RESEARCH
PROFILE
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金星大気の流動を
電波で観測する

惑星気象研究の
最前線

理学部 准教授
Hiroki Ando

古来より「明けの明星」「宵の明星」の名で呼び親しまれてきた太陽系第2惑星、金星。地球に最も近づく惑星であり、質量や大きさも地球と似ているが、全体が厚い雲に覆われているために、その内側の様子を知ることはとても難しい。「電波掩蔽観測」という手法で、この金星の大気循環や気象メカニズムの解明に取り組むのが、理学部宇宙物理・気象学科の安藤紘基准教授だ。

きっかけはテレビ番組の「雷」特集

——— 「惑星の気象」という分野に興味を持ったきっかけは?

子どものころは、特に天文好きというわけでもなかったんです。ただ、理数系の科目は得意でした。シンプルに方程式を理解すればOKという点が性に合っていたんだと思います。なので大学は早稲田の数理科学科(現・数学科)に進学しました。

入学当初は受験からの解放感で遊んでばかりいたんですが、同じ学科の友人がみんな、銀行だの保険業界だの数学教師だの、もう具体的な将来ビジョンを持っていることを知って少し焦りました。

なにか夢中になれることを見つけようと、あちこちにアンテナを張っていたある日、たまたまテレビ番組で雷が特集されているのをみました。雷は放電によるプラズマ現象ですが、実に多くのパターンがあるという点に興味を惹かれました。そこから、同じく大気中のプラズマ現象であるオーロラなどへ関心領域が広がり、隣の物理学科の流体力学の講義を聴講したりして、電磁流体とか中性大気の流体とか、大気現象全般について勉強しました。それで、この分野で生きていくことを決め、東京大学大学院の地球惑星科学専攻に進学しました。

——— 院生時代にはJAXAで訓練を受けられたそうですね。

はい。東大では、中村正人教授の研究室に入ったのですが、当時、中村先生は金星探査機「あかつき」のプロジェクト・マネージャーで、JAXAと併任されていました。その中村先生に「君は数学の成績がすごくいいから、数学的手法を使う人に教わりなさい」といわれて、当時JAXA傘下のISAS(宇宙科学研究所)の准教授だった今村たけし先生の研究室に身を置くことになりました。ちょうど月周回衛星「かぐや」が打ち上がった頃です。今村先生は「電波掩蔽観測」が専門で、私も先生の指導のもと、「かぐや」を使って電波掩蔽観測の技法を身に付けていきました。

今村研所属の院生は東京大学だけでなく東北大学、東京工業大学など多彩で、研究スタンスや考え方が異なりつつも和気あいあい。価値観の異なるメンバーと意見をぶつけあって着地点を見つける経験は、のちに海外の研究者と共同プロジェクトを組んだ際に生かされました。

「あかつき」が2010年に打ち上げられたタイミングで博士課程に進んで、研究対象を金星にするつもりで解析プログラムの準備を進めていたのですが、実はこのとき、「あかつき」の周回軌道への投入が失敗してしまったんです。「あかつき」のデータを使って博士論文を書こうと目論んでたんですけど、それができなくなってしまった。

さてどうしたものかと思っていた時、ケルン大学(ドイツ)の研究チームが、ESA(欧州宇宙機関)の金星探査機「Venus Express」を使って電波掩蔽観測を行い、観測データを蓄積していることを知ったのです。そこで今村先生にケルン大学と交渉していただいて、まとまったデータをもらい、それで研究を続ける目途が立ちました。「あかつき」用に準備していた解析プログラムが使えてありがたかったですね。関係づくりを兼ねてケルン大学にも一ヶ月ほど滞在しましたが、研究チームのメンバーと一緒にフットサルをやってから急速に仲が深まりました(笑)。ケルンは暮らしやすく、いい街でしたね。

おかげで博士論文は当初の予定通り3年で書き上げることができました。その後ISASでプロジェクト研究員として働いていたときに「あかつき」の金星周回軌道への再投入が成功して、本格的な観測がスタートしました。このときは、観測だけでなく「あかつき」のオペレーションにも直接携わりました。探査機へ制御コマンドを送信し、位置や角度を微調整する、といった仕事です。

電波掩蔽観測で明らかになる大気の立体像

電波掩蔽観測の概念図(東京大学今村剛教授提供)

——— ところで「電波掩蔽観測」とは、どういう手法でしょうか?

金星表面は二酸化炭素の超高圧・高温の大気に覆われていて、その周りを厚い硫酸の雲が取り巻いています。だから、探査機のカメラや望遠鏡で上から見るだけでは、雲の内部やその下の様子はほとんどわからないんですね。

「あかつき」は金星の周回軌道を10〜11日の周期で飛んでいますが、地球から見て探査機が金星の背後に隠れる直前と、背後から出てきた直後に、金星の厚い大気の層の向こう側に位置することになります。そのタイミングを狙って、「あかつき」から地球に向けて電波を発信します。電波は金星大気を横方向に突き抜けてから地球に向かいます。電波はISASが運用する臼田宇宙空間観測所(長野県)のパラボラアンテナで受信します。

——— 観測によってどういうことがわかるのでしょうか?

電波は金星大気を通過する際に屈折するのですが、その屈折率は大気の温度によって変化します。この電波の周波数の変化を解析して、大気の安定度や気温分布をグラフ化すれば、大気の内部構造を立体的に浮かび上がらせることができるのです。

金星の大気は自転の 倍という速度で東から西に吹いているのですが(これを「スーパーローテーション」といいます)、私たちの電波掩蔽観測によって、これが上下方向にも対流していることがわかりました。この研究成果は国際的にも高く評価されました。

電波掩蔽の原理は高校で習う数学や物理でも理解できるくらいシンプルなんですが、そんな手法でもすごい貴重な情報が得られます。私がこうしたことができるようになったのも、院生時代に指導していただいた今村先生のおかげです。

他の惑星を知ることで地球を理解する

——— 今後の研究の展開について教えてください。

現在、金星の全球的なデータの取得に向けて、複数の探査機を使って低緯度から高緯度までカバーした電波掩蔽観測が計画されています。私も、観測手法の高度化に貢献したいですね。理論モデルと実践的な観測のバランスを取りながら、金星をはじめとする惑星の気象メカニズムを解明したいと思います。

京都産業大学には、同じく「あかつき」プロジェクトに携わっている高木征弘教授がいて、お互いの研究室も近く、思い立ったらすぐ対面で打ち合わせやアイデアの交換をしています。ほかにも地球や火星大気の研究者が数多く在籍しているので、惑星気象学を研究するうえで恵まれた環境だと感じます。

金星や地球以外の惑星を研究することで、逆に地球への理解も深まります。多様な生命をはぐくむ地球が惑星としていかに貴重な存在か、研究を進めるほどに実感しています。

金星と探査機「あかつき」(想像図)©JAXA

 
理学部 准教授

Hiroki Ando

早稲田大学理工学部数理科学科卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了。JAXAあかつきプロジェクト研究員を経て、2016年に京都産業大学理学部に研究員として着任、2023年から現職。博士(理学)。

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