動原体の進化に迫る
—染色体の構造変化から、生物進化の根本的なメカニズムを解明したい—

総合生命科学部 生命資源環境学科 河邊 昭 准教授

染色体の構造変化から、生物進化の根本的なメカニズムを解明したい

 地球上に存在している生物は種によって見た目や生理・生態的な特徴は大きく異なります。また同じ種でも個体によってさまざまな違いがあります。遺伝学や分子生物学が発展した今日、髪や肌の色だけでなく、背の高い、低いといった違いも、遺伝子の違いで説明できるようになってきました。この違いは、それぞれの遺伝子に起こった突然変異によるものです。それではなぜ突然変異は起こり、そして進化の過程でどのような運命をたどるのか。染色体の構造の違い、中でも動原体の変化に着目してその謎の究明を続ける河邊昭先生のお話を伺いました。

染色体の構造変化

 遺伝学の研究テーマには、遺伝形質の違いをDNAレベルで探ろうというものが多いですが、私が興味を持っているのは、そもそもどのように突然変異が起こるのか、そしてそれがどのような運命をたどり、消失するのか維持されるのか、そして、最終的には種の違いになりうるという進化の根本的なメカニズムです。

  現在、着目しているのは染色体の構造が進化に与える影響です。遺伝子の位置が変わるだけで進化の仕方が変わるなど、染色体の構造の変化の進化に与える影響を見ていきたいと考えています。

 研究の素材としては、現在は主にシロイヌナズナをはじめとしたアブラナ科の植物を使用しています。シロイヌナズナは早い段階から遺伝子解析が進んだ植物として知られていますが、その近縁種※1についてはあまり解析が進んでおらず、両者の染色体を比較すると、面白い発見がいくつもあります。

  一つがその数の違いです。シロイヌナズナは5対の染色体を持っていますが、その近縁種では、一部のものを除き8対を基本形とします。これはシロイヌナズナに至る過程で染色体数が減少したことが原因で、大きな構造変化は、すべてシロイヌナズナで起こっています。シロイヌナズナは自殖性※2ですが、自殖性のものでは、構造変化が固定されやすいという理論的予想とも一致します。そしてもう一つの特徴は、これらの変化の多くが動原体と呼ばれる特定の領域の周辺で起こっていたということです。

※1 生物の分類で、ある種に対して系統的に近い種。ヒトに対するチンパンジーなど。ただし、最も近い種とは限らない。また比較的大きな分類群の中の種を呼ぶこともある。

※2 主に自殖によって生殖する被子植物。同一個体内での受精(自家受精)による生殖が自殖。

動原体のパラドックス

 動原体は、中学や高校でも習うように、細胞分裂期の染色体に出現するくびれの部分(一次狭きょうさく窄ともいいます)で、そこが紡ぼうすいし錘糸によって両極へ引っ張られ、娘細胞に分配されることで、細胞分裂が起こります。有性生殖の場合には、この過程で一対の染色体が2本に分かれ、それぞれが娘細胞に伝わります。このように動原体は、染色体を次の細胞へ伝えるという、遺伝情報を正確に伝えるためのきわめて重要な役割を果たしています。そのためその働きなど、ほとんどのことは調べつくされているのではないかと思われがちです。実際に染色体を持つ多くの種で動原体が無いものは無く、染色体の分配をする機能はすべての生き物で保存されています。また、数10個のタンパク質がすでに特定され、酵母から植物・ヒトまで同じものが使われていることが分かっています。さらに、染色体が形成される過程では、DNAの二重らせん構造のひも状の部分が巻かれて、それがさらに折りたたまれていきますが、その巻き方が動原体では生物の種類に関わらず、他の部分よりぎゅっと詰まった構造(ヘテロクロマチン※3)になっています。このように、多くの生物で動原体はその働きや関わるたんぱく質、構造が保存されていることが分かってきました。しかし、その場所を決める要因、言い換えるとDNAの配列として何があれば動原体なのかや、その進化といった最も重要なことについてはまだ何も分かっていないのが現状です。

 生物の進化では、「機能的に重要なものは変化しない」という考え方があり、重要な役割を担う動原体は、あまり変化しないものと考えられてきたのです。そんな中で、近年、動原体を構成しているDNAの配列が驚くべきスピードで変化していることが知られるようになりました。私もシロイヌナズナと最も近い近縁種の動原体を比較してみましたが、その塩基配列の違いは実に20〜30%にもなりました。これらの種の間では一般的に、遺伝子は近縁種との間で10%程度の違いがあるので、これは驚異的で、ゲノムの中でも最も早く進化している領域だと考えられます。このことは「重要なものは変化しない」という、進化の根本的な考え方とはまったく矛盾しますから、「動原体のパラドクス」と呼ばれています。

※3 他の部分はもう少し緩いクロマチンの状態になっている。

ハクサンハタザオにみる動原体の進化

写真1
写真1

 この原因を考えるにあたって、一つの仮説とされるのが、細胞分裂の際に、動原体の配列の違いによって染色体の分配の正確さや早さに差が生じ、その違いが染色体を次の世代に伝える場合に差となっていくのではないか、というものです。たとえば卵細胞では、減数分裂が終わった段階でできる4つの細胞のうち、一番最初に染色体の移動が終わったものだけが卵細胞になり、残りの3つは次の世代を作るためには使われません。つまり染色体にとってはどれだけ早く確実に分裂を終えるかが大事で、それを確実に早く果たした染色体だけが次世代へと伝えられていきます。そのような機構があれば、染色体の分配の差を生む動原体の配列の違いは非常に速い変化をしていくと考えられるのです。

