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偏西風の蛇行を追う

気象力学で明らかになる
異常気象の謎

理学部 教授
Takaya Kotaro

日本には四季の変化があり、夏は暑く、冬は寒い。 ただし、ときには冷夏や暖冬になって農作物の不作やスキー場の雪不足が起きる。近年では、大量の雨が局地的に降るゲリラ豪雨なども増えてきた。こうしたことがあるたびに私たちは「異常気象だ……」と呟く。

例えば「エルニーニョ現象で熱帯の海水温が上昇し、偏西風が蛇行して異常気象につながる」という因果関係は経験的には知られてきた。しかし、海水温の上昇が一体どうしたら偏西風の蛇行につながるのか、現時点ではわかっていないことが多い。

「客観的な裏付けを示して説明したいのです」。高谷康太郎教授は物理的・力学的なアプローチで異常気象発生の謎に挑む「気象力学」の専門家だ。

——— そもそも「偏西風」とは?

偏西風は、南北両半球の中緯度域の上空10㎞ほどの高さを、西から東に、基本的にはほぼまっすぐに吹く風です。地球が自転していることなどによって発生する気流で、1年を通じて中緯度域でほぼ常に吹いており、強いところでは秒速70〜80mほどにも達します。飛行機は偏西風に乗って飛ぶと早く目的地に着くし、逆らって飛ぶと燃料を多く消費します。

——— その偏西風と異常気象はどう関係する?

偏西風は、暖かい領域と寒い領域の境目で、北半球では偏西風の南側は暖かく、北側は寒くなります。この偏西風が通常の経路から南北に蛇行することがあって、そうすると普段は暖かいはずの地域が寒くなったり、寒い地域が暖かくなったりします。ある条件が揃ってその蛇行幅の大きな状態が一定期間続くと、異常気象の発生につながります。

一日の温度変化を毎日記録する少年時代

小学生だった1980年代前半、冷夏が4年続いて米の不作が問題となった時期がありました。当時、たまたま洗面所に落ちていた稲穂を目にした私は、「米不足なら自分で米を育てればいい」と子どもらしく思ったものです。ただ、その年の冬は大寒冬で、夏もまた冷夏になるかもしれないと言われていて、「米を育てるなら気象の勉強もしなければ」と考えました。以降、日々の気温変化を長期間にわたって記録するなど、気象への関心を膨らませてきました。もちろん本格的に気象の勉強を始めたのは大学入学後。偏西風の研究を始めたのは、気象を扱う地球惑星物理学科に進学してからです。

日本の気候変動を見るには、全球の気候にも注目しなければならない

日本付近に寒気が襲来するときの、典型的な2つの偏西風蛇行のパターン。図a:大陸上での偏西風の蛇行が卓越するパターン。図b:極東付近でS字型の偏西風の蛇行が卓越するパターン。

高谷教授の主な研究手法は、全球の日々の気温や降水量などが過去50〜70年分蓄積されている「全球データ」の解析だ。これまでの研究で、まず日本の「寒冬」を引き起こす偏西風の南北蛇行のパターンの特定と、その物理学的なメカニズムを明らかにした。

それまで知られていたのは、偏西風がヨーロッパで大きく南下し、ユーラシア大陸で北上したのち、日本付近で再度南下し、日本がその北側に入るというものでした(図a)。しかし私は、偏西風が日本付近でS字のようなカーブを描くパターンを見出しました(図b)。この時も、それまで同様、日本は寒気に覆われます。日本の気候変動を見るには、日本付近だけでなく、全球の気候にも注目しなくてはいけないのだと、あらためて気付かされました。

夏の集中豪雨のメカニズムの解明

最近取り組んでいるのは、梅雨時期から夏にかけて近年多い集中豪雨と、偏西風との関連だ。

偏西風は、夏場も冬場よりやや北上したところで、冬場ほど強くありませんが吹いています。

例えば2018年の西日本豪雨の原因は南から大量の水蒸気が流れ込んだためだと言われていますが、過去にも同程度の水蒸気は流れ込んでいたというデータもあります。ただそれが北に抜けてしまえば大雨にはなりません。そこで「この時は偏西風の蛇行で寒気が日本付近まで南下してきて、熱帯からの水蒸気がその上を駆け登ることで強い積乱雲を広い範囲で発生させたのではないか」という仮説を立てて、それを検証しています。

数式を用いて考えない限り客観的な理解は得られない

高谷教授の専門は「気象力学」。気象を物理学的に説明する分野だ。物理学的とは、つまりは偏西風の蛇行パターンを数式で表すということだ。

気象力学の研究者にとって大事なことの一つは、解析結果をいかに物理学的に解釈するかです。「データ解析により得られた結果を、数式に基づく客観的な解釈にどう結びつけるか」、「理論的な知識を、実際に観測される気象現象にどう結びつけるか」という点に最大限注意しながら、研究を進めていきます。すると直感的には関係がありそうな現象も、物理学的には別々に扱うべきだ、となったり、その逆のケースになったりします。天気は誰にとっても身近な事象なので、なんとなくわかった気で済まされていることが多いのですが、数式を用いて考えない限り客観的な理解は得られないのです。

基礎研究の蓄積は人類の知見を増やし、いつかどこかで役に立つ

現在の天気予報は、コンピュータ・シミュレーションで再現・予測した大気の流れに基づいていて、精度もかなり向上してきている。しかし、長期予報はまだまだ思うようにいかない。

現在、ユーラシア型とか北アメリカ型などと個別にしか説明されていない偏西風の南北蛇行の色々なパターンについて、それらを統一的に説明する理論を提唱するという大きな目標を立てています。 偏西風は、場所や時期によって蛇行のパターンも構造も異なります。現時点では、その違いを統一的に説明する理論が完全ではないため、異常気象の発生原因の特定や季節予報の精度に限界があります。従って、偏西風蛇行を統一的に説明する理論が必要で、その理論の確立のために研究を進めているところです。

一般的に、理学部での基礎研究がすぐに社会の役に立つことはまれです。私はその目的は、人類の知見を増やすことだと考えています。とはいえ、百年前にアインシュタインが提唱した相対性理論は、カーナビなどのGPS技術にとって不可欠だし、コンピュータになくてはならない半導体は、量子力学の賜物です。基礎研究を通じて蓄えられた知見は、未来の社会の発展に、いずれ繋がっていく、そう考えて研究を続けています。

理学部 教授

Takaya Kotaro

東京大学理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。国立研究開発法人海洋研究開発機構研究員を経て、2014年に京都産業大学理学部に准教授として着任。2019年より教授。

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