RESEARCH
PROFILE
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農地や里山の力で
守る地域の暮らし

自然と人間の
よりよい関係を探る

生命科学部 准教授
Sanpei Yuki

地球温暖化、異常気象、環境破壊、自然災害の大規模化……「バランスを考えずに人間が自然を利用するだけ利用してきたからだ」という嘆きが聞こえる。

しかし、人間も自然の一部であり、人間と自然は相互に影響している。いや、人間は自然を利用しなければ生きていけない。

ではどうすれば、「自然環境」と「人間の暮らし」の共存バランスを取っていけるだろうか。三瓶由紀准教授はその方法を「農地」や「里山」の機能に求め、植物を地域生活持続のための資源として活用する研究に取り組んでいる。

 ——— 農地も里山も「自然がいっぱい」のように見えますが、よく考えると人の手が入っています。それを活かすことと、自然環境を保護するということは、矛盾しないでしょうか?

自然を「保護する対象」として人間社会から切り離すのではなく、「自然の中に人間が住まわせてもらっている」という視点を大切にしています。その視点から、自然環境と人間の暮らしのほどよい関わり方や、共存のあり方を探っています。

 ——— 地域で暮らしている方々の協力が必要ですね。

農・林・畜産家、地域住民、地方自治体など、様々な立場の利害関係があります。その中で、地域で暮らしている方々が「これならやってみたいな」と思える取り組みを見つけていくことが重要です。

 ——— 研究の方法は?

それぞれの立場の方の声や考えを集める方法と、数量的なデータをデジタル地図上に重ねて視覚化するGIS技術を併用します。社会科学的方法と自然科学的方法を組み合わせることで、取り組むべき課題や解決方法がより明確に見えてきます。

 ——— 提案が受け入れられるか心配では?

どんなに素晴らしい提案でも、実現できる範囲を超えていたり、取り組み意欲を保てないものは長続きしません。研究者の役割は、地域の方々が議論のテーブルにつく素材(科学的根拠)を用意し、実践のお手伝いをすること。これは企業の方には中々できないことで、まさに私たち研究者の仕事です。

「人間は自然の中に住まわせてもらっている」

子供の頃から科学や環境に関心があり、大学入学時は、化学や薬学などにも興味があった。しかし入学後の専門的な学びを通じて、自然環境と人間の暮らしの関わりに強い関心を持つようになる。

環境を学ぼうと決めたきっかけとして、ちょうど入学する少し前に、地球環境サミット※が開催され、環境問題への関心が高まっていた時期であったことも大きかったと思います。大学の講義で、環境と開発についてどう考えていくべきか、政策的な観点からも学ぶ機会を多く得る中で、環境について研究したい、農業政策や森林保全など、人と緑の関わりについて学びたい気持ちが高まっていきました。

印象に残っているのは、大学2年生の授業で交わした自然保護についての討論だ。

他の学生から〝自然は大切に保護しなければならない〞〝開発に規制をかけるべきだ〞というような意見ばかり出ることに疑問を感じました。人間も生活をしていかなければならないのだから、ただただ守れ、というのは少し違うのではないか、と。

この討論の経験が『自然環境と人間の共存』という視点を得る契機になった。

現在、私たちの身の回りにある〝緑〞はほとんど人の手が入ったもので、人間と自然とが相互に影響し合いながら維持されてきたものです。単純に〝開発が悪い〞と言うだけではなく、調和のとれた解決策を考えるべきだと発言したのですが……残念ながら賛同者はいませんでした(笑)。ただ、この時から〝自然は保護する対象である〞として人間社会から切り離してしまうのではなく、〝自然の中に人間が住まわせてもらっている〞と考えるようになりました。この時の経験は、今の研究にも繋がっています。

※1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議

地域にとって望ましい取り組みを自然と社会の両面から模索

『持続可能性』は環境問題解決にむけた重要なキーワードの一つだ。三瓶准教授は、地域の保育園と協力して、地域内資源循環システムのあり方の研究を進めている。

Global Geographic Information System (GIS/地理情報システム):デジタル地図の画面上に様々な情報を表示して計測し、調べたい場所の周辺に何がどのようにあるのかを知ることができる。

