic of Palau National Government 2022)。仮に感染症が一気に流行すれば、小国であるパラオの医療体制を崩壊させてしまう事態を招くことが懸念され、パラオは手堅い入国制限を課して、海外からパンデミックの手が伸びてこないよう備えた。

これまで継続的に数多くの観光客を送り出してきた日本や台湾では、訪問先や帰国後の検疫(隔離)措置が課せられたことから、一般の人々が海外旅行に行くこと自体が困難となった。そのため外国人観光客がパラオを訪問することはなくなり、観光関連の事業者は活動停止状態となった。パラオでは国内総生産(GDP)成長率が2020年はマイナス9.7%、2021年はマイナス17.1%(Asia Development Bank 2022)となり、経済的に深刻な打撃を受けた。日系の観光関連会社(現地ツアー会社)では従業員数を縮小し、日本人従業員の多くは日本に帰国し、すでに別の仕事に就くなどしている。レストランや小売店も閉店を余儀なくされたところもあった。

2022年に入ると、オミクロン株の流行に合わせるかのようにパラオでも陽性確認者数が上昇したが、死者や重症者は限定的であった。パラオ政府は段階的に入国の要件を緩和し、7月になると日本側でもパラオに対する感染症危険情報がレベル2(不要不急の渡航は止めてください)からレベル1(十分注意してください)に引下げられたため、日本からの観光客の渡航も制度上は容易になった。2022年9月までの訪問者数は同年1月からの合計で9千人台と前年より増加したが(Republic of Palau National Government 2022)、観光客が少ない状況は続いたままである。日本とパラオとの行き来に大きな障壁は無くなったが、観光客は増加していない。

大統領からのメッセージ

こうした困難な状況から脱却しようとしているパラオを、2022年8月下旬に筆者(三田)は訪れた。観光客がほとんどいないパラオの状況を観察するとともに関係者からお話を伺った。その中から、スランゲル・ウィップスJr.パラオ共和国大統領のお話を紹介する。インタビューでの話題は多岐にわたったが、パラオと日本との関係性について話していただいた部分と、日本の学生へのメッセージを掲載する。
※インタビューで使用した言語は英語である。日本語翻訳は要旨であり、元の発言のままで分かりにくい部分は筆者が意訳・補強している。

三田:これからの日本との関係についてはどのような展開を考えていますか?

ウィップス大統領:日本は素晴らしいパートナーです。日本とは人物交流が盛んに行われてきましたし、これまでのインフラストラクチャー開発やコロナ禍における保健分野においても、パラオを支援してくれています。JICA ボランティアのプログラムは素晴らしいものです。パラオに来るボランティアの人々は、例えばパラオの教育システムや医療システムを支援し、その専門知識を使って開発を推進してきました。最近、JICA の新事務所開所式で聞いた素敵な話ですが、以前パラオでJICAボランティアとして活動されていた方が、パラオに戻ってきてエアコンのメンテナンス会社を立ち上げることを計画しているそうです。私たちが共に成長できるように、こうした産業を発展させていく必要があります。

日本からの支援はこれからも必要ですが、専門知識も必要です。米国との自由連合協定の関連で経済諮問グループが設立されました。諮問委員には、エコノミストのジェームズ・ガルブレイス博士を任命しました。同時に、日本からも吉野直行博士にチームの一員として参加を願いしました。米国側からはさらに 2 名が参加し、私たちを支援してくれています。パラオが抱えている課題を解決するための検討をすすめてもらい、最終的にパラオにおける人々の生活水準向上につながればと考えています。その諮問委員に日本人の学者が含まれていることに私は大いに期待します。吉野博士は信託会社の設立、銀行の問題といったことに目を向けています。今パラオにはさまざまなアイデアが必要であり、私たちが抱えているこれらの問題にどのようにアプローチして解決するかが重要です。

私たちは米国、日本、台湾との強力なパートナーシップにより、この危機を乗り越えることができると確信しています。私たちには助けが必要であり、特に今、私たちにとっての最大の助けとなることは日本人観光客がパラオに来てくれることです。 COVID以前から私たちは多額の融資を受けてきました。例えば、空港拡張、下水道整備、光ファイバーケーブル整備といったことのためにです。しかし残念ながら、私たちは「高所得国」に分類されています。そのため、返還義務のない援助の対象にはならないと言われてしまいます。そうなるとこのように借款に頼ることになりますが、それが私たちにとって負担になっています。つまり、各機関は、「一人当たり」の数値だけを見ていますが、パラオの経済は全体として非常に小さいので、そのような基準を用いることは公平ではないと考えます。私は国連と一緒に取り組んでいることの一つにMulti-Vulnerability Index(複合的脆弱性指数)を作成しています。GDPだけでは本当の状況は測れるものではないのですから。

三田:日本人観光客を呼び戻すための具体的な戦略はありますか?

