ミツバチと人間の新たな関係を探る—再び注目が集まる古代からの人類のパートナー—

総合生命科学部 生命資源環境学科 高橋 純一 准教授

再び注目が集まる古代からの人類のパートナー

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 エジプトやヨーロッパでは約5000年前から養蜂が行われており、ミツバチは人間の生活に無くてはならない存在です。ミツバチはハチミツなどを私たちにもたらすだけでなく、多くの農産物の生産に寄与する重要な「家畜」であり、また近年は都市緑化の担い手として、環境面からも注目されています。ミツバチだけでなくハチ類全般に限りない愛情を注ぎ、ミツバチの品種改良や生物多様性の保全などに取り組んでいる高橋純一先生にお話を伺いました。

ハチミツ採取以外のミツバチの重要な役割

 養蜂業者はミツバチを飼育して生計を立てています。ミツバチの生産するものといえば、まずハチミツが連想されます。他にもローヤルゼリーやプロポリスなどがあります。これらを養蜂生産物といいますが、実は養蜂業者の全売上に占める割合は、わずか2〜5%に過ぎません。残りの95%以上を占めるのは、花粉交配用のポリネーター(送粉者)としてのものです。

 野菜や果物のハウス栽培において、受粉作業の効率化は必要不可欠です。そこで、ポリネーターとしてミツバチは欠かせない存在なのです。現在多くの農産物の受粉にミツバチが利用されていますが、特にハウスイチゴでは、全体の約98%以上がこの方法によって生産されています。

セイヨウミツバチの国内生産推進

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 ハチミツ生産やポリネーションに利用しているミツバチは、セイヨウミツバチというヨーロッパ原産のミツバチです。日本にもニホンミツバチという在来種がいるのですが、これは産業用に向きません。というのも、ニホンミツバチは自分たちに必要な分の蜜しか貯めないので、ハチミツの生産量が少なく、また野生種のため、「盗去」という性質を強く持っています。盗去とは、付近に咲いている花が少なくなると、次の場所を求めて今の巣から引っ越しをする性質です。

 これまで日本では、受粉用のセイヨウミツバチのほとんどを外国からの輸入に頼っていました。なぜならセイヨウミツバチは、自分たちだけでは日本の自然環境の中で生きていくことができません。人が丁寧に世話をする必要があるため、国内で管理すると大変なコストがかかってしまいます。そのため毎年花粉交配の時期になると、海外から輸入して使用する消耗品扱いでした。ところが、以前ニュースにもなりましたが、2006年にアメリカで発生した原因不明のミツバチ消失によるミツバチ不足によって、海外からの輸入が難しくなり日本の農業が多大な影響を受けました。このミツバチ不足問題をきっかけに、セイヨウミツバチの国内生産に力を入れようという気運が高まってきました。しかし、日本にはミツバチのエサとなるような蜜源植物がたくさんある環境が少ないため、緑化の推進、里地里山や森林の保護が必要となります。ミツバチの住みやすい環境を作ることは、結果的に私たち人間にとっても住み良い環境につながります。我々人間にとってミツバチは食料生産だけでなく、環境の保護といった部分でも重要な役割を担っています。

外来種問題の解決に向けて

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 ミツバチの仲間に「マルハナバチ」というハチがいます。近年ミツバチに加えてこのマルハナバチをポリネーターとして利用する農家が出てきました。

 マルハナバチは蜜を分泌しないトマトなどの植物にも訪花するという性質を持ちます。またミツバチと違って人を刺すことがほとんどなく、ポリネーターに非常に適した種類です。1987年にベルギーで人工飼育に成功して以来、生物資材として製品化され、日本にも多く輸入されるようになりました。

 しかし、このマルハナバチが今大きな問題を 引き起こしています。ハウスの中でポリネーターとして働いているだけなら問題は無いのですが、逃げ出して自然の中で繁殖し、帰化してしまうと、在来種やこれまで在来のマルハナバチと送粉共生関係にあった植物に悪影響を与える可能性があります。

 実際、北海道では、外来種のセイヨウオオマルハナバチが大繁殖し、ほぼ全道で帰化が確認されています。結果、在来種マルハナバチの巣の乗っ取りや交雑による遺伝子汚染、病気の伝播、エサ資源の競争などの問題を引き起こし、在来種の減少により在来植物との共生関係が崩れ、生態系の崩壊にまでつながってしまうことが危惧されています。生物多様性や固有生態系の保護のためには、人の都合で連れてこられたセイヨウオオマルハナバチには何の罪もないのですが、本来存在しないはずの外来種であるため駆除しなければなりません。

