RESEARCH
PROFILE
04

‘粉’の特性を
シミュレート

ミクロ-メソ-マクロを見通す
物理学

理学部 准教授
Saitoh Kuniyasu

コーヒー好きな人なら、挽き豆をカチカチに圧縮した真空パックを手にしたことがあるだろう。あれは、粉が固まって固体化したもの、というわけではない。その証拠に、封を開けるとふわっとした粉の状態に戻る。こうした〝粉″の特性を研究する「粉体工学」という分野がある。粉のひとつひとつは「固体を細かくしたもの」だが、それが集まると、固体とも流体(液体・気体)とも異なる複雑な動きを見せる。この粉体の謎にシミュレーションで取り組むのが、理学部の齊藤国靖准教授だ。

——— 身近にある粉状のものは、小麦粉、砂糖などの調味料、化粧品、粉末の薬が思い浮かびます。

それ以外にも、砂や土、遊園地のボールプール、土星の環なんかも対象になります。あらためて身の回りを見渡すとたくさんありますが、その物理的性質は、まだよくわかっていないんです。

——— 流体力学という言葉を知ってます。洪水の水の流れとか、飛行機の羽のまわりを空気が流れるCG映像を見たことがありますが、粉体と流体はどう違うんですか?

液体の分子と違って、粉体は粒で構成されているので、お互いにすき間があります。これが一度に動くとお互いが衝突しますよね。衝突すると減速する、つまり運動エネルギーが保存されない(散逸する)。そのため、予期できない集団ならではのものが出てきます。そこで、粉体中のミクロな粒子のひとつひとつを、まず「分子動力学法」という方法で再現して、その結果を、今度は統計力学に適用して、集合全体のマクロな動きや物性を予測しています。

——— 粒子のひとつひとつを、どうやって見分けるんですか?

研究は理論中心で、コンピュータを使ったシミュレーションを行っています。方程式じたいは単純なんですが、数万個の粒子を扱うなら方程式も数万個必要で、膨大な量の連立方程式を同時に解くためにはスーパー・コンピュータが必要です。 

研究の3本の柱

研究活動の最初の頃は、大きな粒子の中に小さな粒子を混ぜてすき間を詰めて(充填率を上げて)、その物質を変形させた時の粘性率や弾性率を調べる「レオロジー」からアプローチしていました。ただ、粒子ひとつひとつの細かい動きから理解したいとの思いが強まり、シミュレーションを使う研究スタイルに至りました。現在は、主に次の3つのキーワードに沿って研究しています。

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ジャミング転移の数値シミュレーション画像 ——— 大小の丸い粒子がお互いに「踏ん張り合っている」様子が赤い線で表される。

①コーヒー豆の真空パックはなぜ固いのか ——— 実は難しい「ジャミング転移」

「ジャム」とは「詰まる」という意味で、「ジャミング転移」とは粉体が固まる現象のことです。コーヒーの挽き豆をカチカチに真空パックしたものがありますが、ハサミで封を切ると元の粉の状態に戻りますよね。水が冷えて氷になる「相転移」と違って、粉体は固まっても結晶にはなりません。

あるいは、熱して水飴のようになったガラスは冷えると固まりますが、実はあれも結晶化しているわけではなく、「ガラス転移」といって、単に固まっているだけなんです。「ガラス転移」と「ジャミング転移」は別々の現象ですが、似ています(ガラス転移は、統計力学では100年来の難問と言われています)。粉体の「ジャミング転移」も、圧縮するだけでなぜガラス転移に近い状態になるのか、まだよくわかっていません。

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粉体の「降伏」 ——— ダンプカーに積んだ砂利は、荷台を少し傾けただけでは動かず、ある程度傾斜がついたところで一気に流れ落ちる。  著作者:brgfx/出典:Freepik

また粉体では、構成粒子自体は壊れず分子を配置換えしたような変形が起こりますが、配置換えによって抵抗力が大きく減る「降伏」(工学的な破壊)という現象についても調べています。

②質量やエネルギーが粉体の中を移動する「輸送現象」

熱や電気などの物理量が物質の中を流れていくのが輸送現象です。熱伝導はよく知られていますが、これが粉体のなかではどうなるかを調べています。物理量としては、質量、運動量、エネルギーの3要素それぞれに対応する「拡散係数」「粘性率」「熱伝導」という3つの流れやすさの指標(「輸送係数」)を調べます。「降伏」同様、工学的な用語ですが、やはり分子動力学シミュレーションでミクロの立場から調べ、統計力学的な方法で理論的に理解したいと考えています。

③「メソ・スケール」の物理

粉体の研究は、一般的な力学で解けるミクロ(電子、原子レベル)と、統計力学が使えるマクロ(固体・液体・気体)を両極限としていて、どちらも比較的シンプルな数式で表すことができるんですが、ミクロとマクロの中間であるメソ・スケール(粒子の数が数十から数百)は、数式が非常に複雑になるのです。メソスケールは物理学がこれまで苦手としてきた領域なんですが、私は、これに注目して書いた「非局所的レオロジー」についての研究論文が著名なジャーナルに載りました。メソスケールで見ると、ある場所[R]にかかるストレス(粘性係数、変形率などの物理量)は、少し離れた別の場所[R′]の影響も受けるため、一つひとつの(局所的な)場所だけでは決められないことを示しました。メソスケールでも粉体を解析することで、そのレオロジーや破壊現象をさらに解き明かせるのではないかと考えています。

地震や土砂災害の原因究明、食品の加工工程の改善、生物の集団行動

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最近では、鳥や魚を「粒子」、その群れを「粉体(全体のかたまり)」と見て、その特性を解析し予想する研究も始まっている。統率された美しい集団行動を物理学を使って数値で表して、それを予測することができれば画期的だろう。  著作者:LuqueStock/出典:Freepik

(身の回りにある)モノが破壊される時の応力の下がり幅の頻度分布は、地震のマグニチュードのそれと同じ統計則に従います。モノと地震とではスケールは全く違いますが、モノを変形させて破壊が起こった際にエネルギーが解放される現象は、活断層が壊れて溜まったエネルギーが解放されるという地震の現象に近いんです。なので、断層帯の土砂の粒子を詳しく解析すれば、それがいつ頃破壊されるかを予測できるようになるかもしれません。

また、土砂崩れには「降伏」が関係します。粒子(=土砂)の形状、組成、重さ、異なるサイズの粒子の分布などを精密に分析すれば、より精細な土砂崩れハザードマップが作れるようになるでしょう。

その他、粉体は日常生活のあらゆるところで扱われています。薬や化粧品のファンデーションなどの製造ラインの加工工程で、抵抗力を減らして流れやすくすれば、その効率化が図れるはずです。また小麦粉は、加工時には水で濡らしますが、濡れた状態と乾いた状態とでは特性が違ってきますから、それを数値計算で予想して、加工(主にかき混ぜ)工程の改善に役立たせることができます。

理学部 准教授

Saitoh Kuniyasu

京都大学理学部では物理学を専攻し複雑系の実験を中心に、修士課程では理論中心に研究する。一旦IT企業へ就職するが、修士論文が国際的な科学雑誌に掲載されたのをきっかけに京大へ戻り博士後期課程へ。研究員時代はオランダに渡り、分子動力学シミュレーションで世界的に著名な研究者の下で5年弱学んだ。帰国後、東北大学助教、同准教授を経て、2020年に京都産業大学理学部に着任。現在准教授。博士(理学)。

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