ウィップス大統領:第一に、私たちが必要としているのは直行便です。私は来週 9月 7日に日本に行きます。その時にお話をしたいことは、日本からパラオへの直行便についてですANA、JAL、スカイマーク、あるいはユナイテッド航空でもよいでしょう。日本からの直行便が開設されることが最も重要なことです。日本のツアー会社の活動が元に戻り、人々が自信をもって旅行できるようにしなければなりません。

私たちは日本人観光客がいなくて寂しく思っています。日本から来る人には、パラオが日本と共有していることの一つに私たちの言語があることを知ってもらいたいと思います。私たちの言葉の中で、例えばsenmong(せんもん)という言葉はパラオ語となっています。Skoki(ひこうき)、sidosia(じどうしゃ)などもあります。これらは私たちが日本統治時代に学んだ言葉です。パラオ語の語彙の一部となっている日本語の単語は 5,000 を超えると思います。日系のパラオ人もたくさんいると思います。

「自由で開かれたインド太平洋」において、日本とパラオは同じ価値観を共有していると信じているので、日本の艦船がパラオを訪問したことを嬉しく思います。私たちは日本の艦船にこれからも訪問してほしいと考えています。艦船の乗員がパラオに上陸することで、私たちの経済にも役立ちます。パートナーシップを構築し、できれば強力な経済を構築するために、さまざまな方法を試す必要があります。

ウィップス大統領(左)と筆者(右)
三田:最後に、私の学生たちに向けて直接メッセージをいただけますか。来年度、パラオにいて学生のインターンシップや短期の訪問プログラムなどを始める予定です。

ウィップス大統領:第一に、時間を割いてパラオに来てくれた三田博士に感謝します。私たちは日本との長い関係のおかげで、野球や水産業などについて教えてもらいました。私たちは、日本の皆さんがパラオに来て人々との交流を築くことで、強い関係を築きそれを育み続けたいと思っています。パートナーシップを結び、皆さんが知っているテクノロジーやアイデアを共有しあうことで成長できるからです。私たちには非常に多くの類似点や遺産があります。ぜひパラオにお越しください。そして、そうした活動をすることで、人々との間に強力で永続的なパートナーシップと友情を築くことができます。パラオで皆様とお会いできることを楽しみにしております。

三田:素敵なメッセージをいただき感謝いたします。

ウィップス大統領:どうも、ありがとう、ございました。(日本語で)

ウィップス大統領の来日

このインタビューの1週間後の2022年9月、ウィップス大統領が来日し、各メディアがその様子を報じた。2021年に大統領に就任して以来、初めての来日であった。ウィップス大統領は岸田首相と会談した。会談の要旨(外務省 2022a)によると、大統領と首相は、二国間の協力関係の継続や進展、太平洋島嶼国との関係強化、国際情勢に関する認識の一致といったことについて確認しあった。この会談に基づき「日・パ共同声明」(外務省 2022b)が出された。

大統領は閣僚4人とともに来日したが、今回の滞在中に、閣僚は日本の大使や大臣との間で、パラオへの支援「送電網整備計画」の交換公文や、交通・観光分野に係る協力覚書を取り交わした(外務省 2022a)。パラオ政府要人の訪日により、両国の協力関係が大きく前進した。また天皇陛下はウィップス大統領に初めて会見し(NHK 2022)、両国間の関係は、前レメンゲサウ政権に続いてウィップス政権でも確固たるものであることを両国の市民に印象付けた。

この滞在中にウィップス大統領と閣僚は、笹川平和財団が主催したパラオ共和国大統領来日記念国際シンポジウム「持続可能なブルーエコノミーの推進に向けて:パラオにおける課題と展望」(2022年9月9日)に、パラオ議会議員4名とともに参加した。このシンポジウムでは、パラオの「ブルーエコノミー」への展望について、海洋資源や経済開発、廃棄物等に関して大統領や閣僚・議員からの話を直接聞くことができる貴重な機会でとなった。学生の皆さんには、このシンポジウムの動画でさらにパラオのことを学ぶ機会としていただきたい(spfnews 2022a, spfnews 2022b)。

笹川平和財団シンポジウム動画リンク

spfnews (2022a). 「パラオ共和国大統領来日記念国際シンポジウム「持続可能なブルーエコノミーの推進に向けて:パラオにおける課題と展望」(2022年9月9日)」.

(日本語版).(最終アクセス日:2022年11月9日)

spfnews (2022b). Intl. Symposium “Sustainable Blue Economies -Challenges and Future Perspectives for Palau” (Sept. 9) 

(英語版)(最終アクセス日:2022年11月9日)

ジェリーフィッシュレイク(写真:左)の稀有な生態系やロックアイランズ(写真:右)はパラオの有用な観光資源(2022年8月筆者撮影)

参考文献

 

三田 貴 教授

政治学(未来学)、オセアニア地域研究、国際協力論、共生社会

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