【生命科学部】ボルボックス目藻類の多細胞化進化とレイノルズ数の連関を発見

京都産業大学 生命科学部の若林 憲一教授、法政大学 自然科学センター・法学部法律学科の植木 紀子教授の研究グループは、緑藻綱・ボルボックス目に属す生物種が、急に強い光を浴びたときの繊毛運動の反応の様式が4パターンに分類され、さらにそのパターンが系統関係よりも流体環境を示す指標「レイノルズ数」によって分類できることを見出しました。この発見は、繊毛運動調節異常を伴うヒト繊毛病の理解のほか、マイクロマシンの設計に貢献することが期待されます。

背景

ボルボックス(図1の右2つ)は、教科書のカラー口絵にも掲載される、人気のある植物プランクトンの一種です。ボルボックスが属す緑藻植物門・緑藻綱・ボルボックス目(図1)にみられる多細胞性の生物群は、単細胞緑藻クラミドモナス(図1左端)に似た祖先単細胞が多細胞化によって進化してきたと考えられています。生物の進化の歴史は、通常は化石を使って研究されます。しかし、ボルボックス目の生物は、2億年前という比較的「最近」多細胞化を始めたため、4細胞のテトラバエナ、16細胞のゴニウム、そして最大数万細胞からなるボルボックスなど、多様な細胞数の生物が現存しています(図1)。現存生物によって多細胞化進化の歴史を紐解くことができるというユニークな特徴から、「タイムマシン生物群」と呼ばれることもあります。

ボルボックス目の生物種は、1細胞につき2本生えている繊毛※1を使って泳ぎます。そして、その多くは、閃光を浴びると一時的に繊毛の運動様式を変化させて、遊泳を停止します(光驚動反応と呼ばれます)。これは、急激に強い光を浴びて、光合成装置が障害を受けることを避けるための行動だと考えられています。研究グループは、これまで、単細胞のクラミドモナスや、4細胞のテトラバエナ、そして大型のボルボックスのそれぞれで、閃光を浴びたときの繊毛運動様式変化が異なることに見いだして、その多様性に興味を持ちました。

研究成果

今回の研究では、ボルボックス目に属す、多様な細胞数の27系統が、光驚動反応を示すと期待される閃光を浴びたときの繊毛運動様式の変化を網羅的に解析しました。その結果、ボルボックス目藻類が閃光を浴びた時の繊毛運動様式は、4つのパターンに分類できることがわかりました(図2)。①波形変換、つまりクラミドモナスのように繊毛の打ち方を変えて一時的に後退遊泳するもの。②変化なし、つまりテトラバエナのように、閃光を浴びても特に運動変化を見せないもの。③運動停止、つまり前方の細胞の繊毛運動が一時的に停止し、個体全体も停止するもの。④運動方向逆転、つまり前方の細胞の繊毛運動が、波形はそのままに、一時的に運動方向を逆転させ、個体全体も停止するもの。興味深いことに、この4つのパターンは、遺伝子解析からわかっている系統とは一致せず、ボルボックス目の中で互いに近縁な種が、必ずしも同じパターンを示すわけではありませんでした。
しかし、別の指標から見てみると、このパターンに法則性が見えてきました。それが、生物が置かれている流体環境を示す「レイノルズ数」※2という概念です。レイノルズ数とは、運動している物体の慣性力※3を、その物体が受ける粘性抵抗※4で割った値です。たとえば、車は急に止まれません。これは、車が、空気抵抗よりも慣性力が大きい、つまりレイノルズ数が大きな環境にいることを示します。一方、微生物は、レイノルズ数が微小な環境、すなわち、水の抵抗が大きく、慣性力がほとんど無視できる環境に棲んでいます。運動を止めればすぐ停止しますし、後ろ向きの力を発生させればすぐに後進します。
ボルボックス目の27系統の生物について、それぞれの生物の大きさと遊泳速度からレイノルズ数を算出すると、4つの繊毛運動変化パターンは、その系統ではなく、概ねレイノルズ数の変化に応じて変化していることがわかりました(図3)。すなわち、単細胞性の小さなクラミドモナスは、レイノルズ数が約0.001と、慣性力がほぼ無視できる流体環境におり、①繊毛波形変換によって後退遊泳することができます。多細胞化により少し大きくなったグループは、③前方の運動を停止させます。レイノルズ数は0.01〜0.1程度と、慣性力の影響が比較的小さい流体環境のため、後方に推進力が残っていても、個体は停止することができます。ところが、さらに大きくなり、レイノルズ数が0.1を上回るグループは、④前方の繊毛運動の方向を逆転させる、いわば「逆噴射」しています。これは、大きくなったことで徐々に慣性力が無視できない流体環境で生息することとなったため、閃光を浴びたときに急速に停止するために獲得した形質であると考えられます。また、②の特に変化のないグループは、おそらく①、③、④とは別の生存戦略をとっていると考えられます。
同系統の生物は、基本的には大型化進化の道をたどると考えられています。微細藻類の場合、多細胞化=大型化に伴い、周囲の流体環境が大きく変化するため、小さな祖先種が持っていた繊毛運動変化の形質をそのまま受け継ぐだけでは、光驚動反応のような重要な行動を示せなくなります。大型化に伴う流体環境変化(慣性力の増加)に適応するかたちで、ボルボックス目藻類は異なる繊毛運動変化パターンを獲得していったと考えられます。

