ロケットに乗って広大な宇宙に飛び立ってみたい。夜空を見上げながらそう思ったことはないだろうか。実は、自分の分身のような探査機を宇宙に送り出すことができる日がすぐそこまで来ている。河北秀世教授は太陽系を構成する小天体・彗星を研究しながら、超小型観測衛星の開発も手掛ける。宇宙研究から宇宙教育、宇宙ビジネスへ。河北教授が描く夢を聞いた。
彗星の物理的な美しさに惹かれて
——— 彗星に興味を持たれたきっかけは?
もともと木星が好きで、学生時代は望遠鏡をのぞきながら木星の雲の変化をスケッチしたりしていました。1994年、その木星にシューメーカー・レヴィ第九彗星が衝突するという出来事があり、彗星にも関心を持ち始めました。さらにその2年後、地球に接近して一等星より明るくなった百武彗星を目の当たりにして、その迫力と美しさに圧倒されました。またこの時、「分光分析」という方法を使ってみたところ、波長ごとの光の強さのデータが非常に綺麗に得られたんです。星の光は、分光すれば構成元素や分子の種類・量・温度などの特性がわかります。僕は、自然が原子や分子のレベルで秘めている物理学的な美しさに魅了されました。
——— 小惑星リュウグウの探査は彗星研究にも一石を投じたようですね。
太陽系には、8つの惑星以外にも小天体がたくさんあります。これらは二つに分類できて、岩石でできているのが小惑星、水(氷)を主成分とするのが彗星です。この二つはずっと別扱いされていたんですが、2020年に探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウの岩石のサンプルの分析から、小惑星の岩石の中に水が閉じ込められていること、元素の成分比が彗星に非常に近いこと、などがわかってきました。
彗星の中には、太陽に何回も近づくことで表面の水がだいぶ枯渇してきているものもあります。そういうのが実は小惑星のカテゴリーにだんだん近づいていくのではないか、といった視点で非常に興味深く見ています。時間を遡って考えると彗星も小惑星もおおもとは一緒である可能性は十分あります。彗星を観測することで、46億年前の太陽系誕生時に何が起こったのか、その様子を描き出すことができると考えています。
彗星を「お出迎え」する
——— とはいえ、彗星はそうそう頻繁には飛んで来ませんよね?
最近、たくさんの光を集めて空の広い範囲を一度に観測できる、口径の大きな望遠鏡が増えてきました。それらを使って地上から空の色んなところを大勢で監視していると、太陽から遠く離れた暗い彗星でも発見できることがあります。大型望遠鏡で見つけた彗星が、例えば5年後に地球軌道付近に来ることがわかれば、それまでに軌道計算もかなり正確にできますし、複数の観測者と協力しながら、太陽からの反射光を、何回か分けて、波長ごとに観測する、なんてことも可能です。大型望遠鏡のおかげで、地上から彗星を観測する機会は着実に増えてきています。
——— 彗星に探査機を送り込む新しい計画も進んでいるんだとか。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)とESA(欧州宇宙機関)の協働による「彗星探査計画(Comet Interceptor)」です。探査機を3機セットにしたものをロケットで打ち上げて、ラグランジュ点1で待ちうけます。彗星がやってきたらその方向へピューっと飛んでいって、切り離した小型探査機が彗星に近づいて、組成や質量などを観測する、というものです。僕はこのプロジェクトの、科学的な観測に関するJAXA側の代表です。
この計画では、地上の望遠鏡でいち早く彗星を見つけておくことも非常に重要です。準備期間があった方がいいですからね。5年あればとてもハッピー、最低でも2年は欲しい。探査機の推進装置は小さくてスピードが出せないので、十分な時間がないと出迎えに間に合わなくなります。
大学発の超小型探査機を宇宙に打ち上げる
宇宙探査の分野は、さらに小さい探査機を短期間で打ち上げるという方向に向かっています。日本は超小型探査機の色んな技術を持っています。
——— 超小型とはどのくらいの大きさでしょう?
探査機のサイズには「ユニット(U)」という単位が使われていて、1Uは10㎤。我々は1Uか2Uぐらいのサイズの探査機を作ろうとしています。現在の探査機は24Uぐらいでちょっと大きめですけど、日本はこれまで6Uくらいのサイズのものを作ってきているので、その技術を応用します。こういうサイズの超小型探査機が今、とても注目されています
実は、超小型探査機を作るための部品は通販サイトでも手に入ります。それこそ自作パソコンみたいな感覚で作れちゃうんですよね。しかもロケットの打ち上げは民間企業がどんどんやる時代になってきています。なので、マイ望遠鏡、マイ天文台の次は「マイ探査機」。今後10年ぐらいで一気に世の中が変わっていくと思います。
——— どんなマイ探査機を打ち上げたいですか?
僕が考えているのは、京都産業大学 神山天文台でこれまで開発を続けてきた高感度近赤外線高分散分光器2。地上の大型望遠鏡にはすでに取り付けていますが、ひと部屋くらいの大きさがあります。これの回折格子を高い屈折率を持つゲルマニウムで作れば、1Uぐらいのサイズに超小型化できます。それが本当に宇宙で機能できるか、すでに実証試験を始めつつあります。過酷な宇宙空間でも性能を発揮できるという実績を積めれば、探査機に搭載される道筋が立ちます。それを目指して今、民間企業やJAXAなど、産学官が連携して開発を進めています。
超小型ですから望遠鏡も小さいので何億光年も先の天体を観測するわけにはいきませんが、地上に向ければ(あるいは金星でも火星でも)大気の成分分析がかなり精密にできますし、彗星の探査でも活躍するかもしれない。さらに用途を考えれば、新たなビジネスチャンスも産まれるでしょう。
超小型探査機は、時間的にも技術レベル的にも大学や大学院のカリキュラムで扱う絶好の教材となりえます。大学で開発した観測衛星を宇宙に打ち上げる。そして宇宙ビジネスで活躍する。学生さんたちには、そんなチャレンジングな夢を持ってもらいたいですね。
- ラグランジュ点:二天体間の重力が比較的均衡している空間。Comet Interceptorは太陽ー地球のラグランジュ点のひとつ(L2)に配置される。
- 高感度近赤外線高分散分光器:近赤外線波長域により、可視光では隠されている天体や星間物質の元素組成を分子レベルで高精度に測定できる装置。