入賞

「10年後の自分へ、大学4年生の僕から・・・。」

経済学部経済学科4年次 松井 智弘(まつい ともひろ)

審査員講評

 「10年後の私」を思い描くこと、これが今年のテーマである。今年は本学創立40周年にあたるので、創立50周年を迎える2015年に、今回応募された作品を応募者に送り届けることになっている。本作品はこの仕掛けを利用して、「10年後の自分へ」この作品が送り届けられることを織り込んだ上での内容となっている。21歳だから書けるラブ・ストーリー。切なくて心ふるえる、甘美な恋い。想像するだけでわくわくする純な心。心ときめく恋の冒険。10年後には、もうそんな青春をしていないかもしれない。日々の仕事に追われて、くたびれているかもしれない。そうであって欲しくない。そんな願いが伝わってくる。このメッセージが10年後に届くとき、青春の心を再び喚起することは確かである。

作品内容

「10年後の自分へ、大学4年生の僕から・・・。」 松井 智弘

 10年後、31歳・・・。きっと来年の春から入社する銀行で朝から夜まで頑張って仕事をしているだろう。会社という組織に入るからには「男として常に上を目指したい」というのがいまの率直な気持ちだから、10年後、そしてもっともっと先には会社を動かしていける、そんな銀行マンになるためにしっかりと足場を固めているはずである。
 仕事をすることは生きることにおいてとても大切なことだ。でも、僕がそれより大切にしたいもの、それは家族・・・。
 「なぜ仕事をするのか?」と質問されたら迷わずに「愛する家族のため」とこたえる。共感してくれる人はあまりいないかもしれないが、奥さんや子供がいてくれたらそれだけで毎日の仕事を頑張れる。だから、早くそんな女性に出会いたい。そう、男には珍しく結婚願望が強いのだ。愛こそすべてなのである(笑)

 今年の夏、はじめてそんな女性に出会うことができた。

 学生生活最後の夏、どうしてもやりたかったこと・・・。それは、民宿でのアルバイト。いままで、牧場でのアルバイトや青春18切符での日本一周の旅などいろいろなことをしてきたが、民宿でのアルバイトは僕にとって特別な意味をもっていた。
 中2のときにやっていた「ビーチボーイズ」というドラマ。自分もいつかテレビの中の反町や竹野内のようにあんな熱い夏を過ごしてみたい!とずっと考えていた。

2005年夏、念願叶ってそれが現実のものとなった。

 7月23日、周りのみんなに先立って夏休みを迎えた。民宿のある千葉県・岩井まで鈍行列車で約10時間(笑)しかし、運悪く目的地である岩井駅の3駅前で千葉県北西部地震発生。電車の中に4時間も缶詰状態に(痛)その後も電車が動く気配はなく、民宿のおじさんに車で迎えにきてもらった。
初日から波乱の幕開けとなった・・・。

 次の日から熱い×2夏がはじまった。民宿での主な仕事は、食事の準備と民宿の掃除、民宿のじいちゃんが経営するラーメン屋の手伝いである。
 大ヒット韓国映画「マラソン」主演のチョ・スンウそっくりの高校1年生の谷、そしてカッター(カッターとは艦船に積み込まれる大型のボートのこと)でインターハイにも出場した加藤あい似のイケメンマッチョの高校3年生のあいちゃんの2人が民宿での相棒だ。

 千葉県・房総半島にある岩井海岸から徒歩1分のところに民宿はある。民宿といっても営業しているのは夏限定で、お客の大半は東京都からやってくる臨海学校の小学生だ。この民宿に決めたのは、大学で教員免許を取得し「教師もいいな」と思い、小学生と接することでなにか新しい発見や変化があればと思ったからだ。

そして、この民宿でひと夏の恋をした・・・。

 民宿では2日おきに新しい小学校が入れ違いでやってくる。その日、初めてその人を見たときの印象は「とにかくかわいいなぁ」だった。卒業アルバムの写真を撮るカメラマン?カメラウーマンなのかな?と思っていたが、先生だった。
早くも、谷とあいちゃんの3人で「あの先生いくつなんだろう?」と論争が(笑)
その小学校のベテラン先生に、
「あの先生いくつなんですか?」
 思い切って聞いてみた。
「紹介しようか」
最初は半信半疑だったけど、本当にその先生を呼びにいって紹介してくれた。
教員になって2年目の笑顔がとびきりにかわいい保健の先生だった。

