誰も挑戦しなかった地中電磁波による地震予知—
地上の電磁波研究から、地中の電磁波パルスの検出へ—

コンピュータ理工学部 コンピュータサイエンス学科 筒井 稔 教授

地上の電磁波研究から、地中の電磁波パルスの検出へ

 あの阪神淡路大震災から17年。昨年は再び、東北地方を巨大地震が襲いました。今後想定される関東大震災や東南海大地震の発生に備え、首都圏や関西圏、中京圏などの大都市圏をはじめ、全国各地でさまざまな防災対策や訓練が行われています。しかし一方で、確度の高い地震予知システムの研究は遅々として進んでいません。そんな中、電磁波についての長年の研究で得られた知見や計測手法をベースに、地中の電磁波を捉えて地震予知につなげようと精力的に研究を続けられているのが筒井稔先生。最新の成果をお聞きしました。

誰もしていないことを

 大きな地震の前兆として、よく電波の異常が報告されます。しかし残念ながら、そのほとんどは大気中の電磁波による雑音を、地震に関連する電磁波の影響によるものと取り違えたものです。しかし、巨大地震であればあるほど、地殻と地殻との間での衝撃により電気を発生させる圧電現象※1も大きく、間違いなく強い電磁波パルス(electromagnetic pulse※2)が出るはずです※3。そこで地震波よりも早く伝わる電磁波パルスを捉え、その強さや、発信源の位置を早目に知ることができれば、世界の地震予知に新しいページを刻むことができるに違いありません。

 阪神淡路大震災の経験から、私はそれまでの地上での電波の伝播の研究をベースに、地中からの電磁波探索を始めました。圧電現象によって生じ、地中を伝播してくる電磁波パルスを捉え、波源位置を確定するとともに、波源位置と地震発生の位置および時刻との関連を調査するという、世界でこれまで誰一人やっていない取組です。まずは検出装置を作ることから始めなければなりませんからすべては手探り。研究のベースとなる理論や、実験手法はそれまでの地上での電磁波研究と多くは共通しますが、観測やデータ分析の方法などについては試行錯誤の連続です。

※1 圧電効果ともいわれる。力学的エネルギーが電気的エネルギ―に変換されること。逆に電気的エネルギーによって岩石に歪みを生じさせる事を逆圧電効果といい、クォーツ時計はこの両方の効果の繰り返し(発振現象)を利用している。

※2 雷など火花放電によって発生するパルス状(瞬間的に急激な変化をする波の状態)の電磁波。

※3 京都大学防災研究所と行った共同実験で、硬い岩石に強い衝撃力をかけると電磁波が出ることが実証された。

雷に悩まされる

図1・写真1
図2
写真2

 前代未聞の地中からの電磁波の探索は、1998年にキャンパス内で地中に直径10p、深さ100mのボアホール(穴)を掘るところから始まりました。電磁波パルス到来方位測定用センサーシステムの設置です(図1)。地表面付近では、自然電磁波は垂直方向の電界と水平方向の磁界とに分解できますから、ボアホール内に設置したサーチコイルで水平方向の磁界を、深さ方向に長く延びたダイポールアンテナで垂直方向の電界を捉えようと考えたのです。捉えた電磁波は地上に置いたパソコンでデジタル信号に変換し、周波数や到来方位を時々刻々と観察しやすいように、写真1のようなディスプレイを作りました。

 検出で最も苦労させられたのが地上電磁波の混入でした。家々の電気機器や照明から出るものに始まって、送電線から放射されてくるものなど、地上には実にさまざまな電磁波が飛び交っていますが、その多くは地下100 mへも到達します。中でも雷は、広域で見れば至るところで常に発生していて、それが地上に張り巡らされた送電網でピックアップされ、それに沿って伝搬しながら再放射されるため、遥か遠方からでも楽々と観測点にまで到達します。極端な場合、汎地球的に発生している雷放電が電離層と地表面との間で跳ね返りながら、長距離を伝わるトゥイーク空電という電磁波も頻繁に検出されます。そのため、研究を進めれば進めるほど、地下で観測した電磁波が地上で観測した電磁波と波形や振幅が異なっても、それを安易に地中からの信号だとは断定できないことがわかってきました。それどころか、そのほとんどは雷を中心にした地上の電磁波が地中に入って形を変えたものだったのです。

 しかしそんな中、2004年1月6日に最初の成果が出ました。熊野灘沖地震による電磁波パルス検出と、その震源を捉えることができたのです(図2)。ただ、よくよく調べてみると、この時は震源が陸地近くにあり、海岸線に辿り着いた電磁波が地上に漏れ出し、それが再び地中で捉えられていたことが判明しました。捉えたと思ったのは、地中の電磁波ではあっても、地中から地上へ漏れ出したものだったのです。

 その後、地上の電磁波の影響を受けない観測点を探索し続けましたが、2010年、ようやく最適な場所を見つけることができました(写真2 和歌山県串本町樫野地区(紀伊大島)の雷公(なるかみ)神社)。

