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PROFILE
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鳥インフルエンザ
ウイルスを追う

感染メカニズムの解明と流行の抑制

生命科学部 教授
Takakuwa Hiroki
著作者:tawatchai07/出典:Freepik

毎年冬になると、「養鶏場のニワトリ大量殺処分」といったニュースを目にする。高病原性鳥インフルエンザだ。養鶏業者を苦しめ、鶏肉や卵の価格高騰を招く。高桑弘樹教授は、地道なフィールド調査と、ハイレベルな解析を行いながら、鳥インフルエンザの感染メカニズムの解明と、流行抑制法の開発に取り組んでいる。

防ぎきれないウイルスの侵入

——— 鳥インフルエンザウイルスは、どのようなウイルスなのでしょうか?

もともとは渡り鳥の水鳥が持っているウイルスで、本来はニワトリにもヒトにもほとんど感染しないウイルスです。しかし、まれにニワトリに感染するウイルスがあり、何らかのルートでそのウイルスが養鶏場の中に入り込み、密集したニワトリ同士の間で何度も感染を繰り返していると、病原性の高い「高病原性鳥インフルエンザウイルス」に変異することがあります。このようにして出現した高病原性鳥インフルエンザウイルスが、渡り鳥によって拡散されて、世界各地で流行を引き起こします。日本にも冬季になると渡り鳥がウイルスを運んできます。

一旦、養鶏場で感染が起こると蔓延を止めるのは困難です。発生養鶏場からの更なる拡散を防止するため、高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染したニワトリが1羽でも発見されたら、同じ敷地のニワトリはすべて殺処分されます。そのように家畜伝染病予防法で決められています。一度に数万羽単位でニワトリが消えてしまいます。

——— どんな対策がされていますか?

高病原性鳥インフルエンザウイルスを鶏舎に持ち込まないようにするしかありません。日本ではどの養鶏場でも、鶏舎に入る人の靴を消毒したり、服を着替えたり、消石灰を撒いたり、防鳥ネットで野鳥の侵入を防いだり、できるかぎりの対策は取っています。それでも、どこからか入り込んでしまうのです。ネズミやイタチなどの小さな野生動物が穴を掘って鶏舎に入り込むのが原因かもしれませんが、はっきりとはわかっていません。

そもそも、鳥インフルエンザウイルスに感染している水鳥は、全体の1〜2%です。その中で、高病原性鳥インフルエンザウイルスとなるとさらに割合は低くなります。養鶏場の近くに水場がたまたまあって、そこにやってくる水鳥がたまたまウイルスを持っていて、厳重に防疫対策している隙間をたまたま潜り抜けてウイルスが養鶏場に侵入し、たまたまニワトリに感染するわけですから、確率はかなり低く、事故に遭ったようなものです。それでも、完全に排除するような対策は取れません。発生してしまったらその都度、全数殺処分するしか、今のところ感染拡大を防ぐ手立てはありません。

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日本にやってくる渡り鳥。高病原性鳥インフルエンザ流行の一因となることがある。著作者:wirestock/出典:Freepik)

——— ヒトへの感染は起こるのでしょうか。

ごく稀にヒトに感染して死亡する事例が報告されますが、いずれも感染した鳥の死骸に直接触れたり、解体調理したような場合に限られています。高病原性鳥インフルエンザウイルスが広がり始めた当初は「人間)感染して何百万人も死者が出る」と煽られましたが、幸いヒトの間ではパンデミックを起こすことなく現在に至っています。しかしそのせいで「たいしたことはない」というムードになり、今では高病原性鳥インフルエンザが発生しても以前ほど大々的には報道されなくなりました。もちろん、ウイルスはどんどん変異していくので、いつ何が起きてもおかしくはありません。最近、哺乳類への感染性に関係する変異を持った高病原性鳥インフルエンザウイルスが見つかっており、研究者も行政も警戒を続けています。

水鳥の糞を採取して感染の実態を調査する

——— 研究に使うウイルスは、どのようにして手に入れるのですか?

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ウイルスを増殖させるために鶏卵を用いる。

冬場に飛来する渡り鳥の糞から採取します。琵琶湖東岸まで出かけて行って、水鳥が地面に落としていく糞便を試験管に集めます。つついてみてなるべく柔らかい、新鮮なやつがいいですね(笑)。それを研究室に持って帰り、細菌の増殖を抑制するため抗生物質と混ぜて、発育鶏卵の漿尿膜腔というところに接種して、ウイルスを増殖させます。こうやってウイルスを分離しています。

ただし、何せウイルス保有率が1〜2%ですから、見つからないことのほうが多い。学生さんたちが根気強く実験してくれています。

高病原性鳥インフルエンザウイルスが見つかれば、ウイルスが今どのあたりまで来ているのか、実態がつかめます。

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BSL-3実験施設に入る際の防護服。
また、そのウイルスの遺伝子を解析したり、マウスに感染させて、何がどのように変異したら哺乳類への感染力が高くなるのか、どの部分が病原性に関わっているのかを調べます。こうした準備をしておけば、似た構造のウイルスが自然界に登場したときに、いち早く対策を取れます。

 

——— 高病原性ウイルスを扱う実験は危険ではありませんか?

感染症の病原体は、その危険度に応じて4段階の「バイオセーフティレベル(BSL)」が定められています。高病原性鳥インフルエンザウイルスはレベル3です。危険度が高い病原体ほどレベルも高く、特別な施設でないと扱うことができません。

京都産業大学には、このBSL-3実験施設があります。外部にウイルスを漏らさない特殊な構造の施設で、高病原性鳥インフルエンザ以外にもさまざまな感染症をここで研究しています。BSL- 3施設は国内に13カ所しかありません。京都産業大学は、感染症研究者にとっては恵まれた環境ですね。

変化し続けるウイルスは生物である

——— 鳥インフルエンザウイルス研究の面白さはどこにありますか?

防疫方法を見つけて解決したい、とはもちろん思っています。社会的な影響が大きい感染症ですからね。現在もさまざまな企業と協働で防除法の開発に取り組んでいます。

一方、科学者としては、ウイルスの病原性の高さに関心があります。ウイルスの中には、宿主を殺すほどに変異するものもあります。そうした劇的な変化を引き起こすメカニズムを知りたいです。

研究対象としてウイルスを選んだのは、ゲノムがかなり小さく構造が簡単だったからです。ウイルスなら、私の生きている間にすべてを解明できて、ウイルス感染症を解決できると考えたのです。しかし、甘かった。こんな簡単な構造なのに、わからないことがまだたくさんあります。

——— ところで、ウイルスは生物なのでしょうか?

「単独で自己複製する」という一般的な生物の定義からすれば、それができないウイルスは生物ではないことになります。しかし私は、ウイルスは生物だと思っています。ウイルスは、他の生物の細胞の力を借りながらゲノムをつないで変化していく。私たち人間だって食事が必要ですし、他の生物の力を借りずに生きていくことはできません。生物の定義を更新してもいいのかもしれません。

生命科学部 教授

Takakuwa Hiroki

1998年北海道大学獣医学研究科博士課程修了。名古屋大学リサーチアソシエイト、アメリカ食品安全局生物学製剤評価研究センター研究員、北海道大学大学院客員研究員を経て、2006年京都産業大学に着任。2014年から現職。博士(獣医学)。

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