 僕たち3人はバイトの休憩になると、海に行ってはビーチフラッグやラグビー、プロレスをして遊んだ。
臨海学校で小学生は主に海で泳ぐ。先生は海辺で陸上監視していた。「先生は彼氏いるんかな?」そのとき心は揺れていた。
陸上監視をしている先生に勇気を出して聞いてみた。
「先生、彼氏いますよね?」
先生は笑いながら、
「秘密です」
「え〜、ほんとはいますよね?」
もう1度聞いてみた。
「秘密です」
でも、その返事がどういう意味なのかはわかっていた・・・。

 その夜、0時近くまで民宿の庭で椅子に座り悩んだ。なぜなら、今日で先生は東京へ帰ってしまうからだ。「とにかく後悔だけはしたくない」と告白する決意をした。
先生の部屋へ続く階段はとてもとても長く感じた・・・。階段を上りきってもなかなか最後の一歩が踏み出せないでいた。そうこうしていると、歯磨きをしていた先生が部屋から出てきた。
「あ、あの・・・。簡単に言うと惚れました。先生、やっぱり彼氏いますよね?」
「はい」
予想通りの返事だった。でも、自分の気持ちを伝えられたことで少し心の中がスッキリした。不思議と涙はでなかった。そのあと、夜風で頭を冷やし眠りに就いた。

次の日の朝食の時間、先生となんとなく気まずい雰囲気だった。それでも、先生が気を使ってくれていたのがわかった。
「昨日は急にごめんなさい、気をつけてお帰りください」
先生は笑顔で、
「ありがとうとございます」
 少し雰囲気が和らいだ。
朝食が終わった後にも、
「なぜ小学校の教員になろうとしたのか?」
「教員になってよかったと思うことは?」
「小学校の教員の夏休みは?」
など、たくさんお話を聞くことができた。

帰りのバスの駐車場までの道、最後の質問をした。
「大学生活でやり残したことはなんですか?」
いま4年生の僕は残りの学生生活でなにをやり残したのか?なにがしたいのか?まだわからないでいた。
「遊ぶことです」
 そして、東京へ帰っていった。
残りの大学生活とにかく遊ぶべし(笑)

 民宿に戻って誰もいなくなった先生の部屋の前に立ったとき、急に涙が溢れてきた・・・。このとき「真剣に先生のことが好きだったんだ」と再確認した。
この小学校が民宿の今年最後の小学校となった。

そのあとも3人の熱い夏は続いた・・・。

8月18日、ビーチボーイズ最終日。あまり眠れなくて5時前に目が覚めた。25日間の民宿のアルバイト、見慣れた岩井の海とさよならするのはちょっぴり寂かった(涙)

帰りの電車の中、民宿での出来事を思い返した。真っ先に思い出したのは先生のこと。そのとき「もう一度会わなければ一生後悔する」と思った。

東京駅から山手線で上野駅へ。上野といえば浅草寺、平日だというのにとても賑やかだった。マッチョな外人さんがたくさんいて、本当に日本なのか?と目を疑った。浅草寺はどことなく京都に似た雰囲気があり、少し懐かしさを感じた。

 小学校までは上野駅から歩いて1時間くらい。場所がなかなかわからなくて迷ったけど、なんとかみつけることができた。そして、自分の中にあるありったけの勇気を絞りだして小学校の玄関をくぐった。職員室へ行き、
「○○先生はみえますか?」
帰ってきた返事は、
「○○先生は今日は休みです」
 この日先生は休みだった…。先生に会えなくて残念な気持ちと、先生がいなくてほっとした気持ちとが交錯していた。
 いまの自分の気持ちとメールアドレスを書いた手紙、民宿にいたときに買ったお気に入りの「届かなかったラヴレター2」という本を先生の下駄箱に託して帰った。
 その瞬間、まさにひと夏の恋が終わった・・・。
 3日後、先生からメールが届いた。手紙にメールアドレスを書いておいたものの、まさかメールがくるとは思っていなかった僕は泣きそうになった。「本をありがとうということ、民宿で僕が告白したときは本当にびっくりしたこと、おすすめの本を送るから住所を教えてください」とのことだった。
 その2日後、本と手紙が届いた。手紙には「社会人になると時間のなさ、時間の速さに驚かされること。是非、色々なことにチャレンジしてください」とのことだった。何度も何度も手紙を読み返した。ますます先生を好きになってしまった(照)でも、どうすることもできない。ただ、もう一度会いたい・・・。