今、力を入れているのは、保育園の給食で出る生ごみや、園児が里山で拾った落ち葉などから堆肥を作り、それで育てた野菜を地域で消費してもらうという取り組みです。GIS (Geographic Information System) 技術などを用いて数量的データを集める自然科学的な手法と、インタビューやアンケートで住民の声や考えを集める社会科学的な手法の両方からアプローチしています。

GISは、デジタル地図上で様々な情報を重ね合わせ、自分の知りたいデータを作る技術です。既存の地理データでは足りないときは、フィールドワークで実測したり、ドローンで撮った写真をデータ化し重ねます。土地利用の分布を視覚化したり、傾斜や日照、眺望を計測して、近隣の農地の分布を解析すれば、保育園で作った堆肥を活用できる農地がどれくらいあるのかもわかります(図)。

社会科学的な調査では、堆肥や堆肥化の活動に対する保護者の気持ちや意見をアンケートで調べたり、地域住民がどのようにしたら受け入れてくれるのか、地域の人々にお話を伺ったりします。『子供には環境に配慮した食べ物を食べてほしい』という保護者の気持ちや、取り組みに対する農家の方の意欲の度合いなどを理解し、他の立場の人たちとも共有して、それぞれにとって望ましい取り組みを模索していきます。

とはいえ、いつも順調だとは限らない。

コロナ禍のような社会情勢や、関係者の心情の変化などで、研究が思うように進まないこともあります。それでも、地域の人たちの思いを汲み取る気持ちを常に忘れず、地道に研究を続けています。

当事者意識を忘れないこと

研究者ならではの立ち位置で地域の人々をつないでいく、いわば触媒的役割だ。

どんなに素晴らしい提案でも、地域の人々が実現できる範囲を超えていたり、取組みへの意欲を保てないものだと活動は持続しません。研究者の役割は、まず、調査研究を通じて『色んな人がこういう風に協力して、これくらいの活動をしたらこういう効果が出ますよ』という科学的根拠を示すこと。それをふまえて、実際に取り組む保育園や保護者、農・林・畜産業を営んでおられる方などが受け入れやすい形で提案することです。その上で活動を支援したり、あるいは政策決定する行政機関に繋げていきます。研究者は地域の関係者の皆さんが議論のテーブルにつく素材を用意して、その実践をお手伝いしていくという感覚です。

研究室に配属されている学生も研究遂行上の重要なメンバーだ。

研究室の学生とフィールドワークに出たときに必ず聞くのは『あなたが地域の人たちの立場だったらどうする?』です。生命科学や農業政策についての専門的な技術や知識に頼るだけでなく、地域の様々な人の立場に立って考え、多角的な視点から物事を見る力を育ててほしいからです。

三瓶准教授のその他の研究

有田みかん栽培の持続性調査

  • 和歌山県有田地域のみかん栽培は400年以上にわたって持続的に発展してきた。先人たちは、地質に応じた品種を選定して栽培品種を多様化させ、数多くの優良みかん品種を見いだしてきたのである。三瓶博士は、この有田の植生や地域生態系を分かりやすく視覚化し、土地利用の様子を明らかにすることで、自然環境の保全と農業の持続を後押しするための研究を進めている。

京町家の庭の植生調査

  • 京町家そのものだけではなく、町家の中にある庭も京文化の象徴的な存在だ。建物は保全されても庭は失われてしまったり、庭が残されている場合でも、管理がしやすい、従来とは全く異なる植物種が使われていることもある。三瓶博士は、京町家の庭で伝統的に使われてきた植物の持つ魅力や効果を解明し、伝えていくことで、町家の所有者の方々に伝統的な庭の保全に協力してもらえるような取り組みを行っている。
生命科学部 准教授

Sanpei Yuki

東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。兵庫県淡路県民局、立教大学、国立環境研究所、早稲田大学、和歌山大学、(独)日本学術振興会・特別研究員(RPD)、ニューヨーク市立大学客員研究員を経て、現在、京都産業大学生命科学部准教授。専門は環境農学、自然共生システム学、地域農学。

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