 北海道には在来のマルハナバチは10種類 生息しています。その中でも在来種「エゾオオマルハナバチ」を人工的に増殖して輸入マルハナバチの代替種として、ポリネーターとして活用することも一つの解決策です。私は在来マルハナバチにおける人工増殖方法の確立についても研究を進めています。

病気やダニに強い新品種の開発を

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 現在取り組んでいる大きな研究テーマの一つに、新品種ミツバチの開発があります。養蜂は5000年以上の歴史がありますが、実はこれまでミツバチの品種改良には誰も成功していません。ミツバチは繁殖を野外、しかも空中で行うために観察が難しく、また女王蜂は10数匹のオスと同時に複婚するため、遺伝的に異なる働きバチが生まれ、品質を均一化することが難しいなど、品種改良を困難にするさまざまな要因があります。

 しかし、ミツバチ生産にとって大きな問題である「ふそ病」や「ミツバチヘギイタダニ」といった病気や寄生虫に耐性を持つ新品種ミツバチの開発は、実現が切望されている研究課題です。

 そこで近年注目を浴びているのが、DNAタイピングによる新品種開発(DNA育種)法です。従来の品種改良は、色や形など表に現れる形質に注目して選別を行っていたため、非常に長い年月と大規模な実験が必要でした。これに対しDNA育種は、遺伝子情報を解析し、それをマーカー(目印)にして選別するため、育種にかかる時間を半分以下にまで短縮することができます。

 これを利用して、病気に強い遺伝子を持つ個体、あるいは寄生ダニに抵抗性を持つ個体を選別・抽出し、それらをかけ合わせることで病気やダニに強い品種をつくるのです。バイオテクノロジーの技法が確立されてきたために、不可能と言われてきたミツバチの品種改良に成功する可能性が出てきました。また、この手法によって、これも大きな課題の1つである、性質が温和で刺さない品種を作ることにも取り組んでいます。

 このように、ミツバチと人間は長い間にわたって共生してきたにもかかわらず、解決すべき問題が数多く残されています。私たちの生活に大きな関わりを持つミツバチの研究は、今後さらに重要を増していくでしょう。

京都産業大学みつばちプロジェクト(仮題)

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 欧米では2000年頃から、温暖化防止、都市緑化、生物多様性の保護、環境教育などの観点から、都市部や商業地域にあるビルの屋上でミツバチを飼育する「都市養蜂」が盛んに行われています。日本でも近年注目され始め、全国30ヵ所以上で行われています。

 本学でも2012年より、大学および附属高校の屋上でスタートさせる予定で、関西圏の緑化促進、地域活性化、教育活動に貢献したいと考えています。

アドバイス

 私は小さい頃からいわゆる「昆虫少年」で、昆虫の研究者になることが夢でした。高校生になってもその夢はかわらず学校の隣に大きな雑木林があり、昆虫の採集や観察には格好の場であったため、増々興味を持つようになりました。

 高校生の時に雑木林でスズメバチに刺されたことがきっかけでその生態に興味を持ち、「スズメバチ類の比較行動学」や「ミツバチのたどったみち」という本に出会い、大学ではスズメバチやミツバチなど社会性ハチ類の研究の道に進むことになりました。両親は、私の将来を心配して会社員や公務員になる道を望んでいたようで、当初は大学院へ進学して研究者への道に進むことに反対されました。しかし結果的には、自分のやりたいことを通したおかげで、未来の農業や環境保護に貢献できる研究に携わることができました。

 みなさんも、もし自分が本当に興味を持って、その道を極めたいと思っているなら、簡単に諦めることなくとことん追求してください。

総合生命科学部 生命資源環境学科 高橋 純一 准教授

プロフィール

博士(農学)。専門は分子生態学、養蜂学。少年時代から昆虫に熱中し、高校時代に出会った『スズメバチ類の比較行動学』という1冊の本から、社会性昆虫の生態に強い関心を持ち、社会性ハチ類の研究室の門を叩く。その後、より実用的なミツバチ・マルハナバチも研究テーマに加え、現在に至る。しかし、スズメバチへの愛情は変わらず、将来は山奥に作った自宅の庭でスズメバチやミツバチを飼うことが夢だという。埼玉県立宮代高等学校OB。

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