 動原体が非常に早く進化していることは、実際には異なる種の動原体を比べることで研究が進められてきました。DNAの進化であれ、染色体の構造変化であれ、その違いは、人であればチンパンジーというように、最も近い近縁種と比較するしかありません。つまり、突然変異がどのように種の違いに関係しているのかは、今あるものを比較して過去に何が起こったのかを推定することしかできないのです。ところが私が研究材料としているハクサンハタザオ(写真1)では、動原体が進化している途中ともいうべき、非常に興味深い現象が認められました。

  動原体は、基本的にはどんな生物でもすべての染色体がほぼ同一の配列を持っています。しかしこのハクサンハタザオでは、8本の染色体に異なる3種の配列が存在していたのです。もし、動原体が進化している途中であり、すべての染色体が同じものになる前の古い動原体から新しい動原体への置き換わりの状態を見ているのだとすると、異なる個体や異なる集団では違う動原体構成が見られるかもしれません。そこで、兵庫、福井、岐阜などで採集したものを調べたところ、それらの個体も3種の配列が存在していましたが、染色体の動原体の構成が異なるようなものが見つかりました(写真2)。これは、ハクサンハタザオの動原体が進化している、まさにその過程を、われわれが目にしているのではないかと考えることができます。新しい動原体が古い動原体に置き換わっているのだとすれば、この3種の動原体配列が染色体の分配に差があるものなのかどうかを検証できる可能性が出てきました。私は今、この研究をさらに進めることが、動原体の進化の解明につながり、そのことが、すべての生物の進化のメカニズムの解明にも繋がっていくのではないかと夢を膨らませています。

トランスポゾンとエピジェネティクス

 動原体の進化を解明するのに、一つの有力な手掛かりとなるのではないかと目されているのがトランスポゾン(転移因子【解説】)、染色体上を移動する性質を持つ塩基配列で、《動く遺伝子》と呼ばれるものです。

  トランスポゾンは、自らのコピーを染色体の別の場所に増やしたり、自ら移動して場所を変えたりして、もともとあった場所の遺伝子や、自分の近傍にあった遺伝子の機能を阻害したり抑制したり、逆に活性化したりします。重要な遺伝子が影響を受けると生物の生存そのものが脅かされる可能性もありますから、多くの生物にはトランスポゾンを活性化しないようにする機構が存在しています。染色体の通常の領域では、トランスポゾンが入り込むことで遺伝子の機能が阻害されると有害なのでその個体が死んでしまうことになり、数は多くありません。しかし、動原体領域は遺伝子がそもそも少ないので有害な効果が低く、トランスポゾンが非常に多く存在しています。遺伝子の機能に対する有害な効果の多少が原因なのか、トランスポゾンがそもそも動原体に挿入する傾向があるのかはいまだにはっきりとしていませんが、最近、動原体をターゲットにしているトランスポゾンが発見されました。このようなトランスポゾンがあると、動原体の配列が染色体を超えて広がっていくときに、異なる染色体の動原体から動原体にある塩基配列を移動させることができるのかもしれません。

 また、最近では、何らかの要因、特に環境要因でトランスポゾンが活性化され、ゲノム中のさまざまな領域に転移することで、それまでとは異なる遺伝子が発現し、それが生物の表現型の違い※4となって現れる様な現象がみつかってきました。つまり、生まれつき同じ遺伝子配列を持っているのに、トランスポゾンが活性化されることで遺伝子の発現パターンが変わり、姿や形が変わるというわけです。このような、遺伝情報が同じでも表現形が異なるような現象は、エピジェネティクス※5と呼ばれる後天的な修飾による遺伝子発現の制御やそれによる変化の一つであり、現在遺伝学上の最もホットなテーマになっています。

※4 同じ遺伝子を持つが姿や形が違うこと。

※5 ジェネティクスは遺伝の意味で、その反対の意。従来の遺伝学では遺伝形質の発現は、DNAの配列だけによると考えられてきた。

解説

 1951年、アメリカのマクリントック(バーバラ・マクリントック:1902〜1992年、アメリカの植物学者)によって発見された(この業績によりマクリントックは、1983年にノーベル生理学・医学賞を受賞)。ある特定のトウモロコシの系統は、粒の色が、白や黄、オレンジのようにバラつきがあり、中には斑入りの粒もあるものがある。これは赤い色を発色する遺伝子に入り込んでいたトランスポゾンが活性化され外に飛び出し、遺伝子が機能したからだ。トランスポゾンの働きによっては斑の(斑入りの)粒になる。

アドバイス

 生命資源環境学科は“生き物”について学ぶ学科ですから、ここを目指す人は「生き物が大好き」なはずです。しかし、入ってくる学生の中には、生き物に関する知識が少ない人も見受けられます。私の研究の源泉は、「なぜこんなにたくさんの生き物がいるのだろう」「同じ生き物なのに、なぜこんなに違うものがいるのだろう」という問いです。

 家に生き物がいなくても、街中にはたくさんの植物があり、多くの昆虫や鳥たちも目にすることができます。生き物への興味を持ち、名前を知らないものに出会ったらまず図鑑で調べるなど、どんな生き物がいるのか、どのような特徴を持っているのかに関心を持って欲しいと思います。

総合生命科学部 生命資源環境学科 河邊 昭 准教授

プロフィール

博士(農学)。専門は集団遺伝学。実家が京都の伏見稲荷のそばだったため、少年時代は稲荷山で昆虫採集に明け暮れる。また、両親が生き物好きだったこともあり、鳥や魚、たくさんの植物に囲まれて育つ。やはり生き物に関わる勉強がしたいと、大学では農学部へ進学し現在に至る。東大寺学園高校OB。

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