最新鋭のセンサーが完成

写真3
写真4
図3

 これまでは、磁界は水平の直交2成分、電界は垂直の1成分のデータを用いて水平到来方位を確定する事を行ってきましたが、地中の発生源を求めるには、地上と違って水平方向だけでなく深さ方向をも知る必要があることから、電界・磁界ともにそれぞれ、水平直交2成分、垂直1成分の3成分、合計6成分を検出し、3次元到来方位を計算しなければならないことが徐々にわかってきました。そこで開発したのが、三軸磁界サーチコイルと地中電界三軸成分検出用センサーを組み合わせた3次元電磁界成分検出用センサーシステムです(写真3)。

 電界3成分の検出では、ボアホールという直径わずか20p以下の限られた筒の中で、いかに水平電界の振動成分の検出感度を上げるかを工夫しました。地上なら、水平方向にアンテナの長さを長くするだけでいいのですが、筒のなかではそうもいきません。そこでさまざまな工夫をした結果、最終的には直交する同じ長さのアンテナを、一定間隔で深さ方向に複数組つなげる形を考察しました(直交ダイポールアレイ――アレイは配列という意味――写真4)。電磁波には様々な波長がありますが、検出対象にしている電磁波の波長は長く、深さ方向の配列間のズレはほとんど無視でき、この方法に問題が無い事が判明しました。これにより、水平に長く伸ばしたものと同じ感度が得られました。もちろん検出信号の取り出し方には特別な方法が必要で、それについては現在、特許出願中です。ここでは到来方位算出のための計算式だけを紹介するにとどめます。
数式

 現在、観測点は最初に作った大学構内のもの(京都産業大学観測点)、和歌山県白浜町の京都大学フィールド科学教育・研究センター瀬戸臨界実験所の敷地内に2008年から設置させてもらっているもの(白浜観測点)、そして雷公神社境内(紀伊大島観測点)の3カ所です。なかでも紀伊大島観測点は、東南海大地震を引き起こすと考えられている南海トラフに近く、しかもその間には海しかなく、地上からの電磁波は海水中で減衰されて海底まで到来しませんから、地中起源のものだけを捉えられる確率はきわめて高いのです(図3)。

 先ごろ、完成したばかりの新型センサーを、白浜および紀伊大島の両観測点に敷設してきました。地震はできるだけ発生しないに越したことはありませんが、日本は地震大国。いつ起こるかしれない次のXデーに向けて、世界初の予知システムの確立を急いでいます。

研究を支えるもの・・・オリジナルの研究はすべて手作りで

 大規模構造の種となった「ゆらぎ」は、宇宙誕生初期のインフレーションとも密接な関係があります。

 料理の下ごしらえではないが、オリジナルな研究にはオリジナルな機器と独自のデータ収集が欠かせない。最初はアンテナ作りだが、初めての場合はそのための理論から学ぶ必要がある。作ったら検出信号を増幅器に通し、オシロスコープを見ながら、特性がうまく出ているかを調べる。増幅器ももちろん手作り。

 次はアンテナで検出したアナログ信号をコンピュータに取り込むが、そのためにはまず、デジタル変換を行う。それもただ変換するだけでなく、さまざまなノイズを除去するためのフィルタ−に通さなければならないから、電子回路についても理論から勉強しなければならない。回路の設計が決まると実物の部品がボード上に載るかどうか、多くの部品配列を試行錯誤しながら決めて行く。こういう泥臭いことをしないと本当の工学は「身につかない」。次に必要なのは、コンピュータに取り込んだ信号を解析し、さまざまな画像で表現するためのコンピュータのプログラミング。だからそれも1から勉強しなければならない。

 現在は、設計を支援する便利なソフトもあり、文系の学生でもSEが務まる。公開されている他人が作ったソースを繋ぎ合わせるだけでもいいかもしれない。しかしそれでは新しいアイデアに基づいた研究は出来ない。データは自分で取る。その積み重ねがあって初めて人のやっていないことができるようになる。

アドバイス

 長年、研究を続けてきて、人間として最も大事なのは、やはり「忍耐力」だと思います。かつては当たり前だったこの言葉も、多くの日本人が豊かさを享受する今日では、忘れ去られているようですが、再び必要となる時代がくるでしょう。もちろん人は忍耐力だけでは頑張れません。それを支えるには大きな夢が必要なのはいうまでもありません。

 ところで、私の研究室は、学生に対して厳しいことで知られていますが、企業もこのことを知っていますから、求人の依頼は途切れません。忍耐力があることは、社会へ出てから最も大切な資質の一つだからです。取り組む研究の基本は文字通りの工学。データ集めからすべて自分たちでやるのがモットーで、測定のための機器の多くも手作りしますし、プログラムも自分たちで作ります(コラム参照)。だからこそ、将来、研究者としても技術者としても応用が利き、企業にも評価されているのです。高校時代には幅広い勉強をするとともに、さまざまなことを体験してきてほしいと思います。専門で求められるのはもちろん数学と物理、物理では特に力学と電磁気学が大事です。

コンピュータ理工学部 コンピュータサイエンス学科 筒井 稔 教授

プロフィール

電磁気学を専門にしてきたが、阪神淡路大震災の時に電磁波の乱れが何例も報告されたことから、圧電現象による電磁波を捉えれば地震予知につながるのではないかと考えた。これまで地震学者が行ってきたアプローチとはまったく違う方法として注目を集める。東南海地震への対応を急ぐため、大学と観測点との間を往復する多忙な日々を送る。大阪府立池田高校OB。

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