 人生最後の夏休み、21年間で一番熱い恋をした。これからの人生、先生よりも素敵な女性に出会える自信はいまの僕にはない。

 それでも夏休みは続く、大学生の夏休みは長い。1日たりとも時間を無駄にしたくなかった僕は思いつきで新潟・佐渡を旅した。旅の間中考えていたのはやっぱり先生のこと・・・。「会いたい。でも、会っていいのか?」心の中で何度も何度も葛藤を繰り返した。

 佐渡から新潟へのフェリーの上で「もう一度会いたいです」とダメもとでメールを送った。すぐに「構いません」と返信がきた。絶対無理だと思ってたし、それでも仕方ないと思ってたからすごくうれしかった!先生のことを考えれば考えるほど、自分の顔がとびっきりのスマイルになっていくのがわかった(笑)次の日、18時に新宿で待ち合わせることになった。

新潟駅からは新宿行の夜行列車ムーンライトえちごに乗った。

新宿に着いたのは朝の5時、待ち合わせの時間まで東京見物をした。

 18時が近づくに連れて「早く会いたい」と思う気持ちがどんどん膨らんでいった。
 そろそろ時間だから新宿に向かおうとしたとき「居酒屋かレストランかどっちがいいですか?」とメールがきた。迷わず「居酒屋です」と返信。なぜなら、僕はレストランが似合わない男なのだ(笑)
「もうすぐ新宿着きますね」とメールして、上野で山手線に乗り換えたとき「もうすぐバスが上野駅に着きます」と返信が。そのときすでに上野駅を出て3駅過ぎていたけど、すぐに電車を降りて逆周りの電車で上野へ戻った。
上野駅の中央改札口で待ち合わせ。ドキドキ・・・。
 どこにいるかわからなくて電話したら「見つけました」って。1ヶ月ぶりなのに、もっともっと久しぶりに会うみたい。三日月の目がとってもかわいくて、民宿のときよりもずっとずっときれいにみえた。
 電車の中、すごく緊張してあまり話せなかった。新宿まですぐなのにとても長く感じた。それと同時に、この時間がとても大切な時間ということを実感しながら・・・。
新宿駅で降りて駅前の居酒屋で夕飯を食べた。2人ともはじめはビールから!女の人でビールから飲む人を久しぶりにみた。「昔は飲まなかったけど、社会人になるとね」と笑っていた。料理の注文もなかなか決まらなかった。だって、2人ともO型だもん(笑)
結局、お互い交互に料理を注文していった。
そして、民宿で聞けなかったことなど、いろんな話をした。
「民宿から帰ったあとの生徒のこと」
「大学生活のこと」
「教員採用試験のこと」
「将来のこと」
先生はみればみるほどかわいいし、知れば知るほど心がきれいな人だとわかった。
大好きな日本酒も一緒に飲んだ。しかも、銘酒・久保田(笑)一生忘れられないお酒の味となった。
お店が満席になり、出ないといけない時間になるまで、ほんとにあっという間だった。
お店から駅までの道で、僕がつけていた腕輪をみて「かわいいね」って言ってくれたので、手首につけてあげた。すごく細くて柔らかい手だった・・・。
「21時まで喋りましょう」と、道路わきのパイプにもたれながら話をした。
「このまま時間が止まればいいな」って、何度も思った。でも、そんなわけにはいかないし、お別れの時間がやってきた。もう会えるかわからないけど、いつかまた会いたい、きっと・・・。
「ありがとうございました」と握手をしてさよならした。

 それぞれが乗る別々のホームへ・・・・・・。

 帰りの電車の中には余韻に浸っている自分がいた。その夜は栃木にいる友達の家に泊まった。僕は一人で最高の気分で眠りに就いた。

 10年後、31歳になってもこんな素晴らしい恋愛をしていますか?いま、となりには誰がいますか?想像するだけでわくわくします。その人を大切にしていますか?自分の命を懸けてでも一生守っていってください。それが10年後の自分に望むことです。いまと変わらない純粋な気持ちをもって生きていますか?もし、忘れてしまったなら、もう一度あのときの気持ちを思い出してください。

 10年後、立派な社会人になっている自分へ、大学4年生の僕から・・・。

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