免疫系の視点でハチミツを見る—ジャングルハニーに負けない国産ハチミツを探せ—

総合生命科学部 動物生命医科学科 竹内 実 教授

ジャングルハニーに負けない国産ハチミツを探せ

 ハチミツはただ食べておいしいだけではなく、近年ではその効能からハンドクリームへと加工されるなど、各方面から熱い注目を集めています。その一つにハチミツが免疫を活性化させるという研究結果があります。免疫系の観点からハチミツに着目する竹内実先生に詳しいお話を伺いました。

アフリカ生まれのジャングルハニー

 私がハチミツに興味を持ち始めたのは10 年ほど前のことです。ある日、授業で免疫機構について話した時、ナイジェリア出身の聴講生に声をかけられました。彼によると、アフリカで伝統的に医療に携わるシャーマンが、治療の際に必ず使う「ジャングルハニー」というハチミツがあると言うのです。

  ジャングルハニーは日本のハチミツとは見た目からして大きく異なり、まっ黒な色をしていて、食べてもあまりおいしくありません。しかし、傷口に塗ったり、薬として飲んだりと治療薬として使われています。

 ところが、どういう仕組みでジャングルハニーが効果を生むのかはよくわかっていませんでした。おそらく免疫に関係しているだろうと考えて、ナイジェリアからサンプルを送ってもらい、調べてみることにしました。

 マウスを使っての実験で、ジャングルハニーを投与したマウスの細胞を試験管の中で観察して、免疫力がどう変化するかを調べました。

 免疫というのはその名のとおり疫(疫病・病気)を免れさせる(防ぐ)ことですが、その実体は体内のさまざまなところにいる免疫細胞(図下)の働きです。この細胞たちは、侵入してきた細菌やウイルスを直接食べて殺したり、侵入者を攻撃するための抗体を作ったりします。

 実験の結果、ジャングルハニーは、細菌を殺す細胞の一つである、好中球の機能を活性化させることがわかりました。さらに抗体を作るという面でも、ジャングルハニーを投与されたマウスは能力が高くなりました。両方の結果から、ジャングルハニーにはおそらくマウスの免疫力を高め、感染を防ぐ効果がある、ということが言えます。マウスと人間の免疫の仕組みはほぼ同じですから、人間にとっても同じ効果を期待できるでしょう。

ミツバチ産業科学研究センター

 現在、ジャングルハニー以外のハチミツでも同様の効果があるのかを調べています。すでに日本の国産のハチミツでも何種類かは同じような効果があることがわかってきました。

 もっとも、アフリカのジャングルハニーと国産のハチミツとでは成分に違いもあります。アフリカと日本では蜂の種類も、蜜の源となる咲いている花の種類も違うからです。さらに、同じ国産のハチミツでもどの花から蜜を取るかによって違ってきます。

 どんなハチミツが最も効果的なのか、それがわかれば、どんな成分が効果を生んでいるのかを突き止めることもできるでしょう。また、現在わかっていること以外の点でも、ハチミツには免疫作用があるかもしれません。こうしたことを調べていくのが今後の課題です。

 昨年、京都産業大学ではミツバチ産業科学研究センターが開設され、ミツバチの品種改良とハチミツの効能という二方面から研究が進められています。ミツバチの研究とハチミツの研究を並行して行う研究機関は国内では珍しく、免疫回復に有効なハチミツを作るミツバチに品種改良していく、といった連携が期待されています。

タバコの害を科学する

タバコ煙による肺胞マクロファージのDNA 損傷

 私の従来からの研究テーマは「喫煙が免疫系に与える影響」です。タバコを吸うことが免疫力を低下させることを実証してきたのですが、ハチミツに興味を持ったことはこのことと無関係ではありません。長年の喫煙によって低下した免疫力を、ハチミツの効能によって回復させるということが期待できるからです。

 タバコの害はさまざまですが、言うまでもなく一番影響を受けやすいのは肺です。肺というのは特殊な臓器で、絶えず外気と接触しながら、絶えず動いています。例えば心臓なら外気には触れていませんし、胃は寝ている時は活動しません。肺は外気に最もさらされている臓器であり、がんのもとになるような異常な細胞も生まれてきます。

