RESEARCH
PROFILE
01

多葉性

遺伝子が司る
植物の生存戦略

生命科学部 教授
Kimura Seisuke

は毎年春に開花する、暗い場所で芽を出したダイズは光を求めてもやしになる、東南アジアのウキイネは水嵩が増すと茎がニョキニョキ伸びる ———— これらは「環境応答」と呼ばれる現象だ。文字通り、植物が周囲の環境の変化に応じて形態を変化させたり、成長を加速させたりすることをいう。

この「環境応答」の仕組みの解明に挑むのが、木村成介教授だ。

動物と違って静的なイメージのある植物だが、遺伝子レベルでのその変化は非常に速い。大きな流れの中で生物と環境の関係を見れば、むしろ植物のほうが生命のダイナミズムをより顕著に示す、ともいえる。「葉っぱの形はなぜこんなに多様なのか」という素朴な疑問から、植物が長い時間をかけて編み出してきた「生き残り戦略」の秘密が明らかになる。

——— 植物の研究は地味な学問だと思われがちです。

動物と違って植物は移動できませんし、成長もゆっくりですから。

——— とはいえ、何もしないでいるわけではないですよね。

周囲の環境に応答できない場合は枯れてしまい、場合によっては種が滅びます。環境は刻々と変化しますから、いま生きている植物はどれも、今日まで生き残ってきた何らかの戦略を持っているはずなんです。

——— 動物より植物のほうが、より柔軟に環境変化に対応している?

動物は水に浸かったり日の光を浴びたりするだけで体の形が変わることはあまりありませんよね。植物の中にはそうした周囲の環境変化に合わせて、短時間で自らの形を変えるものがいます。遺伝子レベルでの変化は非常に速いんです。植物をよく観察すると、ダイナミックに体を動かして、生き延びるために環境変化に機敏に応えていることがわかります。

葉の形の多様性の謎を遺伝子レベルで解き明かす

主に異形葉性(いけいようせい)の研究をしています。北アメリカの水辺に生息するアブラナ科のロリッパ・アクアティカ(Rorippa aquatica)は水陸両生で、水没すると水を受け流せるように細い葉をつけますが、陸上では光合成をおこなうので光を多く浴びられるように丸くて広い葉をつけます(上写真)。環境がどう変わっても生き延びるための戦略ですね。

異形葉性は、葉の発生に関与する遺伝子の発現部位や量が、外部環境によって変化するために起こると考えられています。私の目標は、この遺伝子をゲノムの中から探し出し、メカニズムを明らかにすることです。

ダーウィンとトマトと次世代シーケンサ

大学院時代と学位取得後の数年間は、植物が放射線や紫外線の影響からどのように身を守っているのかについて調べていた。しかし同じ研究を10年も続けていると限界を感じるようになる。そこで、進化発生学で有名なアメリカの大学の研究室に博士研究員として飛び込んだ。

チャールズ・ダーウィンがガラパゴス島で発見した島固有の「ガラパゴス・トマト」には2種類の野生種があって、その葉の形の進化について研究しました。このトマトは「モデル植物」ではなく、ゲノム情報が揃っていないなど、まさにゼロからの挑戦でした。当初は戸惑うことばかりでしたが、そこをなんとか3年で乗り越え、両者を比較して遺伝子の異なりを探し出し、その変異が葉の形の違いを生むことを明らかにしました。

この論文は、「種間での葉形の進化と、その違いが生じる原因を遺伝子レベルで明らかにした世界初の研究」と評価され、また、それがたまたまダーウィンの『種の起源』出版150周年に重なったこともあり、かなり注目されました。

アメリカ時代、強力な助っ人になったのが、ゲノム分析室に置かれていた次世代シーケンサだ。DNAやRNAの塩基の配列を解読するための機器だが、「次世代」の名にふさわしく、従来型とは比べ物にならない大量の情報を短時間で処理できた。

当時は使いこなせる人も少なかった次世代シーケンサを、試行錯誤で使って解析に取り組みました。細胞内のRNA情報を大量に解析することで、どの遺伝子が発現しているかをまとめて明らかにすることができました(トランスクリプトーム解析)。この経験が現在の研究に活きています。

「進化発生学」から「生態発生学」へ

日本に帰ってからは、種間の違いを比較する「進化発生学」から、同種の生物の形が環境変化に応答して変化する現象を調べる「生態発生学」に軸足を移す。

環境変化に応じて葉の形を変える植物に興味を持ち、次世代シーケンサを使ってロリッパ・アクアティカの異形葉性について調べ始めました。

生物の遺伝情報は環境変化や加齢で変わることはありませんが、発現する遺伝子を変えることで環境変化に応答します。植物では、同じ種であっても育つ環境によって別種かと思うくらい姿を変えるものがいます。植物は動物と違って発芽後に器官発生しながら大人になるので(編註:動物は出生時には体の器官が一通り揃っているが、植物は発芽後に葉や花などが生じる)、成長過程で受ける環境変化の影響も動物より大きいのです。じっとして動かない植物ですが、実は環境に応じて非常にダイナミックな変化を見せる生き物で、ここに植物生態発生学の面白さがあります。

トランスクリプトーム解析でロリッパ・アクアティカの葉の形の違いを分析

植物を様々な環境に置いて、形の変わった葉からそれぞれRNAを取り出し、発現する遺伝子の違いをトランスクリプトーム解析で調べてきました。ロリッパ・アクアティカの葉は水没したときにエチレンという植物ホルモンを組織中に蓄積するのですが、このホルモンを水没させていない葉に添加すると、水没時の葉の形に近くなることを明らかにしました。また、温度や光が変わると、働く遺伝子が違ってくることなどもわかってきました。

近年では次世代シーケンサを使って「非モデル植物」でも遺伝子レベルの研究ができるようになったため、ロリッパ・アクアティカ以外の植物にも関心の対象を広げている。

非モデル植物を使ったトランスクリプトーム解析は手間がかかるので、多くの植物学者が嫌うんです。専門の研究所を除けば、一研究室としては今のところ私が日本で一番多く手掛けていると思います。 最近は遺伝子組換え技術の研究にも着手していて、環境応答に関係のありそうな遺伝子をノックアウトしたり、逆に過剰に発現させたりして遺伝子の機能を調べています。ただ、遺伝子組換えは植物種ごとにやり方が異なり、非モデル植物ではその手法が確立していないので、まだまだ課題山積です。

木村教授のその他の研究

  • 環境変化に強い作物をつくる
温度や光の強弱、水没などの環境変化に応答した遺伝子発現メカニズムを明らかにして、遺伝子組換えやゲノム編集といった遺伝工学の手法や、伝統的な育種法を応用することで、環境変化に強い作物をつくることができる。

  • 「虫こぶ」研究
虫が「虫こぶ」を作るときに出す物質を同定してそれを植物にかけたところ、「虫こぶ発生遺伝子」の発現量が上昇して病原菌や害虫からのストレスに強くなることがわかった。この方法を応用すれば、将来的には、農薬を使わずに植物自体に抵抗力をつけさせることができるようになると期待している。[京都府立大学との共同研究]

  • ミブナとミズナの違い ——— 研究のためなら古文書も読む!
京野菜のミブナが、江戸時代の終わりにミズナから分岐し誕生した過程とその遺伝的背景を、遺伝子分析と古文書分析をクロスオーバーさせて説明した研究成果を発表した。
生命科学部 教授

Kimura Seisuke

東京理科大学大学院理工学研究科応用生物科学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。カリフォルニア大学デービス校研究員((独)日本学術振興会・海外特別研究員)を経て、2010年京都産業大学に着任。現在、生命科学部教授。

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