今後の展望

本研究で、ボルボックス目の藻類が、多細胞化進化の過程で変化する流体環境にどのように適応してきたのか、その一端を明らかにすることができました。今後は、同じ繊毛という器官が、異なる運動様式変化を示す分子機構の解明が重要課題になります。このことは、ヒト原発性不動繊毛症候群の発症機構の理解に貢献すると期待されます。また、現在、広い分野で、小さなサイズの機械(マイクロマシン)の開発研究がされています。本研究の成果は、そうした小さな機械を操るのに必要な、サイズに応じた適切な運動調節システムを、バイオミメティクス(生物模倣)※5的に提案することにつながります。

用語・事項の解説

※1 繊毛・鞭毛
真核細胞から生える、毛状の細胞小器官。動くものと動かないものがあるが、動かないものを一次繊毛と呼び、単純に繊毛・鞭毛と呼ぶ場合は動くもの    であることが多い。長さや本数によって繊毛と鞭毛は呼び分けられるが、相同の器官であるため、近年、繊毛と用語統一される動きがあり、本稿もそれに従う。

※2 レイノルズ数
流体力学の概念であり、慣性力を粘性抵抗で割ったもの。

※3 慣性力
物体がそのままの状態(静止または等速直線運動)を続けようとする性質を慣性とよぶ。物体に力が加わって加速したり減速したりする時に、その物体がもとの状態を保とうとする力を慣性力とよぶ。

※4 粘性抵抗
物体が液体や気体の中を動くとき、その物体が液体や気体から受ける抵抗力。

※5 バイオミメティクス(生物模倣)
生物の構造や機能を模倣して、新しい技術や製品を開発する科学技術。(たとえば、蓮の葉の表面構造にヒントを得た撥水素材や、サメ肌の表面構造にヒントを得た水の抵抗の少ない水着など。)

論文情報

論文タイトル Multicellularity and increasing Reynolds number impact on the evolutionary shift in flash-induced ciliary response in Volvocales(多細胞化とレイノルズ数の増加がボルボックス目緑藻における閃光誘発繊毛運動調節の進化的シフトに与える影響)
掲載誌 国際学術誌 BMC Ecology and Evolution(Impact Factor: 2.3)
掲載日 2024年9月24日(日本時間)
著者 (1筆頭著者、2責任著者)
1,2Noriko Ueki and 2Ken-ichi Wakabayashi
DOI 10.1186/s12862-024-02307-1

謝辞

本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金(19K23758, 21K06295, 22H02642, 22H05674, 22H01440, 23K22711, 23K18136)、大隅基礎科学創成財団(2-G0008)、人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンスの支援を受けて実施しました。

参考図

図1. ボルボックス目の藻類のいろいろ。ボルボックス目の多細胞化は、約2億年前という比較的「最近」始まり、徐々に細胞数を増やしていったと考えられている。これらの多様な細胞数の種は、段階的な多細胞化進化の歴史を反映するモデル生物群として注目されている。どの種も、1つの細胞に繊毛を2本と、光受容器官である眼点を1つ持ち、水中を遊泳する。
図2. ボルボックス目の26種27系統が閃光を浴びた時の繊毛運動変化は、4パターンに分類された。
図3. レイノルズ数と繊毛運動パターンの連関。ボルボックス目に属す生物のレイノルズ数が多細胞化によって上昇するにつれて、繊毛運動パターンが1から4へと変遷することがわかった。(参考:S. Childress & R. Dudley 2004; K. Ishimoto 2012; 石本健太『微生物流体力学』2022)
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