RESEARCH
PROFILE
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イノベーションの経営学

ニュー・コンビネーションが
新たな価値を生み出す

経営学部 教授
Ku Seunghwan

「イノベーション」は、経済成長をもたらす原動力である。新製品や新技術によって生活はより便利に、豊かになっていくが、取り残される人が増えれば格差拡大の要因にもなる。具承桓教授は、このイノベーションを経営学の視点から研究している。果たしてイノベーションは人々を幸せにするのか? 永遠に続く競争なのか?

イノベーションに興味をもったきっかけ

僕は釡山大学で経済学を専攻しました。就職することも考えたけど、大学院に入ったのは、もう少し世の中の仕組みを知りたかったから。ちょうどサムスンが「サムスン自動車」を立ち上げた頃で、この巨大財閥の自動車産業参入を巡って国論が真っ二つに割れていたんですが、釡山はというと、機械関連の企業が多いし、大きな産業が入ってくれば雇用も生まれるからビッグチャンスだということで、どちらかというと歓迎ムードでした。

僕の先生が当時サムスンの受託研究でプロジェクトをやっていて、僕もその下働きをしました。最後の国際シンポジウムの時に、ドイツやイギリスからも研究者が来てたんですが、一番現実的な話をしていたのが日本人の学者でした。それで、自動車産業のことを勉強するなら日本も悪くないなと思って、まず観光ビザで旅行に来て、東大の先輩に頼んで東大図書館を見学させてもらったら、自動車関連の資料がものすごくある。これに感動して、帰国便待ちの空港で、それまでドイツに留学しようと思って持ち歩いていたドイツ語の教科書を全部捨てて、ひらがなの本を買いました(笑)。

東大の修士課程は経済学研究科の企業市場専攻というところに入ったんですけれど、授業を履修したら、どうも感じが違う。で、6か月ほど過ぎた頃に、指導教官に「なんか経済学と違うんですけど」って言ったら、いや、今お前が学んでいるのは経営学だと(笑)。

でも、それが大変面白かったんですね。製品開発論の授業がとてもリアルに感じて、他にも工場調査だとか生産だとか、これまで外側しか見ていなかった産業の中を見るようになって、それにハマっちゃった。自動車って、技術の進歩とともにどんどんモデルチェンジしていく製品だから、当然僕も製品イノベーションや生産関係も研究するようになって、気がついたら経営学の世界にいて、製品開発論やイノベーション論の研究者になっていました。

そもそもイノベーションとはなにか?

——— ところで、イノベーションとはそもそも何でしょう?漠然と「新しい技術」くらいに捉えている人が多いと思いますが……。

J・ シュンペーター1は著書『経済発展の理論』の中で、イノベーションは、「新製品」「新しい製造方法」「新しい原材料」の技術的要素と、「新しい市場の開拓」「新しい組織の形態」によるとしました。現代でも、この五つを軸に議論しています。

企業は、研究開発から新しい科学原理や技術やアイディアが生まれると、パイロットスタディを行い、試作品をいくつか作り、その中の一つを選んで、製品に仕上げて、商品として売り出したり、事業化したりしていきます。

もちろん、全てがこんなにスムーズに進行するわけはなく、新製品開発の成功率は(ものによりますが)せいぜい5〜10%で、大半は消えていく。この数字を少しでも上げて儲けに導くには、開発の目的を明確にし、関係者間で共有していく必要がある。これがつまりは「マネジメント」ですね。

シュンペーターは「ニュー・コンビネーション(新結合)」を迅速に実現できるかどうかがイノベーションの鍵だとしました。異なる領域AとBを人為的にむすびつけて、関連する人々が出会う機会を設け、コラボレーションを促進する仕組みを構築すればいい。プロセスを加速させるための環境をマネジメントすれば、イノベーションのスピードが向上し、新たな価値を生み出す可能性も高まる、というわけです。

もし、「イノベーションは『起こす』のか?『起きる』のか?」という質問があるとすれば、答えは「両方」になります。何もしなくてもイノベーションは進展するかもしれませんが、アクセルを踏んでむすびつきを意図的に促進し、展開を早めれば、効率が向上し、経済発展や社会便益のチャンスも増えるわけです。

——— 逆にイノベーションが進みすぎると、発展に取り残される人がでてきて、格差が広がるかもしれません。。

そうですね。例えば現在の中国は、産業が成熟する前に急速なデジタル化が進み、人口増加と所得上昇に伴う消費活動や雇用の問題が解決されにくくなっています。相当数の大卒の若者が失業状態にあるのもそうしたことが背景にあります。

だから、「国の競争力」と「国の在り方」の間もバランスをとる必要があります。スピードを速くするだけでは、雇用が不安定になり、失業者が増え、ぎくしゃくした社会になっていく。「グローバル競争に勝たないといけないから頑張って速く動け」というのがある一方、「そんなに速く動いたら、システムの間にズレが生じて動かなくなりますよ。そのデメリットに耐えられますか?」というのもある。結局「バランスが大事だね」って話です。

経済成長の原動力になりそうな分野は?

——— 日本の産業競争力の低下が叫ばれて久しいです。今後、イノベーションによる経済成長に期待が持てるのは、どういった分野でしょうか。

*
具ゼミで視聴を必須にしているドラマ「未生(미생/ミセン)」。企業を舞台にした映画やドラマは、社会経験の少ない学生にとって貴重な教材になるという。
http://dh.aks.ac.kr/Edu/wiki/index.php/파일:미생_(드라마)_포스터.jpg

CO2の排出量が少ない水素エネルギーは有望な新エネルギーとして注目されています。日本は水素関連では世界一の技術力を持っているので、自動車をはじめ水素をベースにした産業生態系を新しく作り、その中で経済を循環させることは可能だと思います。

飛行機の需要は着実に増えていて、2050年代には現在の倍になる。その時には定員100人以下の小型ジェット機が活躍することでしょう。飛行機は自動車より遥かに高度な技術品質が求められますが、日本企業はそれに対応してきた実績があるから、さらに付加価値の高い産業に育てることができます。

もう一つは宇宙関連。超小型人工衛星を通じて、高精度のデータが気軽に、安価に取得できる時代に入っています。小型化は日本が強い分野ですね。

——— 例えばどんな宇宙ビジネスが考えられますか?

気象関係が一番チャレンジングだと思います。火災、洪水、大気・海洋汚染、  排出などの観測精度を上げることができれば、新しい防災ビジネスに展開できるし、ESG経営2にも反映できる。また、人工衛星を運用する地上設備は付加価値が高いので、通信・制御・管理といった「デジタル + ものつくり」の産業や雇用が新しく生まれるでしょう。非常に高い品質のものつくりをやれる余地は、日本にはまだまだ十分に残っていると思います。

  1.  Joseph Alois Schumpeter (1883-1950) : オーストリア=ハンガリー帝国モラヴィア(現チェコ領)出身の経済学者。イノベーションによる経済発展を理論化した。
  2. Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)に重点を置き、持続可能な経済成長を目指す経営方針。
経営学部 教授

Ku Seunghwan

釡山大学校大学院経済学研究科修士課程修了、東京大学大学院経済学研究科修士及び博士課程修了、博士(経済学)。2003年に講師として京都産業大学に着任、2013年より現職。2023年よりイノベーションセンター長。

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