 それでも私たちが簡単には肺がんにならないのは、免疫系が働いているからです。免疫系の中でも特に外部との接触が多いのは「肺胞マクロファージ」と呼ばれる細胞で、肺に入った異物をまっ先に退治する、いわば免疫系の「最前線」の細胞です。

 喫煙はこのマクロファージにダメージを与えます。タバコの煙には実は6000種類もの物質が混じっています。粒の大きいものはタバコのフィルターに取り除かれますが、粒の小さいものは肺の中に入っていきます。すると、マクロファージはそれを異物として取り込み分解・排除しようとします。しかし、タバコの煙には人工的な化学物質が多く含まれているため簡単には分解できません。マクロファージは異物を殺すのに活性酸素を使うのですが、分解されにくい化学物質を取り込んだマクロファージはそれに刺激され、過剰な量の活性酸素を発生させます。

 活性酸素にはDNAを切断する性質があるため、過剰な量の活性酸素はマクロファージのDNAを著しく損傷させ、免疫系の働きを低下させるのです(図上)。さらに、過剰に産生された活性酸素は周囲の細胞や組織に作用してDNAを傷つけ、DNAは切断されると修復の過程で異常なDNAとなってしまうことがあり、こうしてできた異常なDNAはやがてがん細胞をつくる可能性があります。つまり、肺がんの原因となるわけです。

 副流煙の害は主流煙の害よりも深刻です。副流煙はフィルターを通っていないため、主流煙に比べて混ざっている物質の濃度が10倍や20倍は高い。もちろん大気中に広がれば濃度は低くなりますが、すぐそばで煙草を吸われ続けることになる喫煙者の家族は相当な被害を受けていると推測されます。特に体が成長段階にある子供への影響は心配です。

免疫細胞

 血液の中を覗くと、白血球(免疫細胞)を見ることができる。ヒトの全白血球の中で40〜70%を占める好中球(neutrophil 写真上左)は、細菌を貪食後、殺菌する感染防御に重要な細胞。次に多いリンパ球(lymphocyte 写真上中)は全白血球の20〜45%で、全ての免疫防御機構で中心的役割を演じる。そして、最大の細胞である単球(monocyte 写真上右)は組織に移動し定着するとマクロファージとなる。他にも好酸球(eosinophil)や好塩基球(basophil)がいる。

図

アドバイス

 高校生の皆さんには、一つでもいいので自分が興味を持てることを見つけてほしいと思います。「楽」という漢字には「らく」という意味と「たのしい」という意味の二つがありますが、私は「楽をせずに、でも楽しんで」ということを言いたい。なぜ楽をするのがよくないかと言えば、やはり楽をしていては成果は出ないからです。社会に出て、仕事をして生きていくためにはしんどいことにも耐えなければいけません。それでも自分が楽しい、面白いと思えることなら自然にがんばれるでしょう。ですから高校、そして大学にいる間に、自分が「楽せず、楽しく」取り組んでいけるものを探すことに挑戦してみてください。

 どうも最近の学生を見ていると、楽をすることの方に重点が置かれているようなのですが、できるだけ高い目標は持っていてもらいたいですね。そして妥協をせず自分が納得いくまで目標を追求するためには忍耐力が必要です。ネバーギブアップでいくしかない。教員である私たちは、よいタイミングで「やる気」を起こさせるような一言や言葉をうまくかけてやることが大事だと思います。一生懸命に努力をしなければならないのは、結局は自分なのですから。

総合生命科学部 動物生命医科学科 竹内 実 教授

プロフィール

医学博士、獣医学博士。専門は免疫学、応用健康科学。子供のころから 自然に親しみ、大学院にいるうちから付属動物病院で獣医師として活躍。 やがて医療面での免疫学の成果に関心が移っていき、研修員を経て非常 勤講師、助手として京都大学胸部疾患研究所(現在のiPS細胞研究所) に勤める。そこで喫煙患者のまっ黒になった肺胞マクロファージを見た衝 撃から、喫煙の影響についての研究を始める。セントルイスVAメデイカ ルセンター、カリフォルニア大学デービス校(UCD)での留学経験があり、 現在でもUCDとの共同研究を進めている。京都府立洛東高等学校OB。

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