星をむすぶ物語 創設者 荒木俊馬と小さな研究者

朝日新聞掲載 第1話 2019年8月31日 第2話 2019年9月15日 第3話2019年9月28日

「光より早くすすむと物体は消えるのですか?」 「光より早くすすむと物体は消えるのですか?」
第1話 はじまりは一通の手紙から。

今から40数年前のある日、京都産業大学創設者・荒木俊馬のもとに一通の手紙が届いた。
「突然お手紙してすみません。私は今、中学二年生です。」
大学教授に中学二年生の少女が手紙を送ってくるとは、珍しいことだ。
荒木は宇宙物理学者であり、当時すでに多くの学術書を出版する天文学の権威だった。
少女は荒木の著書である『大宇宙の旅』を読み、質問の手紙を送ってきたのだった。
『大宇宙の旅』は天文学の専門知識を子どもでも読みやすいよう、工夫して編まれた本だ。「宙一くん」という一人の少年の冒険物語の形をとっている。
少女の手紙にはいくつかの質問が並んでいた。
「光速より速く進んだら時間は逆戻りするとは本当なのですか?光速を超えると過去が見えるというけれど、その過去を見ている間の時間はどうなるのでしょう。時間とは、いったいなんなのですか?」
「『宇宙の広さに限りがあるけど、はてはないかもしれない』というのは、どういった意味なのですか?」
少女の質問は、宇宙の成り立ちの不思議さをとらえたものだった。自分がわからないと思うことを言葉にするのは、大人でも難しいことだ。きっと何度も本のページをめくり、自分なりに考えをめぐらせたのだろう。
疑問は、研究の出発点だ。だから疑問は科学を進歩させる。
小さな研究者に返事を書こうと、荒木はペンを執るのだった。


「ギモンは、科学を進歩させるといいますから」 「ギモンは、科学を進歩させるといいますから」
第2話 小さな研究者からの、2通目の手紙。
 

ほどなくして、荒木のもとに少女から2通目の手紙が届いた。「私みたいな、見知らぬ中学生にお返事をいただきありがとうございました。」
そこには、荒木が示した答えに対して彼女がどういう理解をしたか、ていねいに書かれていた。
「光速よりも速く進めば時は逆もどりするけれど、実際にそういうことはできないんですね。宇宙には広さに限りがあるけど果てはない、というのもだいたいわかりました。でも新しくわからないことも出てきて…」
一つの疑問を解決すると、また新しい疑問がわいてくる。そんな彼女の“知りたい”思いが伝わってくるような内容だった。
手紙は、こう続いていた。
「私は天文学の本は大好きですけど、天文学者になりたいわけではありません。文学も同じくらい大好きですし、物理や化学についての本も読んでいます。今は手当たりしだい読んでいるんです。でもやっぱり天体はおもしろいし、星空も飽きません。」
彼女にとって、世界は知りたいことで満ちているのだ。学びとは、まさに彼女がそうであるように、多様な世界に目を向け、興味をもつことから始まるものだと荒木は考えていた。
「お返事ありがとうございました。このことを、これからの勉強に役立てます。だってギモンは科学を進歩させるといいますから……。」
荒木は、ふたたびペンを執ることにした。そして荒木と少女はこの後も、数回手紙のやりとりを続けることになる。


「会ってみたいなあと思い、お手紙しました」 「会ってみたいなあと思い、お手紙しました」
第3話 学びがむすんだ、小さな研究者と学者の出会い。
 

「このあいだのお葉書の中に『修学旅行で会えるかもしれませんね』とかいてあったので、またお手紙することにしました。」
春先に届いた少女からの手紙は、そんな書き出しから始まっていた。荒木は、手紙をやりとりするなかで彼女の修学旅行先が京都だと知らされていた。
「あつかましいんじゃないかとずっと迷っていましたが、せっかく行くんだから会ってみたいなあと思い、お手紙しました。」
少女の手紙には、修学旅行の行程が細やかに記されていた。

荒木が少女と交わした手紙のうち、残されているのは、ここまでだ。荒木自身は多忙のため少女に会うことができなかったが、荒木の妻が宿を訪れ、少女と語りあうことができたという。

少女の“新しいことを知りたい”という思いが、学者である荒木との縁をむすび、彼女の成長をうみだした。そんな「むすんで、うみだす。」精神は、今も京都産業大学に生きている。
神山天文台の研究者が参加して提案した世界初の彗星探査方法が、欧州宇宙機関(ESA)の新しい探査計画として唯一採択されるなど、画期的な研究を推進し成果をあげている。
それら先端の研究もすべて、学生や研究者たちの“知りたい”という強い思いから生まれたものだ。
次に新しい何かをうみだすのは、そんな好奇心を持って学ぶ、あなたかもしれない。

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